<ライブレポート>椎名林檎、ライブの域を超えて過去・現在・未来を繋いだ【(生)林檎博'24ー景気の回復ー】

2024年12月19日 / 18:00

 椎名林檎が11月24日にさいたまスーパーアリーナにて、全国アリーナツアー【(生)林檎博’24ー景気の回復ー】の埼玉公演を行った。
 
 2023年にかけて行われた全国ホールツアー【椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常】からは1年ぶり、アリーナツアーとしては2018年の【(生)林檎博’18-不惑の余裕-】以来6年ぶり。名越由貴夫(Gt)、伊澤一葉(Key, Gt)、鳥越啓介(Ba)、石若駿(Ds)、という前回と同様のバンドメンバーに斎藤ネコが指揮をとる25人編成のフルオーケストラに加え、2人組のダンサーSISと最新アルバム『放生会』に参加した中嶋イッキュウ、Daoko、もも(チャラン・ポ・ランタン)も同伴。青森を皮切りに、新潟、大阪、静岡、埼玉、福井を経て、地元福岡でファイナルを迎えたが、3日間にわたって開催された、さいたまスーパーアリーナ公演の最終日には、客演としてAIが登場。さらに博多凱旋公演の千秋楽へは新しい学校のリーダーズが参加するという、豪華で贅沢なツアーとなっていた。

 The Mighty Galactic Empire(銀河帝国軍楽団)と名付けられた総勢30名を超える演奏家陣による本公演は、ただの音楽ライブというよりは、叙事詩的SF作品をベースにしたロックオペラやミュージカルのような内容となっていた。簡潔に説明すると、地球の景気を回復するために宇宙からやってきたアンドロイドである「椎名林檎」が人間に愛と欲、喜びと悲しみ、生と死を味わい尽くそうというメッセージを伝える物語のように感じた。

 冒頭は地球に近づくUFOの飛行音からスタートした。男声とのデュエットアルバムとなっていた前作『三毒史』のオープニングナンバー「鶏と蛇と豚」が響く中で、5人のお坊さんが般若心経をあげながら登場し、印を結んだ。奥行きの広いステージ上にはスクリーンが二層で設置されており、暗闇に映るお坊さんは、まるでそこにいるかのように見えた。続いて、スクリーンにはプラグスーツを着たブロンドの椎名林檎が船内の無重力空間へ浮かんでいる様が映されたあと、赤い外套を羽織った彼女がUFOから地上へと降り立った。「地球のみなさん、ご機嫌よう」と挨拶した彼女は、銀河の映像をバックに、坂本真綾に提供したアニメ『BEM』のオープニングテーマ「宇宙の記憶」で最新のアカシックレコードを開示すると、ティアラを被って歌唱した東京事変「永遠の不在証明」(劇場版『名探偵コナン 緋色の弾丸』主題歌)では赤いリップを塗り、「静かなる逆襲」で黒のヴェール付きベレー帽を被り、アンティークシャネルのようなツイード地のスーツを着たSISを連れて華やかな夜の街へと出かけた。スタンドマイクで歌った「秘密」の逢瀬を経て、ベレー帽を脱いだ彼女は手を振って帰宅。「浴室」では〈無重力に委(まか)される〉ように包丁を手にし、何やらを無我夢中で切り刻むと、突然に突っ伏し、東京事変「命の帳」では枕に顔を埋め、“あなた”こそが“宇宙一”と涙ながらに伝えた。衣装はメンズのタンクトップにシュートパンツだが、 “真珠”のネックスレスをつけたままだ。ここで、眠りに落ちた彼女は、「TOKYO」で夢から覚め、〈ああしんどいわ〉と呟き、〈悲しくてもう耐えられない〉〈消え去りたい〉と叫びをあげた。
 
 音源ではピアノトリオの編成だったが、当初導入する予定だったと噂に聞くオーケストラが加えられたビッグバンドジャズとなっていた「TOKYO」をはじめ、ハープやホーン隊を含むオーケストラが全編の8割近くにフィーチャーされ、楽曲の情感をよりドラマティックに引き立てていた。また、ここまで今年5月にリリースした7枚目のアルバム『放生会』の収録曲はまだ1曲もやっていない。3曲目「永遠の不在証明」までが宇宙人だとすると、夜の東京へと降り立ち、生身の女性となった4曲目「静かなる逆襲」から8曲目「TOKYO」までは、東京で一人で生きる女性の日常が描かれていたように思う。

