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老優ロバート・レッドフォードが、たった一人で海上でのサバイバルを余儀なくされた男を演じた『オール・イズ・ロスト 最後の手紙』が14日から公開された。
自家製ヨットでインド洋を航海中の男(レッドフォード)。だが海上を浮遊していたコンテナがヨットに衝突し、スマトラ海峡から3150キロ沖で遭難する。ヨットの破損、浸水、無線の故障、悪天候、そして孤独と飢えに無言で対処する男。果たして彼の運命やいかに。
過去にも、海上での老優の一人芝居の名作としてアーネスト・ヘミングウェー原作、ジョン・スタージェス監督、スペンサー・トレーシー主演の『老人と海』(58)があり、ヨットでの一人旅を描いた傑作としては堀江謙一原作、市川崑監督、石原裕次郎主演の『太平洋ひとりぼっち』(63)があった。
また、大海原での青年とトラの漂流を描いた『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(12)、女性科学者の宇宙での漂流を描いた『ゼロ・グラビティ』(13)も記憶に新しい。
これらの映画では、航行中や漂流中の主人公の回想や独白が大きな比重を占め、我々はそれを見ながら彼らのバックグラウンドを知り、キャラクターに感情移入することができた。
ところが本作は、冒頭の手紙のナレーションを別にすれば、男の独白、会話、回想のシーンは全くなく、せりふもごくわずか。ドラマチックな演出もなければ音楽も控えめ。そして男の名もエンドクレジットでOur Manと記されるのみ。つまりレッドフォード演じる“謎の男”が大海原で次々と起こる不測の事態に対応する様子が延々と映されるだけの映画なのだ。
それなのに退屈させられるどころか一瞬たりとも目が離せなくなる。それはもちろん老優レッドフォードの存在があってこそなのだが、本作が監督2作目のJ.C.チャンダーの堂々たる演出も特筆に価する。
そして絶望的な状況にもかかわらず決して諦めない男の姿から“生きる”という人間の本能があらわになるばかりでなく、80歳に近づきながらも実験的な映画に挑んだレッドフォードの実像とも重なって見え、我々の心を打つ。
レッドフォードは本作の脚本を読んで「すごい旅をして、すごい目に遭う一人の男の話だ」と思い、19世紀のロッキー山中で猟師として生きた孤高の男を演じた『大いなる勇者』(72)に通じるものを感じたという。
さて、そのタイトル通りに“全てを失った男”が最後に見たものとは…。あっと驚くラストシーンがまた素晴らしい。(田中雄二)