【芸能コラム】伝えようとする思いと伝わらない思いの狭間で 「べっぴんさん」

2017年1月27日 / 17:39
「ぺっぴんさん」で母娘役を演じる井頭愛海(左)と芳根京子

「ぺっぴんさん」で母娘役を演じる井頭愛海(左)と芳根京子

 このところ、NHKの連続テレビ小説「べっぴんさん」から目が離せない。

 戦後の焼け跡から立ち上がり、友人たちと子ども服作りに情熱を傾けるヒロイン坂東すみれ(芳根京子)の物語…などという説明は今さら不要だろう。年が明けて折り返しに入ったところで、すみれの娘さくらが高校生に成長。思春期を迎えて家や学校で寂しそうに過ごすさくらと、多忙なすみれとのすれ違いが集中的に描かれている。

 この母娘のドラマが濃密だ。幼いころは両親を気遣ってけなげな姿を見せていたさくらの変わりようから伝わる寂しさ。これまでひたむきに生きるすみれの姿を見てきただけに、すれ違う2人の心が切ない。

 1月21日放送の第91回では、家出したさくらを心配して探し回ったすみれが、思わず涙をこぼす一幕も。その気持ちが入った芳根の演技は胸を打った。

 一方、高校生になったさくらを演じる井頭愛海も、登場直後から見事な演技を見せている。2012年の第13回国民的美少女コンテストで審査員特別賞を受賞して芸能界入りした15歳。まだキャリアは浅いが、終始うつむきがちな表情と微妙な視線の動きで、孤独な心情を巧みに表現してみせる。

 それぞれの心情を伝える演出や照明の効果も絶大で、時間を懸けて母娘の関係を描いてきたことがここに来て実を結んでいる。

 もともとすみれは、弁が立つ人間ではない。ものを言う時、「なんか、なんかなあ」と前置きするのが口癖で、思ったことを口にするのに時間がかかるタイプ。朝ドラのヒロインと言えば、明るくはつらつとして元気いっぱい…そんな定番のイメージからはほど遠い。すみれたちが立ち上げた子ども服の会社「キアリス」の社長を務める夫の紀夫(永山絢斗)も内向的な性格で、人前で話をしようとして緊張のあまり倒れたことがあるほど。

 「べっぴんさん」には、そんな口下手な人間が何人も登場する。すみれの同僚の君枝(土村芳)、良子(百田夏菜子)、明美(谷村美月)も、どちらかというとおとなしい性格で、新入社員の中西直政(森優作)もまたしかりだ。

 自分の気持ちが相手に伝わらない、相手の気持ちが分からない…。実は私たちも日々、そんな思いを抱えているのではないだろうか。だからこそ、すみれやさくらが、伝えようとする思いと伝わらない思いの間で葛藤する姿に心が動かされる。

 本作のガイドブック『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 べっぴんさん Part2』(NHK出版)に掲載されている堀之内礼二郎プロデューサーの「想いは伝わる」と題した文章に、次のような言葉がある。

 「込めた想いは伝わらないこともあります。それでも、僕らはきっと伝わると信じ続けています」

 作り手も、自分たちの思いを伝えようと日々心を砕いている。まさに「べっぴんさん」は、作り手も視聴者も含めて、思いを伝えようとする人たちのドラマといえるだろう。

 果たして、すれ違ったすみれとさくらの心はどこへ向かうのか。さらに、キアリスの今後や、若者向けファッション会社の社長として再び現れた岩佐栄輔(松下優也)との関係は…?

 気になる点はまだまだ多い。今後も毎朝15分、人の思いを描いた濃密な物語の行方を見守っていきたい。(井上健一)


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