<ライブレポート>水槽 「死ななくて良かった」と言えた夜――【FLTR】=“FROM LAPTOP TO ROOFTOP”に込めた、生の肯定とその先へ

2025年5月2日 / 19:00

 4月19日、東京・恵比寿LIQUIDROOMにて水槽の単独公演【THIRD CONCEPT LIVE “FLTR”】が開催された。2023年の【ENCOUNTER】(東京・表参道WALL&WALL)、昨年の【SOLUBLE】(東京・代官山UNIT)に続いて3度目となる今回の単独公演では、「MONOCHROME」「スードニム」といった最新アルバム『FLTR』の収録曲や、人気曲の「事後叙景」「イントロは終わり」など全30曲が披露され、ゲストとして登場した相沢、たなか、lilbesh ramko、yuigotらとともに、ソールドアウトとなった満員の会場を大いに魅了した。

 今からおよそ3年前、2ndアルバム『事後叙景』のリリースに際して筆者がインタビューを実施した時、DTMによる楽曲制作に本格的に取り組むようになったことで、これまでの“歌い手”から“シンガー・トラックメイカー”へと歩みを進め、編曲の面白さに対する無邪気な喜びを語っていたのが遠い過去に思えるほど、現在の水槽はひとりのアーティストとして確かな支持を獲得している。その躍進ぶりは、TVアニメ『BLEACH 千年血戦篇-相剋譚-』のエンディング・テーマとして起用された「MONOCHROME」といったタイアップは勿論、何より、WALL&WALL、代官山UNIT、そして今回のLIQUIDROOMと着実に単独公演の規模を拡大しながら、常にチケットをソールドアウトさせてきた事実が裏付けている。

 満員の観客がステージを見つめる中で登場した水槽は、アルバムのアートワークを彷彿とさせるスタイリッシュなステージ衣装を身に纏い、今ではすっかり定着したDJセット(水槽自身がDJをしながら歌唱する)形式のパフォーマンスで今回の公演の幕を開けた。冒頭から「MONOCHROME」「事後叙景」「SINKER」と代表曲が次々とターンテーブルから放たれ、フロアの熱気は一気に高まっていく。前回の単独公演【SOLUBLE】でも同様のパフォーマンスを披露していた水槽だが、以降もさまざまなクラブイベントで場数を重ねてきただけあり、DJと歌唱の両立という離れ業を鮮やかに両立。楽曲が切り替わるたびにフロアからは大きな歓声が上がった。

 デジコア/ハイパーポップ、ドラムンベース、EDMといったクラブ・ミュージックの影響下にあるトラックと、元々はナイトクラブとしても知られるLIQUIDROOMの音響の相性は抜群で、緻密に構築された音像がその真価を発揮し、あらゆる角度から感覚を強烈に刺激していく(特に、硬質なビートが怒涛のように押し寄せる「POLYHEDRON」の破壊力といったら!)。

 勿論、ライブならではの魅力も存分に発揮しており、音源における声色/メロディ・ラップ/リリック・物語が一体となった“水槽の歌”が内包する感情の一つひとつが、生々しく揺れ動いたり、増幅しながら観客へと力強く迫っていく。その多くはポジティブ/ネガティブが入り混じった繊細で複雑なものだが、だからこそ観客は強く共鳴し、ライブが進むごとにフロア全体の一体感が生まれているように感じられた。多くの観客が自然にステージへと手を伸ばし、力強い拍手と歓声で反応した「README」は、そうした共鳴がピークに達した瞬間であり、間違いなくこの日のハイライトのひとつだったように思う。

 この時点でライブとしては完全に成立しているのだが、今回の公演、あるいは現在の水槽自身をもっとも象徴していたのは、DJセットを片付け、その代わりにPCデスクとゲーミングチェアのような椅子、ラップトップで構成されたステージセットに切り替えて披露された第二幕以降の流れだろう。ステージ衣装を脱ぎ、椅子に座ってラップトップを触る水槽の姿は、先ほどまでDJセットでフロアを大いに沸かせていた“アーティストとしての水槽”から一変して、この場に集まった観客と同じように日常を生きる“ひとりの人間としての水槽”のように見える。

 「この一年くらい、DJイベントやライブに出させてもらうことが増えたんですけど、ステージから帰ってきて、ここに座ると、このラップトップの前が自分の本拠地だなって思うんです。イベントに出て『楽しかった!』って思っても、家に帰ったら、楽しいことが起きているかどうかと、人生がしんどいかどうかって関係ないじゃないですか。遊びに行ってすごく楽しかったけれど、帰ってひとりになったら、急に『やっぱり、人生嫌だな』って思うことってあるでしょう? そんな風にして、一生懸命“普通の人”に擬態しているんです。」

 そう語った水槽は、椅子に座りながらラップトップを触って「再放送」のトラックを再生し、椅子に座って歌声を重ねながら、少しずつ立ち上がり、ステージの中央へと向かっていく。複雑に構築されたドラムンベースのトラックが鳴り響き、過去を反芻するようなダークな言葉が次々と放たれていく中で、〈「普通」に擬態してる〉というフレーズが音源より一層強く耳に残る。

