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今年のアカデミー賞の最有力候補と目される『ノマドランド』が3月26日から公開される。
舞台は、米ネバダ州エンパイア。夫に先立たれ、石こう採掘会社の破たんによって、仕事も住居も失ったファーン(フランシス・マクドーマンド)は、バンに乗り込み、季節労働の現場を渡り歩く。
米西部の路上で暮らす、現代のノマド(遊牧民)たる車上生活者を描くロードムービー。監督・脚本は中国系女性のクロエ・ジャオ。これまで、ゴールデングローブ賞をはじめ、さまざまな映画賞を受賞している。
本作には、本物のノマドたちが出演していることもあり、劇映画とドキュメンタリーの境界を描いているようにも見える。その中でマクドーマンドは、どこまでが演技なのかと思わせるほど、その世界に同化していて見事というほかない。『ファーゴ』(96)、『スリー・ビルボード』(17)に続く、3度目のアカデミー主演賞の受賞も有力とされる。
また、ノマドたちが乗って移動するバンやキャンピングカーを馬車に見立てれば、昔と変わらぬ荒野の風景も含めて、現代流の西部劇といった趣もある。
実際、ジャオ監督とパートナーの撮影監督ジョシュア・ジェームズ・リチャーズは、これまで、ネイティブアメリカンの居住地に暮らす兄妹の物語『Songs My Brothers Taught Me』(15)、大けがをしたカウボーイを描いた『ザ・ライダー』(17)と、“現代西部劇”とも呼べる映画を撮ってきた。その意味では、本作もその延長線上にあると言ってもいいのだろうが、主人公が女性というところが、昔の西部劇とは明らかに違う。
そんな本作は、車上生活とAmazonなどでの季節労働、漂泊と定住、自由と不自由、束縛、貧富、選択といった、さまざまな問題を提示するが、こうした渋い映画が高い評価を受ける理由には、アンチトランプやコロナ禍といった、アメリカが抱える矛盾や悩みが少なからず反映されているのだろうと感じた。
ちなみに、先ごろジャオ監督が「ドラキュラ」をモチーフにしたSF西部劇を監督することが発表された。中国系の女性監督がなぜここまで西部劇的な題材にこだわるのかは、興味のあるところだ。(田中雄二)