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カンヌ国際映画祭監督賞受賞作『アネット』/カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作『TITANE チタン』【映画コラム】

『アネット』(4月1日公開)

(C)2020 CG Cinema International / Theo Films / Tribus P Films International / ARTE France Cinema / UGC Images / DETAiLFILM / Eurospace / Scope Pictures / Wrong men / Rtbf (Televisions belge) / Piano

 『汚れた血』(88)や『ポンヌフの恋人』(91)などの鬼才レオス・カラックス監督が、ロン&ラッセル・メイル兄弟によるポップバンド「スパークス」がストーリー仕立てのスタジオアルバムとして構築していた物語を原案に、映画全編を歌で語り、全ての歌をライブで収録したロックミュージカル。

 スタンダップコメディアンのヘンリー(アダム・ドライバー)と一流オペラ歌手のアン(マリオン・コティヤール)、その2人の間に生まれたアネットが繰り広げるダークな寓話(ぐうわ)を、カラックスならではの映像美で描き出す。ドライバーがプロデュースも兼任。昨年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。

 オープニングは、『ラ・ラ・ランド』(16)風の楽しいミュージカルを予感させるような曲調で始まり、一瞬「カラックスにしてはまともじゃないか」と思わせるが、次第に、今まで見たことがないようなダークでシュールなミュージカルに変転し、「やはりカラックスは一筋縄ではいかないか…」となる。

 全編を歌で語るという意味では、すでに『シェルブールの雨傘』(64)が行っているので新味はないが、光に反応して歌う幼児のアニーを人形にしたり、セックスや出産まで歌で語るところを見ると、よくいえば独創的だが、やはり珍妙な、実験的なミュージカルという印象を持たされた。全体としては、ロックミュージカルというよりも、オペラや演劇のにおいが強いと感じた。

 ただ、フェデリコ・フェリーニの映画を感じさせるようなエンドロールなど、魅力的なシーンもあり、見終わった後は、妙に後ろ髪を引かれる。ドライバーの面目躍如の怪演、アネットを演じた子役の演技も見ものだ。

 ところで、ロックミュージカルと呼ばれた映画として、『ジーザス・クライスト・スーパースター』(73)『ロッキー・ホラー・ショー』(75)『ヘアー』(79)などがある。そのほとんどが舞台劇を映画化したもの。その点でも、ポップバンドのアルバムを原案にしたこの映画は異色である。

『TITANE チタン』(4月1日公開)

(C)KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020

 幼い頃、交通事故に遭い、頭蓋骨にチタンプレートを埋め込まれたアレクシア(アガト・ルセル)。それ以来、彼女は「車」に対して異常な執着を抱き、危険な衝動に駆られるようになる。

 殺人を重ね、行き場を失ったアレクシアは、ある日、消防隊長のビンセント(バンサン・ランドン)と出会う。10年前に息子が行方不明となり、今は独りで生きる彼の保護を受けながら、奇妙な共同生活を始めるアレクシア。だが、彼女はある重大な秘密を抱えていた。

 2021年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞したジュリア・デュクルノー監督作。独創的という評判だが、塚本晋也監督の『鉄男』(89)やデビッド・クローネンバーグ監督の『クラッシュ』(96)の影響も感じさせる。

 前半は、暴力、殺人、セックス、汚物、タトゥー、ドラッグといった、とにかく下品で、グロテスクで、痛い描写を繰り返しながら、アレクシアのサイコキラーぶりを見せる。

 「果たして見続けられるのだろうか…」と不安に思ったのは自分だけではあるまい。実際カンヌでは途中で退場した観客も少なくなかったという。

 アレクシアがビンセントに引き取られ、互いに父と息子を求める孤独な2人が、疑似親子のようになっていくあたりから少々雲行きが変わりはするが、これは変態、ゲテモノ映画の類いに入るものだという印象は消えなかった。早い話、ここまで極端なものを見せなければ、愛が表現できないのか、という怒りや疑問を感じた。

 このところのカンヌがパルム・ドールに選んだ作品は、『万引き家族』(18)『パラサイト 半地下の家族』(19)、そしてこの映画と、暗く病んでいて、見ていて気が晴れないものが続く。たとえ、それが先鋭的で衝撃的な作品だとしても、暗たんたる気持ちになるのは否めない。

(田中雄二)