エンターテインメント・ウェブマガジン
一方、タイを舞台にした『暁に祈れ』は、麻薬所持によって“生き地獄”と呼ばれるタイの刑務所に服役するが、ムエタイで再生し、生き残ったイギリス人ボクサー、ビリー・ムーアの実体験を描く。
実際の刑務所で撮影され、そのほとんどが本物だという全身入れ墨の囚人たち(誰が誰だかほとんど区別がつかない)が異様な雰囲気を醸し出す。加えて、最低限の字幕しか出さず、見る者にも、ビリーが感じたであろう、人も言葉も分からぬ恐怖と孤独を味わわせる。
『ミッドナイト・エクスプレス』(78)のトルコよりも、さらにひどい刑務所がタイにあったのかという感じがしたが、これもそれほど昔の話ではないのだから驚く。
ビリー役のジョー・コールは熱演し、全編に異様な負のパワーが満ちあふれてはいるが、正直なところ、登場人物の誰にも共感、感情移入することができない。ストレートなバイオレンス描写なども含めて、生理的に駄目だという人も少なくないのではないかと思う。
このように、対照的な2本だが、どちらもアジアの現実の一端を描いていることだけは確かだ。(田中雄二)