【映画コラム】『激突!』よりも『ジョーズ』に近い恐怖を描いた『アオラレ』

2021年5月20日 / 06:36

 美容師のレイチェル(カレン・ピストリアス)は、シングルマザーとして息子を育てている。この日も、息子を学校に送りながら、仕事に行かなくてはならないのに寝坊をしてしまう。その上、フリーウェーで大渋滞に遭い、電話で仕事のクビを宣告される。

 仕方なく下道に降りると、交差点で信号が青になっても、前にいるピックアップトラックが動かない。イラついたレイチェルはクラクションを鳴らして、トラックを追い越す。

 ところが、トラックが追ってきて、運転席の男(ラッセル・クロウ)が窓越しに話しかけてきた。男は先の一件を謝るが、レイチェルにも謝罪を要求する。レイチェルが拒絶し、発車すると、男は無謀なあおり運転で彼女を追い掛け始める。

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 ドイツ出身のデリック・ボルテが監督した、この映画の原題は「UNHINGED=狂気、錯乱」だが、この場合『アオラレ』という邦題も面白い。ぶくぶくに肥満したクロウが、平気で人をあやめるサイコ野郎を演じ、よくこんな役を引き受けたものだと思わせる。

 ただ、レイチェルにも身勝手なところがあり、感情移入ができないところがユニークだ。何しろ、最初にあおったのは彼女の方なのだから。そして男にも、ゆがんではいるが言い分はある。それ故、これは単なる善悪の闘いではなく、もっと根深く、不条理な問題を描いていることが分かる。

 コロナ禍で何かとイライラすることが多い今、いつ自分がこんなふうに、事件に巻き込まれたり、加害者や被害者の立場になってもおかしくないという怖さを感じた。

 最初にこの話を知ったときは、運転中に追い抜いたトレーラーから嫌がらせを受け続けるセールスマンの恐怖を描いたスティーブン・スピルバーグ監督の『激突!』(71)を思い浮かべたのだが、実際に見てみると、もっと過激で病的なものだった。

 その意味では、どちらかと言えば、クロウが演じる男は『激突!』のトレーラーの運転手よりも、同じくスピルバーグの『ジョーズ』(75)のサメの方が近いかもしれないと思った。(田中雄二)


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