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2人の縁は、エミリオが『時計じかけのオレンジ』(71)の大道具を丁寧に運搬したことから始まる。ちょうど運転手を探していたキューブリックが、エミリオに「映画は好きかい?」と尋ね、「映画よりも車が好き」と答えた彼を気に入って専属運転手としたのだ。
そして、『バリー・リンドン』(75)から、『シャイニング』(80)『フルメタル・ジャケット』(87)を経て、遺作となった『アイズ ワイド シャット』(99)まで、エミリオは、几帳面で細かい指示を出し、メモ魔で、電話魔で、甘えん坊のキューブリックに、献身的に尽くす羽目になる。
この間、エミリオは芸術家の気まぐれに翻弄(ほんろう)され、家庭生活を犠牲にし、変人の世話にへきえきしながらも、キューブリックから絶大な信頼を得て、2人の間には奇妙な友情が育まれていく。
そんなエミリオの目を通して、キューブリックの映画製作の舞台裏、素顔や日常生活など、完璧主義と徹底したこだわりで知られたこの映画監督の素顔が浮かび上がり、ドライな作風とは違い、意外にウエットな人間性がにじみ出てくるところが興味深く映った。
また、これほど濃密な関係を築きながら、エミリオが、一時引退するまで「長過ぎる」としてキューブリックの映画を一度も見たことがなかったという事実には驚かされた。そして「どれが気に入った?」(キューブリック)、「『スパルタカス』(60)だね」(エミリオ)、「あれは大した映画じゃない」(キューブリック)という、ちぐはぐな会話が、2人の関係性を象徴するようで面白い。
あるいは、『アイズ ワイド シャット』の撮影現場に招かれたエミリオの妻が、エージェントと間違って寄ってきた者たちに対して、「私は誰でもないわよ」と言い放つ場面もそうだが、あくまでも庶民的で、映画の世界にどっぷりと漬かっていない普通の感覚を持ったこの夫婦を、キューブリックが深く愛したことがよく分かってほほ笑ましくなる。よくある暴露ものではなく、キューブリックから慕われた“普通の男”の矜持(きょうじ)が心に残る名編になっている。