<インタビュー>ブライアン・イーノ&ビーティー・ウルフ、新たなアンビエント・アルバムを宇宙に向けて放送「ふさわしいと感じた」

2025年10月28日 / 21:00

 ブライアン・イーノとビーティー・ウルフがアンビエント・アルバム3部作を制作する過程で築いたクリエイティブな手法は、最終的に生み出された音楽の深遠さを考えると意外なほど普通なものだった。

 ウルフは英ロンドンの自宅を自転車で出発し、公園を抜けて約10分後にイーノのスタジオへ到着する。そこで2人は、イーノが1981年に手に入れたギターを使って音楽を作り上げた。必要な楽器がなければ、近くの質屋まで歩いて行き、そこで見つけてくるのが常だった。

 「プライベートジェットなんて使ってません」とウルフは笑いながら語る。

 そんな日常的な環境から、アンビエント・アルバム3部作『ラテラル』『ルミナル』(ともに6月発売)、そして『リミナル』(10月10日発売)が生まれた。いずれも<ヴァーヴ・レコード>からリリースされ、イーノが1970年代に確立したアンビエントの領域をさらに拡張している。制作過程で2人が感じた深い感情を反映するため、彼らは制作中に経験した感情リストまで発表した。それには「アイリャク(ゆっくりと進み、過程を楽しむという意味のブルガリア語)」「フェイス(静寂と平和を意味するゲール語)」「イリンクス(遊びによる奇妙な興奮を意味するフランス語)」といった言葉が含まれている。

 平凡な手段から深みのある作品を生み出すことが目的ではなかった。実際、イーノはまったく目標は存在しなかったと強調しており、それがこのプロセスからこれほど豊かな成果が生まれた理由かもしれない。

 「私がスタジオにて一人で作業するときのやり方は、まったく手探りでやる部分と、“よし、何か始めないと、このスタジオがあるんだから”と言いながらとりあえず動き出す部分の組み合わせだ。そして、何かが起こり始めた瞬間に細かく注意を払うんだ」とイーノは語る。「ある意味では、目的を持たずに取り組むことにかかっている。そして、そういうやり方で作業できる他人を見つけるのは非常に難しいとわかった……ビーティと私は、(同じプロセスを持つ)誰かと一緒に作業できることで、とても安心感を得られた。」

 だが、2人が共通して持つ創作のための創作という姿勢とは別に、それぞれのキャリアは音楽、美術、科学といった異なる分野を架橋する壮大なビジョンによっても特徴づけられている。イーノは、アクティビスト、アーティスト、そしてデヴィッド・ボウイやU2などとの仕事を通じてモダン・ポップ/ロックのサウンドを形作った伝説的なプロデューサーでもある。一方のウルフは、気候変動や音楽が認知症に与える影響などを探求するマルチ・ディシプリナリー・アーティストだ。

 そんな2人が質屋で楽器を探していたと思えば、今ではその楽器で作った音楽を宇宙に向けて発信しているというのだから、夢のような話だ。

 10月15日、ウルフとイーノは『リミナル』全編を宇宙に向けて放送する。使用されるのは、1964年にビッグバンの証拠を示した、高さ約15メートルのホルムデル・ホーン・アンテナだ。【ノーベル物理学賞】受賞者ロバート・ウィルソン博士が、ニュージャージー州クロウフォード・ヒルにあるこの国定歴史建造物から音楽を送信する。

 「この音楽は、私たちにとって新しい領域の探検であり、自分たちが生きたい未来の世界を想像するものだ」とイーノは語る。「だからこそ、未知の空間のダーク・マターへ送るのがふさわしいと感じた。」

 2023年、不動産開発からこの施設を守った活動家たちのおかげで、ホーン・アンテナは現在ロバート・ウィルソン博士公園(面積35エーカー)に保存されている。アメリカで最も新しい公園のひとつであり、1978年に宇宙マイクロ波背景放射を共同発見したウィルソン博士を称えている。音楽とともに、これは人間の内面世界の最も繊細な部分と宇宙の果てをつなぐ壮大な試みだ。