 楽曲を終えた水槽は、再びPCデスクへと戻り、今度は「爽やかな曲に暗い言葉を乗せてみようと思って作った曲があって……」と語り、「ゆるされないで」を披露。このような、ラップトップでのトーク+パフォーマンス、すなわち“FL=FROM LAPTOP”の形式で、第二幕が進んでいく。楽曲を作った当時の回想や、その背景にある自身の個人的な感情、そこから連想した過去のエピソードなどが本人の口から語られることで、披露される楽曲の解像度が上がると同時に、会場全体に、先ほどのDJセットの時よりもずっと親密でポジティブなムードが満ちていく(トークの中では、笑いが起こることも少なくなかった)。

 楽曲自体は必ずしもポジティブなわけではないにも関わらず、このような光景が広がっていくのは、その言葉や感情がリアルで、(少なくともこの場に集まった人々にとっては)どこか自分自身を重ねられるということの表れなのだろう。セットリストも、「自分を救えない人は、誰のことも救えないでしょう。だから、過去の自分を肯定してあげる曲を書きました」という言葉とともに披露された「ランタノイド」など、暗いなかにも少しずつ光が見えていく。

 比較対象が思いつかないほどに多方面での活躍を続けているために、一言で紹介するのが極めて難しい存在となっている水槽だが、活動全般を通して明確に一貫しているのが「普通の人の何気ない日常を肯定したい」という想いだ。それだけを聞くと、ありふれたメッセージのように感じられるかもしれないが、より踏み込んだ言い方をするのであれば、それは、「“普通の人”として、“何気ない日常”を生きることが、どれほど大変か」という厳しい現実の裏返しでもある。

 「ぱっと見は普通の人で、世間に溶け込んでいて、ちゃんと仕事をしたり学校に行ったりして生きているのだけど、日々、『これは嫌い』みたいな感情で溢れていて、同時に自己嫌悪でも爆発しそうになっている。でも、外には出さずに、内側で爆発している。(楽曲を作った)当時の自分がまさにそうで、そういう人がここにもたくさんいるんじゃないかな。毎日必死だった、2023年の水槽の暴発です」

 そうして披露された「夜天邂逅」における壮絶な歌唱と、ドロップが投下された時の観客の凄まじい盛り上がりは、きっと、ただDJセットの中に組み込むだけでは生まれなかったものだろう。以前のインタビューでも、「自分の音楽は、そこに一緒にいることしかできない。だから、それをやるライブをしようと思います」と語っていた水槽だが、まさにステージと観客という区切りのない、「みんなでラップトップの周りにいる」という構図を作り上げたからこそ、従来のライブでは実現できないような一体感が生まれたのではないだろうか。

 「夜天邂逅」で一旦のピークを迎えると、今度はゲストのyuigotをギターに招き、ラップトップを閉じて、これまでにはなかったアコースティック形式でのパフォーマンスが展開されていく。yuigotがプロデュースを手掛けた「NAVY」をふたりで披露すると、続いてゲストの相沢が登場し、三人編成で「文学講義」が奏でられる。とはいえ、yuigotが手掛けたアコースティック・アレンジは、まるで緻密に構築された原曲のニュアンスをギター一本で再構築したかのような一筋縄ではいかない仕上がりで、美しく響き渡るふたりの歌声も相まって、楽曲の核をそのまま引っ張り出したかのような光景に圧倒される。

 さらに、yuigotが去ると、なんと水槽自身のギターの弾き語りによる「カペラ」「箱の街」を披露というサプライズが。本人は「ギターが上手くならなさすぎて、『ワンマンで弾く』という宣言をしてしまったので」と緊張しながら語っていたが、ひとつずつ歌の中にある感情を確かめるように歌う姿は、まるで楽曲の主人公が目の前にいるかのようなリアルさに溢れていて、会場中がその光景に魅了されていた。それは、ラップトップから生まれた楽曲の、さらに内側へと入り込んでいくかのような感覚でもあり、丁寧なプロセスを経て水槽と観客の距離がさらに近づいていく。

 華やかなDJセットからラップトップのある自室へと場所を変え、二種類のアコースティック・セットでこれ以上ないほどの親密な空間を作り上げた水槽だが、アルバムおよび公演名にもある通り、最後は屋上、すなわち部屋から一歩踏み出した外の世界へと向かっていく。「ROOFTOP TOKYO(FLTR ver.)」と「遠く鳴らせ」という、(元々は)1st『首都雑踏』に収録されていた最初期のオリジナル楽曲のパフォーマンスを皮切りに、自室を模したセットが撤去され、代わりに室外機などの屋上を想起させるようなステージセットとともに、公演の第三幕にして最後の章が幕を開ける。

 再びステージ衣装を身に纏った水槽は、〈冗長な街/あれは僕の墓標〉と力強く歌い上げた「イントロは終わり」、空虚な感覚を誤魔化しながら日々を過ごす「ロリポップ・バレット」など、水槽らしい、現代の都会の喧騒の中で生きていく感覚を想起させるような楽曲を重ねる。アップリフティングなトラックと鮮やかな照明とともに、フロアも大いに盛り上がっていく。

