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早くも残り2週となった連続テレビ小説「ひよっこ」。時子(佐久間由衣)は見事「ツイッギーそっくりコンテスト」で優勝し、スターへの道を歩み始めた。コンテスト前、時子を励ますみね子(有村架純)に、失敗続きだった上京直後とは打って変わった、成長の跡を感じた人も多いことだろう。
その一方、この物語の展開に疑問を感じた人もいたのではないだろうか。これまでの朝ドラといえば、何かを成し遂げた人物の立志伝的な物語が多かった。ところが、みね子は行方不明になった父親(沢村一樹)を探すために東京に出てきた以外、これといった目的もなく日々を過ごしている。
どちらかというと、女優への夢を抱いて上京した時子の方が、朝ドラの主人公にふさわしいようにも思える。ではなぜ、何の夢も持たないみね子が主人公なのだろうか。
この点について脚本の岡田惠和は、『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 ひよっこ Part1』(NHK出版)のインタビューで次のように語っている。
「このドラマは、これまであまり語られなかった普通の人々の物語です。みね子は、いわばその代表選手。(中略)日本が発展していった華やかな歴史の陰で、地道に暮らしていた人たちを描いていきます」
これまでの朝ドラの主人公たちのように、夢に向かって努力することは確かに素晴らしい。だが、それ以外の普通の人たちの人生に価値はないのか。「ひよっこ」は、この問いに正面から挑んだのだ。
岡田の言葉通り、「ひよっこ」の登場人物の大半は、ごく普通の人たちだ。一般的に考えて、彼女たちが波瀾(はらん)万丈のドラマチックな人生を送るとは考えにくい。みね子に起きた大きな事件といえば、父親の失踪と女優・川本世津子(菅野美穂)との出会いぐらいだ。
それだけでも普通の人は経験しないような事件といえるが、半年続く朝ドラの主人公としては、やはり少ない。毎日コツコツと働き、時につらい出来事も経験しながら、友人や職場の同僚とささやかな幸せに満ちた生活を送る中で、いつの間にか人間的に成長していく…。そんな平凡な人生の素晴らしさを描いたのが「ひよっこ」だといえるだろう。
その意味では、スキャンダルでマスコミに追われた世津子が芸能界を逃げ出し、みね子たちが暮らすアパート“あかね荘”に転がり込んだのは、象徴的な出来事だ。さらに世津子は、時子が用意したコンテストのスピーチ原稿を読んでこうアドバイスする。
「こういう、“頑張ってきました”みたいなのはさ、おじさんたちの大好物だからね」
まるで今までの朝ドラを否定するかのような言葉だが、これを受けてスピーチを変更した時子は優勝。先に「時子の方が、朝ドラの主人公にふさわしいように思える」と書いたが、そんな時子も、従来のヒロイン像から一歩踏み出しているのだ。
今まで朝ドラのヒロインに求められてきた「頑張ってきました」的なイメージを捨てて夢をつかんだ時子と、親友としてそれを見守るみね子。そこから垣間見えるのは、「夢があってもなくても、自分らしく生きられれば人生は素晴らしい」というメッセージだ。
時子の旅立ちを見送ったみね子の人生に、どんな未来が待っているのか。残り2週、別れを惜しみつつ、平凡なみね子がたどり着く結末を見届けたい。(井上健一)