X


知的好奇心を刺激される『林檎とポラロイド』/すさまじい暗さが魅力の『THE BATMAN ザ・バットマン』【映画コラム】

『林檎とポラロイド』(3月11日公開)

(C)Boo Productions and Lava Films (C) Bartosz Swiniarski

 冒頭、とある部屋が映り、どすん、どすんという奇妙な音が聴こえ始める。やがて、それは男が自分の頭を柱にぶつけている音だと分かる。そして、ラジオから唐突に「スカボローフェア」が流れてくるというオープニングから、一気に不思議な感覚に陥る。

 部屋を出て、バスに乗ったその男は眠り込み、目が覚めると「りんごが好き」という以外の記憶を失っていた、というところから話が始まる。

 実は、世界中で記憶喪失を引き起こす奇病がまん延し、患者への治療法として「古い記憶を取り戻すことは諦めて、新たな経験と記憶を重ねて、一から人生を築き直す」という「新しい自分」と呼ばれる回復プログラムが行われていた。

 それは、カセットテープに吹き込まれた医師の指示を実行し、それを行った証拠としてポラロイドカメラで撮影するというもの。

 ところが、男に出された指示は、「自転車に乗る」「仮装パーティで友だちを作る」「酒を飲み、踊っている女を探す」「ホラー映画を見る」「10メートルの飛び込み台からダイブする」「運転して車をぶつける」「死期の迫った人と一緒に過ごし、葬式に参列する」といった何の脈略もないものだった。

 寡黙な男が与えられた支持を淡々とこなしていくさま(演じたアリス・セルベタリスが素晴らしい)から、そこはかとないユーモアともの悲しさが感じられるという、ギリシャ人監督クリストス・ニクによる、何とも不条理な映画なのだが、言葉にはできない不思議な魅力があった。

 ケイト・ブランシェットがこの映画にほれ込み、プロデュースを買って出たばかりでなく、ニク監督のハリウッド進出も手助けしたという。

 男は本当に記憶喪失なのか? プログラムの効果は? そもそも記憶とは何なのか、などといろいろと考えさせられ、もやもやとした気分になるが、たまにはこういう映画から知的好奇心を刺激されるのも悪くないと感じた。孤独な男がりんごの皮をむくシーンで、小津安二郎監督の『晩春』(49)の笠智衆の姿を思い出した。

『THE BATMAN ザ・バットマン』(3月11日公開)

(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC

 ミステリアスな青年ブルース・ウェイン(ロバート・パティンソン)が、殺害された両親のための復讐(ふくしゅう)を誓い、悪と敵対する存在“バットマン”になって2年が過ぎた。

 ある日、権力者が標的となった連続殺人事件が発生。その犯人は、史上最狂の知能犯を名乗るリドラー(ポール・ダノ)だった。 彼は犯行の際、必ず“なぞなぞ”を残し、警察や探偵としてのブルースを挑発する。

 リドラーの最後のメッセージは「次の犠牲者はバットマン」だった。彼は一体何のために犯行を繰り返すのか? そして暴かれる、政府の陰謀とブルースにまつわる過去の悪事や父親の罪…。全てを奪おうとするリドラーを前に、ついにブルースの良心が狂気へと変貌していく。

 DCユニバースの“新たなバットマン”で、上映時間は何と3時間! 監督はリブート(再起動)版『猿の惑星』のマット・リーブス。この映画も、ある意味リブート版だ。

 今回は、探偵としてのブルースをクローズアップし、フィルムノワールの雰囲気を漂わせながら、謎解きを展開させる。また、ブルースと刑事(ジェフリー・ライト)とのバディ物としての要素もある。キーワードは「うそ」と「復讐」だ。

 リドラー役のダノのほか、コリン・ファレル(ペンギン)、ジョン・タトゥーロ(ファルコン)が敵役を演じ、ゾーイ・クラビッツがキャットウーマンを演じる。

 もともとバットマンはダークヒーローだから、これまでのバットマン映画にも暗部は多々あったのだが、今回はストーリーも画調も、すさまじく暗い。だから3時間の間、ずっと気が晴れることはないのだが、逆にそれがこの映画の魅力になっている。いろいろな意味で、『ジョーカー』(19)の影響が大きいと感じた。

(田中雄二)