 「この芸術と科学の実験は、ジョン・ケージ、ロバート・ラウシェンバーグ、アンディ・ウォーホルらが行ってきた科学者と芸術家の協働の系譜を受け継ぐものです」とウルフは語る。

 この宇宙放送プロジェクトは、イーノとウルフの作品群、そしてキャリアを結びつけるものでもある。2人は、イーノが2021年に共同設立したアースパーセントを通じて出会った。この団体は、ミュージシャンから寄付された収入の一部を環境保護活動に充てることを目的としている。2人はまずZoomでつながり、2022年の【SXSW】で初めて直接会い、芸術が気候危機にどう応えられるかというテーマで対話した。ウルフは“とても自然なつながりを感じた”と語り、その後スタジオでの共同制作に至った。

 「最初はソフトウェアで遊んだり、ブライアンのスタジオにある、悲しいくらい音程のはずれた、これまで愛情を持って扱われたことがないようなウクレレを使ったりしていた」とウルフは冗談めかして話す。「そこから2曲を即興的に作ったんだけど、それが本当に楽しかった。」

 その楽しさから、最終的には450もの音楽素材が生まれた。2人は、制作中に音楽が引き出す複雑な感情に強く惹かれ、この体験を他の人たちも楽しんでくれるのはないかと感じたという。

 「私たちは感情を通して未来へ向かう道を見つけると思っている」とイーノは語る。Zoom越しの彼は、ウルフ同様に温かく、ユーモラスで、非常に思慮深い。「芸術は、あらゆる感情を安全に体験できる場なんだ。そこでは傷つくことはない、スイッチを切ればいいから。芸術を通して新しい感情を体験し、それが自分にどう響くのかを知り、他者と共有できる。芸術とは感情を創造し、それを公共のものとして議論可能にする手段でもあるんだ。」

 もちろん、音楽は人にどう感じるべきかを指示するものではない。ただ、何かを感じるための空間を提供しているのだ。3部作に共通する穏やかで広がりのあり、シンプルでありながらレイヤーされたサウンドスケープは、騒がしい現代における神経の鎮静剤のように作用する。

 「あまりにも多くの情報が常にノイズの中で目立とうとしている」とウルフは言う。「だからこそ、音はどんどん圧縮され、よりラウドで、エッジの利いたものになり、最終的にはストレスを生むことになる。だからより静かに、けれど静けさの中にボリュームを持たせること、それこそが今、最も必要とされていることだと思う。」

 「そうしないと」と彼女は続ける。「私たちは落ち着かないから、常に戦うか逃げるかのモードでなればならなくて、どんどん強烈な刺激でないと反応できなくなっている。そんな時代に逆のことをするのは、とても革命的だと思う。」

 「私たちは、世界最大の産業である広告業の中にいる。それは常に“あなたが何を好きか”“何を好きであるべきか” “他人は何が好きなのか”を教えようとする」とイーノは付け加える。「そしてもうひとつの産業、現代の民主主義つまり企業化した政治は“誰を支持すべきか”“彼らから何を望むか”を押しつけてくる。終わることのない情報の洪水の中で、芸術は、 “待て、本当に自分が好きなものは何か”“心を動かすものは何か”“どんな感情を持ちたいのか”と問いかけるための、最も根源的な手段のひとつだと思う。」

 あるいは、彼が笑いながら率直に言うように、「時々、心の中で叫ぶんだ。“もう黙ってくれ、頼むから!”って。だから私はニューヨークの騒がしいレストランに入るたびに、こう言いたくなるんだ。“全員、一度黙って。静寂からやり直そう”ってね。」