 ここで場面は転換し、“貝の中に月の雫が宿った”と言われている“真珠”が住む海の世界へ。流麗なストリングスとオートチューンがかかったヴォーカルが融合した「さらば純情」のニューアルバムバージョンに乗せてステージ上に登場した巨大なアコヤガイが開き、人魚となった椎名林檎が姿を現した。ドラマ『カルテット』の主題歌として書き下ろした「おとなの掟」を1番は弦の伴奏、2番はピアノの伴奏のみで歌い上げると、バンドアンサンブルが加わった後で〈大人は秘密を守る〉と歌いながら突っ伏し、小学2年生の息子によるナレーションを経て、レベッカ「MOON」のカバーから、「実は続きとして書いた」と明かされた「ありきたりな女」へ。アルバムにおいて「カーネーション」の続編としての要素もあったと記憶しているが、ここでは〈昔ママがまだ若くて/小さなあたしを抱いてた〉という思春期と別れ、〈あなたの命〉という娘を得て、娘側から母側への視点の転換がなされている。もう一人の女性ではないのだ。

 お揃いのレオパード柄の衣装を身に纏った椎名林檎に「AI!」と紹介され、この日、一番の大きな歓声が上がった「生者の行進」は、〈太陽浴びた命を頬張りなさいもっと〉というフレーズが力強く響き渡る、母である二人からの娘へのメッセージソングだ。そして、伊澤一葉のピアノトリオ・あっぱ名義の曲をリアレンジして新たなリリックをのせ、花札の名が冠された「芒に月」では体全体で命を鳴らし、「人間として」でハープと宇宙の端と端で手を繋ぐようなデュエットを披露すると、喪服姿となった後半からは「放生会」という名のお祭りに突入。NODA・MAPへ提供した楽団のテーマ曲「望遠鏡の外の景色」でのバンドメンバー、オーケストラ全員の紹介を挟み、ポルトガル語のサンバ「茫然も自失」ではトロンボーンの村田が見事なソロを展開。「ちりぬるを」では傘で顔を隠しながら中島イッキュウと横並びでデュエット。スクリーンに新しい学校のリーダーズが映し出された「ドラ1独走」では椎名はユニフォーム姿に着替え、間奏では野球用語と共にアガペーやリビドー、エロスやタナトスといった愛と欲望を意味する言葉も登場した。そして、80年代のアニメソング「タッチ」をDaokoがソロで歌い出し、観客は三三七拍子で応援。続いて、雨の野球場をバックに歌われたのは栗山千明に提供した「青春の瞬き」。かつて冨田恵一が施した編曲を、今回斎藤ネコが一つ一つ紐解いた結果、すべての音は楽団の生楽器に置き換えられた。野球のグローブを手にはめたままで、〈僕ら目指していた場所に辿り着いたんだ〉というフレーズをドラマチックに歌い上げると、いよいよクライマックスへと向かっていく。

 80年代のシンセのオーケストラヒットが生で鳴らされるような迫力があった「自由へ道連れ」ではナポレオンジャケットの椎名と、ペンシルスカートのイッキュウが拡声器を持ち、旗を振りながら観客を盛り上げると、Daokoが加わった「余裕の凱旋」ではUFOから猫が次々と地上に降りていく中で、〈これぞ生きる醍醐味〉と歌いながら行進。すると、スクリーンにエレキギターを抱えた巨大な二体の招き猫と共に、ももがステージに上がった。「ほぼ水の泡」を椎名とももが向き合って歌い、乾杯を交わすと、場内に椎名の肖像画と“伍萬札”と記されたお札が盛大にばら撒かれた。そして、「私は猫の目」で椎名、もも、イッキュウ、Daokoが勢揃いし、ピンクのスカジャン姿で踊り、最後に招き猫の第三の目からビームが発射され、景気回復を祈願して本編を締めくくった。

 アンコールはボクサーグローヴをつけた椎名が「初KO勝ち」で低くて重いジャブのような歌声を繰り出し、「お名残惜しいですが、お別れの時間になりました、またお会いしましょう」と呼びかけ、自分自身の応援歌「ちちんぷいぷい」で観客から「RINGO!」というコールを浴び、「ARIGATO!」とマイクを通さずに叫んでステージを後にした。そして、終演後のエンドムービーでは2045年の荒廃した世界が映し出された。野球場や猫のスフィンクス、RINGOの電飾などに続いて、アンドロイドの椎名の首が壊れて落ちるという衝撃的な映像であった。最後にお坊さんが登場し、再び印を結んで2024年に戻したが、あの世界の終わりは、現在と地続きの未来の姿なのか、その未来を変えるために彼女が現在の地球に降り立ったのか。あのエンディングについて、ツアーに足を運んだ人と話したいという気持ちでいる。ライブの域を超えて、 SFの世界に没入しつつも、自分の過去や現在、未来とも深い繋がりを感じる、不思議な体験をもたらしてくれる2時間であった。

Text by 永堀アツオ
Photo by 太田好治/ヤオタケシ

◎公演情報
【(生)林檎博’24ー景気の回復ー】
2024年11月24日(日)
埼玉・さいたまスーパーアリーナ


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