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芥川賞作家で長崎原爆資料館の館長も務める青来有一氏の連作短編集を映画化した『爆心 長崎の空』が20日から全国順次公開される。本作は、被爆という過去を引きずる長崎を舞台に、ある日突然母を亡くした娘(北乃きい)と、子を亡くした母(稲森いずみ)が出会い、命をつないでいくことの意味を見いだしていく姿を描く。
本作の日向寺太郎監督は、黒木和雄監督作品で長く助監督を務めた。黒木監督は『美しい夏キリシマ』(02)、『父と暮せば』(04)、『紙屋悦子の青春』(06)などで、戦争と個人との関わりを描いたが、日向寺監督自身も、暴力で最愛の人の命を奪われた男を主人公にしたデビュー作『誰がために』(05)、戦災孤児となった幼い兄妹を描いた野坂昭如原作の『火垂るの墓』(08)と、戦争や愛する者との理不尽な別れというテーマを描き続けてきた。
本作は、被爆という過去の悲劇を真正面から訴えるのではなく、現代の長崎で生活する二つの家族の姿を通して、人間の生と死という普遍的な問題の一つとして描いている。大切な人を突然失った者が、その悲しみを乗り越えながらいかにして生きていくのかという問い掛けは、例えば東日本大震災のように、私たちの日常にも突然発生するものなのだと感じさせる。その点が新鮮だ。また、本作には“ご当地映画”としての要素も含まれ、北乃や池脇千鶴が坂の街・長崎を自転車で行くシーンが印象に残る。
さて、本作と時を同じくして、女性写真家・石内都が撮影した、広島の被爆をテーマにした写真展を追ったリンダ・ホーグランド監督のドキュメンタリー映画『ひろしま 石内都・遺されたものたち』も公開される。この映画では、被爆して亡くなった人のワンピース、ブラウス、背広、眼鏡など“遺品”の数々が映される。それらは彼らの日常生活をしのばせ、過去と現在とがつながっていると感じさせる。福島の原子力発電所の事故もさることながら、私たちがいつ彼らのようになっても不思議ではないのだ。この映画もまた、新たな観点から原爆の問題にアプローチした作品だといえるだろう。(田中雄二)
*『爆心 長崎の空』は13日から19日まで、『ひろしま 石内都・遺されたものたち』はスティーヴン・オカザキ監督の『ヒロシマナガサキ』とともに20日から8月16日まで、それぞれ都内の岩波ホールで上映される。
公開情報:『爆心 長崎の空』
7月13日(土)~19日(金)岩波ホール特別プレミア上映、7月20日(土)東劇ほか全国ロードショー