 『ルミナル』『ラテラル』『リミナル』は、聴く者をこの原点へと立ち返らせることを促し、その過程で音楽を各アーティストの作品が存在する芸術的・科学的・感情的・知的な生態系へと拡張している。宇宙放送という形式はその延長としてふさわしく、音楽と科学、アクティビズム、自然、そして未知なるものを融合させている。

 「神経学者のオリバー・サックスは、人間がこの地球上で意識ある存在であるために守るべきものが2つあると言っていた。それは芸術と自然です」とウルフは語る。「この2つこそが、私たちの内面を生かし続けるもの。私は常にそれを意識している。人々に芸術と自然の価値をどうやって思い出させるかをね。とても明白なはずなのに、スピード重視の現代社会で忘れ去られてしまっているから。」

 そのため、これらのアルバムや宇宙放送は、地球を守り、人類にこの世界の運命は私たちの行動にかかっているという事実を気づかせるという、アーティストたちの活動の一環としても位置づけられている。この新たな音楽を通してその意識を促すことは、やわらかなシンセ・サウンドで描かれた希望の行為であり、静かな戦いの呼びかけでもある。

 「私はいま、人類史上最大の社会運動のさなかにいると思う」とイーノは語る。「それは“ちょっと待て、私たちはこの惑星の一部だ。互いの一部であり、ここに生きるすべての存在の一部でもある。人間がいちばん大事なわけじゃない。ただ、私たちは自分たちに最も注意を向けているだけだ”という運動だ。このメッセージを理解することが本当に重要なんだ。ドナルド・トランプのような心の病んだ連中が気候変動なんてでっちあげだ。“掘れベイビー、掘れ”なんて言っているのは、もう古い世界の発想だ。私たちは、“おまえの馬鹿らしいファッキン炭鉱について好きに言ってろ。もう前に進む”と言うだけでいいんだ。」

 多忙を極める2人。イーノは10月11日に英ロンドンで開かれたパレスチナ支持デモで数千人の前でスピーチを行った直後に、著書『What Art Does: An Unfinished Theory』(2025年)の共著者ベット・アドリアーンセとともに関連した絵画シリーズの制作に取り組む予定のスタジオからインタビューに参加し、ウルフも自身の多様なプロジェクトを進行中だ。それにもかかわらず、2人はすでに新たな共同作品に着手していることを明かしている。それを続けるのは当然の流れだ。2人が生み出してきた音楽の量だけでなく、それが互いに与える影響、そして聴く人にどんな変化をもたらすか――特定の答えはないが、何かしらのきっかけを生み出すからだ。

 「この種のアートは、今あるものに静かに満足しようという気持ちを呼び起こすと思う」とイーノは語る。「もっと違う人生を送るべきだ、別の誰かになるべきだなんて言わない。ただ、いまここにある自分を見つめて、どう感じるのか、その感情を受け入れようと語りかけるんだ。私は人に何をすべきかを教えたいわけじゃない。彼らに行くべきではなく行ってみてもいい場所を示したいんだ。“これが君が感じられるかもしれない感情の種類だ。どう思う?”ってね。もし嫌いなら、それも学びだ。でももし好きなら、人生を少し変えて、その感情をもっと増やしていけばいい。」

 絶えずにもっとやれ、もっとこうなれ、もっと求めろと迫られる現代社会において、内省と感謝という考えは新鮮だ。時に、音楽が最終的に私たちに思い出させてくれるのは友と創作を楽しむこと、公園を自転車で走ること、そして星空を見上げることなのかもしれない。

By: Katie Bain  / 2025年10月14日 Billboard.com掲載
Photo: Cecily Eno

◎リリース情報
アルバム『リミナル』
配信中
https://LIMINAL.lnk.to/EnoWolfePR

アルバム『ルミナル』
配信中
https://BeatieWolfe-BrianEno.lnk.to/LUMINAL

アルバム『ラテラル』
配信中
https://BrianEno-BeatieWolfe.lnk.to/LATERAL


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