 その勢いのままに続けて披露されたのは、『FLTR』収録の最新曲「カルチュラル・オートマティカ・フィーリング」。楽曲に参加しているゲスト、たなかもステージに登場し、猛烈な電子音の洪水の中で、〈さあ文化を喰らえ〉というキラーフレーズが響き渡る。先ほどまでの個人的で居心地の良い空間とはまるで異なる混沌ぶりだが、どちらが良い/悪いではなく、両方が等しく存在するからこそ、初めて“今を生きるというリアル”を描くことができるのだろう。

 そうした感覚を確信に変えたのが、「初めてライブで披露することを前提に曲を作った」という「報酬系」だ。ゲストのlilbesh ramkoによる鮮やかなラップも相まって、この日最大の凄まじい盛り上がりを見せた同楽曲だが、報酬系といえば、ドーパミンを介して記憶やモチベーションを促す脳の仕組みであり、近年ではスマートフォン、あるいはSNSを筆頭とした情報の洪水によってドーパミン依存に陥りやすいことで知られている(また、生まれつき活性しづらい場合もある)。だからこそ、〈ぶち込んで飛ばしてくれ/生まれた時から壊れて/そのままになってんだって報酬系〉という強烈なリリックがフロアに放たれ、「報酬系」の大合唱が会場中に響き渡る光景は、これ以上ないほど痛快で、(ここまでの流れも相まって)情報の洪水の中で何とか生きてやろうという感情が湧き上がってくる。その熱量は、一歩外の世界へ踏み出すこと自体がめちゃくちゃ大変だと知っていて、その感覚を全員で共有しているからこそ生まれるものに他ならないだろう。

 〈「幸せでいるなよ」って何それ?〉というフレーズを筆頭に、過去の水槽自身が抱いた感情の渦を轟音のサウンドスケープとともに吐き出した「ハートエンド」を経て、ついに2時間におよぶライブの最後に辿り着いた水槽は、充足した表情に満ちた満員の観客を前に、次のように語った。

 「この光景を見て思うのは……死ななくて良かったなと。生きていて良かったとはまだ思えないんですけど、でも、死ななくて良かったと本気で思っています。みんなも、今日まで死なないでいてくれて、本当にありがとうございます。できたら、明日も死なないでください。明日、幸せになることを諦めないでください。この世界には、水槽の音楽を1秒も再生しない人が、何億人、何十億人といる中で、あなたはそうではない。それどころか、(ライブに)足を運んでくれて、これは本当にすごいこと。こんな人生になるなんて、思っていなかったです。今日は来てくれて、本当にありがとうございました」

 最後に披露されたのは、『FLTR』の最後の楽曲でもある「点滴」。ライブ中にも語ったように、自身の過去に犯した失敗や過ちを“ランタンの燃料”(≒無ければ絶対に動かなくなってしまう)に例えた「ランタノイド」に対して、つい日々を過ごす中で抱いてしまう劣等感や優越感を“点滴”(≒引き抜いたら死ぬが、病気が治れば無くても生きていける)に例えた同楽曲は、そうした感覚をつい求めてしまう不完全な自分自身を認めながらも、それが無くても生きていけるようにならなければならないという想いが込められた楽曲だ。強い不安を抱きながらも、外へ向かうことを決めるリリックは、DJセット、トーク+ライブ、アコースティック・セット、ライブセットという出来うる限りの自身の表現手段を使って“FLTR=FROM LAPTOP TO ROOFTOP”という物語を表現した今回の公演のエンディングに最も相応しいものだろう。

 会場中に響き渡る、〈死にたくはないんだ/僕は死にたくはない〉〈もう要らない、要らない、/要らない、要らない、要らない/引き抜いた点滴/僕を連れて歌っている〉という言葉とともに、【FLTR】の幕が閉じた。

 完全にすべてを出し切ったかのように思えた水槽だが、ライブの最後には、早くも次回の単独公演【4TH ONE MAN LIVE “JUNCTION”】が11月27日に東京・Zepp Shinjukuで開催されることが発表された。キャリア史上最大規模であることは勿論だが、より重要なのは、この場所がこれまでに水槽自身が何度も【GOLD DISC】などのクラブイベントを通して出演してきたZEROTOKYO=Zepp Shinjukuでもあるということだろう。それを踏まえてなのか、既に同公演は「ALL DJ SET」と銘打たれており、ゲストもr-906、KOTONOHOUSE、TAKU INOUEなど、トラックメイカーの精鋭たちが名を連ねる。“今を生きることのリアル”を描き続け、いよいよ外の世界へと足を踏み出した水槽が、東京・新宿という都会の象徴を代表するクラブでどんな景色を作り上げるのか、今から楽しみでならない。

Text:ノイ村
Photo:タカギユウスケ

◎公演情報
【THIRD CONCEPT LIVE “FLTR”】
2025年4月19日(土) 東京・恵比寿LIQUIDROOM

【水槽 4TH ONE MAN LIVE “JUNCTION” (DJ+LIVE SET)】
2025年11月27日(木) 東京・Zepp Shinjuku
Guest:r-906 / KOTONOHOUSE / TAKU INOUE and more…


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