エンターテインメント・ウェブマガジン
2021年初頭、ワッサーマン・ミュージックのトム・シュローダーは英ロンドンのスタジオで、ある新進エレクトロニック・プロデューサーと会った。エド・シーランなどのアーティストのプロデューサーを務めた後、自身の音楽制作に軸足を移した彼には話題が集まっていたが、まだ有名ではなかったためシュローダーは慎重だった。
「業界や他のエージェントからは、これは大成功するだろうという思い込みがあった。私は(その何人かに)、“それは間違った考えだ。プロデューサーが何をしようと誰も気にしない。自分のストーリーを考えなければダメだ”と言ったんです」と彼は振り返る。
幸いなことに、この新進気鋭のアーティスト、今や世界的に有名になったフレッド・アゲインはそのストーリーをすでに理解していた。彼はスタジオで、ありふれたシーンを撮影した短いビデオをスマホでシュローダーに見せた。スタジアムの清掃員や、子どもと一緒にいる友人たちの映像に自分の音楽を合わせ、それらの映像が単体では持たない切なさを与えていた。これらの動画は、自身のライブの親密な雰囲気とスマホ画面を通して見た生活のような質感の基礎になると彼は説明した。後でわかるように、彼はSNSを使ってカジュアルな会話形式でファンを魅了するコツも心得ており、それがライブ・イベントの勢いを生み出すのに役立つことが証明された。
2021年8月にフレッド・アゲインと契約した、ワッサーマン・ミュージック・UKの執行副社長兼経営幹部であるシュローダーは、「“すごいな、この人はただ音楽の天才ってだけじゃない、それ以上のことを考えている”と思いました。野心が見えました。その自信は今まで見たことがないようなものでした」と語っている。
それ以来3年間、フレッドはファンとの継続的な対話を育み、新しい音楽と自身の型破りなライブに対する興奮を高め、最終的にはエレクトロニック・ミュージックとより広範なライブ・ミュージックのエコシステムにおいて、最も革新的で成功したツアー戦略のひとつへと導いた。躍進する過程で【コーチェラ 2023】、【グラストンベリー 2023】、【ボナルー 2024】でのヘッドライナーを務めるなど、フレッドはますます大規模なフェスティバルをこなし、重要な会場での歴史的な長期レジデンシーや、フレッド自身が数日前に発表する、文化的に反響の大きい“ポップアップ”・ショーなどで反響を呼んでいる。
昨年6月14日に開催されたL.A.メモリアル・コロシアムでの公演は、わずか4日前に発表された。米ビルボードのツアー・チャート“Billboard Boxscore”に報告された数字によると、この公演は65,100枚のチケットを売り上げ、640万ドル(約9億700万円)の興行収入を記録した。同会場でこれ以上の興行収入を記録したのはザ・ローリング・ストーンズだけだ。
シュローダーはこれらのポップアップ公演について、「彼は完全にゲームを変え、その規模は後からついてきただけです。ほとんど二次的なものです。今はスタジアムでのゲームを変えましたが、彼は最初からゲームを変えていたんです」と話している。
<抑圧された需要>
フレッド・アゲインの音楽は情緒的でキャッチー、そして極めて現代的なサウンドのエレクトロニック・プロダクションで、ライブが不可能だったパンデミックの時期に人気を博したのはまさに運命的な出来事だった。観客がようやくフレッドのコンサートを見られるようになったとき、溜め込まれたエネルギーが需要を生み出した。フレッドの米国初公演は、2021年12月にロサンゼルスの500人収容のロキシー・シアターで、話題を呼び完売した2公演だった。彼は同じ週にLAのミッドシティにある中国料理店で米国での初ポップアップ公演を行った。
ワッサーマンのエヴァン・ハンコック上級副社長は、「レストランには75人しかいませんでしたが、次の日にはロサンゼルス中がそれの話で持ちきりでした。私たちはそれを何度も繰り返そうとしただけです」と言う。ハンコックはシュローダーとベン・シュプリッツ上級副社長とともにワッサーマンのフレッド・アゲイン・チームを構成している。
