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NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。6月23日に放送された第二十五回「決意」では、越前から都に戻った主人公・まひろ(吉高由里子)が藤原宣孝(佐々木蔵之介)の妻になることを決意する過程や、政務をおろそかにする一条天皇(塩野瑛久)に頭を痛める藤原道長(柄本佑)らの姿が描かれた。
この回を含め、本作を見ていて毎回感心させられるのが、絶妙な物語運びのうまさだ。まひろや道長をはじめ、多数の登場人物が織りなす生き生きとした物語に毎回、くぎ付けになっているが、冷静に分析してみると、今までの大河ドラマの常識を覆す部分も多い。
その最たるものが、主人公のまひろだ。われわれ視聴者は、彼女を歴史に残る長編文学「源氏物語」の作者として見ているが、劇中のまひろ自身にはまだそんな意識はない。それどころか、作家を目指してすらいない。ただ自分の日常を一生懸命に生きているだけだ。大河ドラマの主人公というと、「世の中を変える」という大志や野心を抱いて突き進むイメージがあるが、まひろはそれとは程遠い。
近年の大河ドラマの主人公で、多少まひろに近いタイプといえるのが、「鎌倉殿の13人」(22)の北条義時だ。中盤からは周囲を圧倒する権力者に変貌していったが、前半の義時は野心もなく、ただ穏やかに日々を過ごすことを望んでいた。とはいえ、義時は平家打倒を目指す主君・源頼朝の側近として、序盤から物語の中心にいた。
これに対してまひろは、政治をつかさどり、世の中を動かす内裏からも縁遠く、その様子は父・為時(岸谷五朗)や時折訪ねてくる宣孝、ききょう(ファーストサマーウイカ)といった知人たちからうわさとして聞くだけだ。
にもかかわらず、まひろは主人公として、しっかりと物語の中心に立っているように見える。その絶妙なバランスを成立させているのが、道長の存在だ。左大臣となった道長は、内裏で政治を動かす役割を担い、大河ドラマらしい歴史のダイナミズムを物語に加えている。そんな道長とまひろの関係を序盤でしっかりと描いていたからこそ、まひろが作品の中心に立っていられるのだろう。場面転換の際、2人の表情でつなぐことが多いのも、その固い絆を印象付けるうえで効果的だ。
とはいえ、ただ漠然とまひろの日常を描いているわけではなく、われわれの気付かないうちに、源氏物語執筆に至る伏線が随所にちりばめられているに違いない。この回冒頭では、まひろが為時とともに越前の紙すきを見学する場面があったが、先日、本作の題字・書道指導を担当する根本知氏の講演を取材した際、「文字のにじまない紙が発明されたことで長編の執筆が可能になり、源氏物語の誕生につながった」と語っていた。劇中ではこれが後に、どんなふうに生きてくるのか、気になるところだ。
そういったプロセスを踏まえ、これからまひろの物語はどこへ向かうのか。まひろが宣孝の妻となり、道長もそれを知ったことで、2人の関係にも変化が起きそうだ。早くも折り返しというのもあっという間な気がするが、この先の展開を注視しつつ、引き続き期待を込めて見守っていきたい。
(井上健一)