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SFとファンタジーを通して、家族の形や生と死について描いた『アフター・ヤン』『天間荘の三姉妹』【映画コラム】

『アフター・ヤン』(10月21日公開)

(C)2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

 “テクノ”と呼ばれる精巧な家庭用ロボットが一般家庭にまで普及した近未来。茶葉の販売店を営むジェイク(コリン・ファレル)と黒人の妻カイラ(ジョディ・ターナー・スミス)、中国系の養女のミカは幸せな毎日を過ごしていたが、ロボットのヤン(ジャスティン・H・ミン)が故障して動かなくなり、ヤンを兄のように慕っていたミカは落ち込んでしまう。

 ジェイクは、ヤンの修理の方法を模索する中で、彼の体内に毎日数秒間の動画を撮影できる装置が組み込まれていることを知る。そこには家族に向けられたヤンの温かいまなざしと、ヤンが巡り合った謎の若い女性(ヘイリー・ルー・リチャードソン)の姿が記録されていた。

 コゴナダが監督・脚本を手掛け、アレクサンダー・ワインスタインの短編小説『Saying Goodbye to Yang』を独創的な映像表現で映画化したSFドラマ。テーマ曲を坂本龍一が担当している。

 コゴナダは、韓国系アメリカ人の映像作家。アルフレッド・ヒッチコックや小津安二郎についてのドキュメンタリーや論文を手掛け、小津作品で脚本を執筆した野田高悟(ノダ・コウゴ)にちなんでコゴナダを名乗る。長編デビュー作『コロンバス』(17)が、サンダンス国際映画祭で公開されて注目された。

 この映画は、よくいえば静かで美しいのだが、ゆったりとしたテンポと、画面の暗さも手伝って、正直なところ、時折睡魔に襲われた。テーマは、家族の形、生命、記憶、アジア人のアイデンティティーの模索といったところか。

 アンドロイドについて、主人公が探偵をしていくところは『ブレードランナー』(82)、ミディアムショットやカメラの切り返しの多用は、確かに小津映画の影響を感じさせる。

 不思議な雰囲気のある映画で、アメリカでは「まるで小津安二郎がSF映画を作ったかのような味わい」と評する向きもあるという。なるほど、面白い捉え方だと思った。エキセントリックな役を演じることが多いファレルの“静かな演技”も見どころだ。

『天間荘の三姉妹』(10月28日公開)

(C)2022 高橋ツトム/集英社/天間荘製作委員会

 天界と地上の間にある街・三ツ瀬の老舗旅館「天間荘」に、交通事故で臨死状態となった小川たまえ(のん)がやって来る。たまえは、旅館を切り盛りするのぞみ(大島優子)とイルカトレーナーのかなえ(門脇麦)の腹違いの妹で、現世へ戻って生きるか、天界へ旅立つか、魂の決断ができるまで天間荘で過ごすことになるのだが…。

 漫画家・高橋ツトムの代表作『スカイハイ』のスピンオフ作品を、北村龍平監督が実写映画化。2時間半の大作である。

 この映画の根底にあるのは東日本大震災の惨禍だ。三ツ瀬の住人の大半は、震災によって、思いがけず、突然命を落とした人たちなのだから。つまり三ツ瀬は、死を受け入れるためのモラトリアム(猶予期間)の場所ということになる。

 実際のところ、死んだらどうなるのかは誰にも分からないのだが、この映画には、もしこういう場所があれば、震災などによって不意打ちのように命を奪われた人たちや、大切な人を失った人たちにとっては、わずかながらも救われる思いがするのではないか、という願望が込められているのだろう。これはファンタジーでなければ表現できないことだ。

 ただし、実際に震災で大切な人を失った人たちがこの映画を見たらどう感じるのだろうか、素直に受け入れられるのだろうかといった疑問は残るのだが、その半面、こういう映画が出てくるまでに10年かかったのだという感慨も浮かんだ。

(田中雄二)