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『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』『未来のミライ』など、細田守監督のアニメーション作品を彩ってきた高木正勝の音楽。その中から生まれた楽曲を、「うた」として新たに生まれ変わらせたソングブック『うたの時間』の完成を記念し、5月31日にビルボードライブ横浜にてレコ発ライブが開催された。当日は、レコーディングにもボーカル参加したHana Hope、寺尾紗穂、そして『おおかみこどもの雨と雪』のサントラ制作以来の交流となるアン・サリーの3人がゲスト出演。高木の生み出す音楽を彩った。
定刻となり、まずはバンドメンバーである熊澤洋子(Vn.)、きしもとタロー(Fl. etc.)、佐藤直子(Perc.)、沢田穣治(Ba.)の4人がステージに現れる。『うたの時間』のレコーディングでも重要な役割を担った面々だ。そして、最後に姿を見せた高木が穏やかな拍手の中で一礼、ピアノの前に腰を下ろした。
「こんにちは。ありがとうございます。久しぶりに東京の近くでライブをしますが……今年最初で、おそらく今年最後のライブになると思います」そんな思いがけない言葉に、客席から惜しむような声が漏れる。「なんでだろう。子育てとか、いろいろ?(笑) 自分にとっても貴重なライブです。今日はよろしくお願いします」
そんな柔らかなやり取りの後、『おおかみこどもの雨と雪』より「そらつつみ」でこの日のライブをスタート。装飾を削ぎ落としたシンプルなピアノの旋律が、まるで祈りのように会場を満たす。少ない音数なのに、なぜこんなに心の記憶を揺さぶるのだろう。続いて披露したのは、やはり『おおかみこどもの雨と雪』から「産声~めぐり」のメドレー。高木が静かにハミングを始めると、まるで母が赤子に子守唄を歌うような、やわらかな時間が流れ出す。その声に呼応するように、沢田穣治のベースと熊澤洋子のバイオリンが音を重ねていく。
「朝には星を辿って」は、レコーディング音源では角銅真実が歌詞をつけ歌っていた楽曲だ。この日は高木自身がボーカルを取り、そのイノセントで素朴な声が最小限のアンサンブルと共鳴する。「この曲は、角銅さんが『生まれてくる前の景色』を歌詞にしてくれたんです。僕が説明しきれていなかった部分というか……自分でも言葉にしてこなかった部分を、すごく丁寧に読み取ってくださっていて。それを踏まえて聴くと、きっと新たな発見があると思います」
そう説明した後、「僕の下手くそな歌ばかり聴いていても仕方ないので……」と茶目っ気をにじませながら、シンガー・ソングライターのHana Hopeをステージに呼び込んだ。
彼女と共に演奏したのは、『おおかみこどもの雨と雪』の代表曲でもある「きときと」。これまでの静謐な空気を一転させるように、ステージには躍動感あふれるビートが立ち上がる。Hana Hopeのスモーキーで包み込むような歌声が、サウンドスケープに溶け込んでいくかのよう。高木は体を上下に揺らしながら、軽やかな指捌きで鍵盤を操っている。演奏がひとつの「生き物」のように感じられたのは、その場のすべてが同じリズムで脈打っていたからだろう。
「今回、Hanaさんに「きときと」の歌と歌詞をお願いして、レコーディングのあと一緒にご飯を食べる機会があったんですね。そのときに『高木さんは夢ってありますか?』と、真っ直ぐな瞳を向けられ尋ねられて……。40歳を過ぎて、そんなふうに聞いてくれる人がいるとは思っていなかった(笑)。もちろん真剣に考えてお答えましたが、すごく新鮮な体験で、自分が若返ったような気持ちになりました」
そう語る高木の隣で、Hana Hopeは少し驚いたような表情を浮かべる。「そんなふうに思ってくださっていたとは知りませんでした。光栄です」はにかむ彼女に高木が、「Hanaさんの夢は何?」と尋ね返すと、「私は歌うのが大好きなので、白髪のおばあちゃんになっても、ずっと力強く歌い続けていきたい。それが夢です」と少し照れくさそうにしつつ、でもまっすぐに答えていたのが印象的だった。
そして披露した「お母さんの唄」(『おおかみこどもの雨と雪』より)。英語詞で歌われたこのバージョンは、Hana Hopeのアカペラから静かに始まった。息遣いさえもフレーズの一部のように聞こえるほど、繊細なアーティキュレーション。次第にピアノ、ベース、バイオリンが重なり、壮大なサウンドスケープを構築する。
