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また、アニメーション賞を受賞した『君たちはどう生きるか』も、直接戦争を描いているわけではないが、戦争の時代を生きる少年の物語という点で、その一端を担ったともいえる。
そして、強烈な印象を残したのが、長編ドキュメンタリー賞に輝いた『実録 マリウポリの20日間』のムスティスラフ・チェルノフ監督のスピーチだ。オスカー像を受け取ったチェルノフ監督は、「ウクライナの歴史でアカデミー賞の受賞は初めてです。とても光栄に思います」と喜びを語った後、堅い表情で「でも…」と続けた。
「こう発言する監督は初めてでしょう。このような映画は作りたくなかったと。この賞と引き換えに、事実を変えられるなら、そうしたい。ロシアのウクライナ侵攻をなかったことにしたい」
『実録 マリウポリの20日間』は、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻開始直後、侵攻を受けた都市マリウポリにカメラを持ちこみ、戦火にさらされる人々の様子を命がけで撮影した作品だ。リアルな生死を捉えた映像の生々しさには言葉を失う。そんな経験をしたチェルノフ監督の言葉からは、今まさに攻撃を受けている国の切実さが、ひしひしと伝わってきた。
このほか、『バービー』で歌曲賞を受賞したビリー・アイリッシュなどが、ガザでの停戦を求める赤いバッジをつけて授賞式に参加。この1年間に亡くなった映画人を追悼するコーナーの冒頭では、前回の長編ドキュメンタリー賞受賞作『ナワリヌイ』から、つい先日亡くなったロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の映像が引用されるなど、随所で世界の混迷ぶりを痛感させられた。
その一方で、衣装デザイン賞のプレゼンターを務めたジョン・シナの“全裸登壇”で笑いを取ったり、『バービー』の歌曲賞候補ライアン・ゴズリングが圧巻の歌唱パフォーマンス(受賞するかと思ったが…)で会場を盛り上げたりと、授賞式全体が重いムードに覆われることなく巧みにバランスを取るあたりは、さすがエンターテインメントの国、と思わされた。司会を務めたジミー・キンメルの手綱さばきもそつがなかった。
そんな授賞式の最終盤、全体を締めくくるように飛び出したのが、冒頭に記したキリアン・マーフィーのスピーチだ。「アイルランド人として今夜この場に立てたことが、非常に誇らしい」という言葉もあったように、キリアンは今回、アイルランド生まれの俳優として初のオスカー像を手にしたが、アイルランドは長い間、イギリスからの独立戦争やその後の英国領北アイルランドを巡る紛争に揺れてきた歴史を持つ。キリアン自身もアイルランド独立戦争の英雄マイケル・コリンズを生んだコーク出身であり、アイルランド内戦の悲劇を描いた『麦の穂をゆらす風』(06)や、紛争の時代を生きるトランスジェンダーの青年を主人公にした『プルートで朝食を』(05)に主演した経験がある。それだけに、戦争や紛争の愚かさ、虚しさは、これまでも身近に感じてきたはずだ。そんなキリアンだからこそ、「オッペンハイマーの世界」という言葉には、オッペンハイマーが生み出して以来、今なお続く核兵器の脅威と、それに連なる世界の混迷を伝える重みがあり、今回の授賞式を象徴するスピーチだったように思う。
「オッペンハイマーの世界」を生きる私たちは、これからどうしていけばいいのか。そんなことを考えさせられる今回のアカデミー賞授賞式だった。
(井上健一)