「HERO」はすてきな大人たちのドラマ 脚本家・福田靖さんインタビュー

2014年6月19日 / 11:41

 01年には連続ドラマ、07年には劇場版と、大ヒットした木村拓哉主演の「HERO」が帰ってくる(フジテレビ系、7月14日スタート、毎週月曜 後9.00~)。型破りな検事・久利生公平を中心に描かれる個性的な面々の群像劇である本作。脚本を手掛ける福田靖さんに、新シリーズの見どころを聞いた。

――「HERO」は福田さんにとってどんな作品ですか?

 僕は「HERO」で脚本家として仕事できるようになったので、苦しいことは忘れていて、良かった思い出しかなかったですね。実際に書き始めると、そうそう、こういう苦しさがあったという思い出がよみがえるんですが(笑)。

 前作のときは僕自身がほとんど無名に近いときに起用されて、まったく期待されてない状態だったんです。書いていくうちに採用されてメーンになっていったんですけど、今回は最初からだし、応えなきゃいけないというプレッシャーがある。そういう意味で厳しいです。

 前作は13年前ですから、ジーパンをはいた20代の検事は反骨心のある若者ということでよかったかもしれないけど、今回は果たしてそれが通用するのかと思いますし。それに今は、検事という職業がいい意味でも悪い意味でも知られるところになっています。どっちかというとネガティブな印象が多いので、検事が主役で「HERO」です、という方程式は崩壊していると思う。同じ作品だけど以前のままの「HERO」ではないんだなという違和感を抱えながら書いています。

――13年の時間が経過して、久利生という人物は変化しているんでしょうか。前作のファンとしては変わっていてほしくないという気持ちもあると思いますが。

 僕も変わってほしくないと思います。思うにドラマの中に主人公は、“成長する主人公”と“成長しない主人公”の2種類があります。成長しない主人公というのはネガティブな意味ではなく、最初から完成されているという意味です。水戸黄門や古畑任三郎がそうですね。一方で成長する主人公というのは、星飛雄馬とか旅館の若おかみ奮闘記の主人公のようなものです。久利生さんは前者で、最初から久利生。ずっとぶれないでいてほしいわけです。そういう意味では変わってないというふうにしたい。

 ただ、時代が変わると変わらざるを得ない部分もある。久利生もスマホを持っているわけですよ。久利生がスマホ?と思うけど、かたくなにガラケーを持たせるのも。そういう新しいものに対してどう対するのが久利生らしいのか考えます。ただ、とにかく軸はぶれないとか、本当のことを知ろうととことんやるとか、根本的なところは変わりません。あのころに比べれば、周りに流されないという久利生の個性はより際立つ気がします。13年の間に“空気を読む”とかいろんな言葉が出ましたけど、周囲の意見や考えに久利生は流されない。でも、こんな現代に自分を持つということは難しいものだなあと思います。

 

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