続いてステージに登場したのは、2人目のゲストである寺尾紗穂。ピアノの前に座り、高木は片手に収まるほどの小さなキーボードを構え、控えめに演奏を添える。披露したのは「たねめみ」。童謡や唱歌のような、どこか懐かしく素朴なメロディーが心のひだにしみわたる。寺尾は凛とした真っ直ぐな歌声を、オーディエンス一人ひとりに届けていく。ピアノは弾むようなバッキングへ。彼女の歌が空に向かって溶けていくようなファルセットを放った瞬間、客席からは静かなため息がもれた。
続く「Rainy Step」では、演奏が「情景」を描き始める。きしもとタローが様々な楽器を駆使して鳥の「さえずり」を奏で、高木は箱型のパーカッションで雨垂れのような音を鳴らす。まるで雨の中、落ち葉を踏みしめながら森の奥へと分け入っていくような、静かで神秘的な情景が広がっていく。ピアノは同じモチーフを何度も反復し、耳を澄ませるほどに意識が深く内側へといざなわれていくようだ。
寺尾に代わって3人目のゲスト、アン・サリーが現れ「みなさんこんにちは~」と挨拶にメロディーを付けながらモニターチェック。そのまま『おおかみこどもの雨と雪』より「ほしぼしのはら」を歌い出す。彼女の声は、まるで稲穂を揺らすそよ風のように柔らかく澄んでいる。抑揚のある旋律をたおやかに紡ぎながら、スラーやポルタメントを巧みに織り交ぜることで、ひとつひとつの言葉に命を宿しているかのようだ。一方、佐藤直子のパーカッションもまた印象的。フロアタムをティンパニーのように打ち鳴らし、どこかお囃子のような、懐かしくも華やかな響きを添えていた。
「高木さん、アルバムリリースおめでとうございます。出会って10年、あっという間でしたね」。アンの口から語られる、ふたりの長い年月。「最初に送られてきたデモには高木さんの鼻歌が吹き込まれていて、それを何度も聴きメロディーに埋もれている言葉を探りながら、歌詞を紡いだことを思い出します」と、当時の制作プロセスを振り返る。すると高木も、「そうなんです。アンさんになりきりながら、アンさんを憑依させながら歌っていると曲ができていくんですよ」と、笑い交じりに応じた。
続く「風は飛んだ」(『バケモノの子』)では、静けさのなかに生の息吹が感じられるような3拍子のリズムが、徐々にうねりを持ち始め、会場を幸福感で包み込む。さらに「雨上がりの家」(『おおかみこどもの雨と雪』)では、ゆったりと波紋のように響くピアノのアルペジオに導かれ、アンの歌声が讃美歌のように響きわたる。
アンが舞台を後にし、高木のピアノソロによる「Of Angels」が披露されると、再びHana Hopeが登場。ラストに披露されたのは「オヨステ・アイナ」。高木のピアノは力強く跳ね、シンコペーションの効いたリズムが躍動する。Hana Hopeの湿度を帯びた歌声が、聴く者の心の襞にじんわりと染み込んでいくのを感じる。演奏は次第に熱を帯び、寄せては返す波のようなグルーヴが会場を包み込み本編を終了した。
アンコールで最初に披露されたのは「少年と獣」。映画『バケモノの子』のエンディングに流れたこの楽曲を、ハナがフランス語で軽やかに歌い上げる。オリジナルではクレモンティーヌが歌っていたが、Hana Hopeの表現はどこか1960年代のフレンチポップを思わせ、チャーミングな彩りを添えていた。
続く「まだ生まれてもいない大地から」では、再び登場した寺尾と共に演奏。アン・サリーが日本語詞でしっとりと歌い上げた「おかあさんの唄」を経て、最後の「祝祭」(『バケモノの子』)をHana Hope、寺尾紗穂、アン・サリーの三人が揃って歌う。どこかアイリッシュトラッドを思わせる旋律にのせ、まさに“祝祭”の名にふさわしい大団円を迎えた。
先日6月14日には、アルバムに参加したクレモンティーヌも迎えてパリ公演も開催。細田作品とその音楽が、海を越えて届けられた。
Text:黒田隆憲
Photo:板場 俊
◎セットリスト
【スタジオ地図 Music Journey at Billboard Live 高木正勝 “うたの時間”】
2025年5月31日(土)1st Stage
神奈川・ビルボードライブ横浜
1. そらつつみ
2. 産声~めぐり
3. 朝には星を辿って
4. きときと
5. おかあさんの唄(英語)
6. たねめみ
7. Rainy Steps
8. ほしぼしのはら
9. 風は飛んだ
10. 雨上がりの家
11. Of Angels
12. オヨステ・アイナ
En1. 少年と獣
En2. まだ生まれてもいない大地から
En3. おかあさんの唄
En4. 祝祭
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