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【映画コラム】今こそ、「生きていることの幸せ」を描いた映画を見よう(part1)『素晴らしき哉、人生!』『カイロの紫のバラ』『デーヴ』

 新型コロナウイルスの感染拡大の中、大変な思いをしている人も多い。だが、こんなときだからこそ「生きていることの幸せ」を描いた映画が心の糧になることもある。2回にわたって、見終わった後、少しだけ幸せな気分になれる映画を紹介しよう。

『素晴らしき哉、人生!』 写真提供:アマナイメージズ

『素晴らしき哉、人生!』(46)

 理想主義者のジョージ(ジェームズ・スチュアート)は、田舎町を牛耳る悪徳資本家のポッターに対抗し、父が経営していた、貧しい庶民に味方する住宅金融会社を引き継ぐ。愛妻メアリー(ドナ・リード)や良き隣人たちに恵まれたジョージだったが、不運が重なって町から一歩も出ることができない。そしてクリスマスイブに大金を紛失したことから人生に絶望し、自殺を決意する。そんな彼の前に見習い天使のクラレンスが現れ、ジョージが存在しなかった世界を見せる…。

 もちろん実際にはあり得ない話なのだが、ここからラストまでの怒濤(どとう)の展開を見れば、タイトル通りの人生の素晴らしさや意義に気づき、人が人に与える影響力の大きさ、家族や友人の大切さが身にしみるはず。悪夢から覚めたジョージと一緒に、観客も「生きていることの幸せ」を実感できるラストシーンが素晴らしい。気分が落ち込んだときにこそ見たい、名匠フランク・キャプラによる奇跡の映画だ。

『カイロの紫のバラ』(85)

 舞台は不況下の1930年代。失業中の夫を抱え、ウエートレスとして働くセシリア(ミア・ファロー)の唯一の楽しみは映画を見ること。そのセシリアが映画の中から飛び出してきた探検家(ジェフ・ダニエルズ)と恋に落ちて…という、夢と現実のはざまを描いたウディ・アレン監督のラブファンタジー。せめて映画を見ている間は、つらい現実を忘れて幸せな気分に浸りたいという観客の願望を具現化している。

 セシリアは現実から逃避し、スクリーンの中に夢を見ているのだが、その中で毎回同じ演技をさせられている探検家たちからすれば、変化のある現実世界はうらやましく見えるという矛盾が笑いを誘う。映画に憧れ、映画と恋をし、その恋に破れながらも、映画によって再び生きる希望を見つけていくセシリアをファローが好演。夫に暴力をふるわれ、現実を悲観し、泣いてばかりいた彼女が、探検家との出会いを通して、たくましい女性に変身するラストが痛快だ。

『デーヴ』(93)

 小さな職業斡旋所を営む好人物のデーヴ(ケビン・クライン)。米大統領とそっくりな彼が、“パートタイム”で大統領の“影武者”に雇われる。そんな折、大統領が、愛人との秘密の情事の最中に意識不明の重体に。側近たちは急場をしのぐためにデーヴに“常勤”を申し出る。ところが、一般市民のデーヴの目から見ると政治の世界はおかしなことばかり。彼は“普通のやり方”で政策を見直していく。やがて護衛官、報道官、閣僚たち、そして大統領夫人(シガーニー・ウィーバー)もデーヴの不思議な魅力に引かれて変化していく。

 お人よしのデーヴと憎々しい大統領の二役を見事に演じたクライン、珍しくチャーミングなウィーバーのほか、副大統領役のベン・キングスレーら、脇役たちの活躍も見逃せない。アイバン・ライトマン監督のこの映画には、政治家にはこうあってほしいという願望が込められている。アメリカの建国以来の理想主義を、政治コメディーの形を借りて現代によみがえらせた傑作だ。(田中雄二)

『デーヴ』 WarnerBros./Photofest/MediaVastJapan