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「自由に映像を撮れることを楽しんでいる作品だと思います」 山本奈衣瑠『走れない人の走り方』【インタビュー】

 映画監督の小島桐子はロードムービーを撮りたいと思っているが、限られた予算や決まらないキャストなど、数々のトラブルに見舞われる。理想と現実がずれていく中で、彼女はある選択をする。台湾出身で日本に留学し、東京藝術大学大学院映像研究科で学んだ蘇鈺淳(スー・ユチュン)監督が、卒業制作として手掛けた長編デビュー作『走れない人の走り方』が4月26日から公開される。本作で主人公の映画監督を演じた山本奈衣瑠に話を聞いた。

山本奈衣瑠(メーク:kika/スタイリスト:佐藤奈津美)(C)エンタメOVO

-まず、この映画に出演することになった経緯からお願いします。

 この映画の前に、(蘇鈺淳)監督が『鏡』という短編作品を作った時に初めてご一緒しました。ただ、藝大のような学校関係の映像作品には出たことがなかったし、私は大学には行っていないし、映像関係の学校の情報も全く知らなかったので、どういう環境で撮影するのだろうと思っていました。それで、監督と初めて会った時に、とてもすてきな方だったし、面白そうな脚本が届いたので、「やります」と。その後、監督から「年末に長編も撮るので、また一緒にやってくれませんか?」と言われて。だから今回の話ができる前からやることが決まっていた感じですね。

-では、脚本もだんだんと変わっていった感じですか。

 ベースは変わってないですが変化の過程は見ていました。初めて脚本をもらった時から、監督と脚本家のお二人とはお互いに意見を出し合うような、確認のラリーをずっとしていました。決定稿が出来るまで一緒に作っていった感じです。だから、キャストをどういう人にするかも一緒に考えました。

-監督の前で監督を演じるというのはどんな感じなのでしょう。何か不思議な感じがしましたか。

 不思議なところもありましたが、「監督ってめっちゃきつい」と思いました。みんなから「この後どうするの?」と常に聞かれるわけじゃないですか。一応プロデューサーや助監督の方もいるけれど、監督が何十人かの人を仕切って、結局どうしたいのかは監督が決めるわけですから。監督がすごく明るい人だったら現場も明るくなるし、落ち着いていたら現場もそうなるし、人間の体で言えば監督が脳みそ。だからそれを思ったら、「えっ、私がそれをやるの。桐子ってめっちゃつらそうで大変そう」と思いました。大変というのは、この子が抱えている問題のことです。でも大変だからこそ迷いがあって、だからこそ頑張っているとも言えます。その必死さみたいなものは、すごく演じがいがあると思ったし、一生懸命さみたいなところや、それがうまくいかないところなどは、自分ともちょっと似ているかなと思ったので、桐子と一緒に走っていこうと思いました。

-桐子にはちょっと自分勝手なとこもありますが、共感できましたか。

 割と共感できました。確かに、桐子は自分勝手だと思う。でも私にも、こだわりが強いとか、譲れないことが多いなど、自分勝手なところはあります。その分、自分にはない考えを持っている早織さんが演じたプロデューサーや周りのみんなには感謝しなきゃいけないと。そんな気持ちはありました。

-監督には映画を撮る喜びとプレッシャーがあると思いますが、演じていてそうしたことを感じたりはしましたか。

 どうですかね。でも、自分が桐子をやりながら監督を見ていて思ったのが、「まさに桐子と同じことを言われている」と(笑)。自分が違う現場に行った時に「あっ桐子だ」と思う人がいたりもしました。

-近くで監督を見ることで、演技的には助かったこともあるのですか。

 そうですね。こんな感じかなというのはありました。でも、監督っぽい人をやろうという意識は全くなかったです。桐子は映画を撮りたい人で、それで監督になったというだけなんだと思っていたので。だから「監督ってこういう人だよね」という感じはなくて、ただ自分がやりたいことで頭の中を100パーセントいっぱいにしている人が、監督と言われているだけなんだと。だから別に何かを参考にしたわけではないし、監督も「桐子が私に似ているって思うところがあるかもしれないけれど、別にまねしなくていいからね」と言っていました。

-現場の雰囲気はいかがでしたか。

 今回は、監督以外の藝大の皆さんとも一緒に仕事をしましたが、もちろん年齢もバラバラだし、出身も違うんだけど、皆さんが一つのものを一生懸命作ることに集中してやっている感じがしました。だからエンディングが近づくに連れて、桐子的にも、個人的にも、みんなで一緒に頑張ったよねみたいな気持ちが湧いてきました。

-劇中の桐子の映画は完成したんですよね。

 おかげさまでロードムービーができました。それに関しては、自分で別の脚本を書いてみました。こんな映画にするんだみたいなものを。それを撮影前の準備段階として早織さんとも共有して、桐子はこういう作品を撮ろうとしていると自分で考えてみました。それが映画の中に生かされたかどうかは分からないけれど、自分の中に何かがあった方が演じやすいし、私と早織さんとの間にも共通の何かがあった方がいいと思ったので。

-「走れない人の走り方」というタイトルに込められた思いについて、どのように感じましたか。

 このタイトルは、ちょっと自虐的というか、マイナスっぽいと思われるかもしれませんが、そうではなくて、誰しも日々の生活があってそれぞれの毎日を進んでいますが、その進み方はさまざまで映画を撮るために必死に生きる桐子の進み方はこれなんだ、ということです。それは「他の人と違っていてもいいよ」という意味にもつながるのかなと思いました。

-映画の見どころも含めて、観客へのアピールをお願いします。

 映画体験としてすごく楽しいと思います。普通は、誰もが「この映画はこの人の話なんだろうな」って分かるじゃないですか。でもこの映画は、予想とは全く違う世界を映すんです。実際、映画を見ていると、主人公がちゃんと真ん中にいて、そこにはすれ違う人がいて、受付をやっている人がいてみたいに、いろんな人が出てくるけど、彼らの話は始まらないですよね。けれどもこの映画は、予期せぬタイミングでカメラが全然違うところに付いていったり、急に全く知らない人が画面に入ってきたりもします。簡単に言えば、すごく自由だなと思っていて、自由に映像を撮れることを楽しんでいる作品だと思います。それは多分、監督やカメラマンをはじめ、現場のスタッフの皆がそういう気持ちを持っていたからだと思います。そこにある現実をただ映しているだけじゃない、映画だからできることみたいな自由さがすごく楽しいと思ったので、観客の皆さんにもそこを楽しんでほしいです。

(取材・文・写真/田中雄二)

(C)2023 東京藝術大学大学院映像研究科

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