これらの初期ライブへの関心は、【コーチェラ 2022】での2回にわたる満員のステージで最高潮に達した。その音楽に込められた真剣なウェットさと、親しみやすいiPhoneの雑多なビジュアルは、パンデミック以来初めて集まった観客の感情を大いに盛り上げた。2022年7月にはフレッドがオンライン・ストリーミング・プラットフォーム“Boiler Room”で披露した多幸感に満ちたパフォーマンスが話題となり、人気はさらに高まった。
この時点で多くのアーティストは大きなツアーを発表するだろう。だがそれはフレッドの構想ではなかった。「彼が9か月も前に予測可能なツアーを発表すると私が思うかと?いえ、そうは思いません。何故そんなことをします?彼がやりたいのは、これまで誰もやったことのないことなのですから」とシュローダーは言う。
チームは既存のやり方に注力し、欧州と米国でフェスティバルに出演したり、2022年9月にLAのハリウッド・フォーエバー・セメタリーや、同年10月にニューヨークのターミナル5で3夜連続のソールドアウト公演を行うなど、精力的に活動した。2023年初頭、フレッドは友人であり同じプロデューサー兼パフォーマーのスクリレックスとフォー・テット(どちらもワッサーマンのクライアント)とともに、英ロンドンで3回のポップアップ・ショーとニューヨークで数回のショーを開催し、電子音楽シーンに旋風を巻き起こした。その後、2月15日にNYのマディソン・スクエア・ガーデンで彼らがヘッドライナーとして出演することが発表され、この公演は2分で完売した。
シュローダーは、「ロンドン、シドニー、東京にいる誰もが、ニューヨークで何が起きたか知っていました。このような象徴的な瞬間を作り出し、それを10点満点で実行できれば、それを再現する必要はないと私たちは気づきました。その瞬間はあらゆる場所で共鳴するからです」と語る。
<興味深い瞬間を現在に創造>
フレッドのチームは、これらのポップアップの最も重要な要素は、その規模よりも即時性にあると考えている。例えば、2022年10月27日、フレッドはポータブル・スピーカーでニュー・アルバムを再生しながらロンドンのハイドパークを自転車で走っていることを発表し、ファンも一緒に走ろうと誘った。その結果、何百人もの人々が集まった。
シュローダーは、「フレッドは興味深い瞬間を現在に創造しているんです。彼は(チケット発売から公演までの)10か月の遅れによって観客が彼女と別れたり、音楽の趣味が変わったりする余地を与えません。パンデミック以前よりも世界が不安定になった現在、社会全体が以前よりも“今”を生きるようになった中、彼はまさに“今”を生きています。“来年は何をしようか”ではなく“来週は何をしようか”に世の中がシフトしていて、フレッドはその最良の例なんです」と説明する。
2024年6月1日、フレッド・アゲインとスクリレックスが開催4日前に発表したサンフランシスコ・シビック・センター・プラザでの公演のチケットは25,000枚が完売した。これは、この行政運営のスペースで数年ぶりに開催された音楽イベントだった。チケットの発売開始後、一時65,000人が殺到しデジタル待機列に並んで購入しようとした。今年2月にフレッドがオーストラリアに到着した際、シドニー・オペラハウスでのポップアップ・イベントのチケットを購入しようとした人は125,000人に及んだ。同施設のキャパは2,250人だ。同国各地で実施された他の7つのポップアップ・イベントも、ウィリー・ウォンカのゴールデン・チケット抽選会のような全国的な熱狂を巻き起こした。 フレッドはこれらのイベントを発表する際にインスタグラムに、「まあ当然ながら、僕らは1回の公演のためにここまで来たわけじゃないし……」と書き込み、チケットはものの数分で完売した。
彼のチームと、ライブに参加したことがあるほとんどのファンは、この直前に決定されるという側面が醍醐味の一部なのだと証言するだろう。シュローダーは、「自分の予定を空けることにワクワク感があるんですよね、金曜の予定を変更して、チケットを手に入れようと必死になったり、フレッドのSNSを更新してヒントを探したり。フレッドとの間にあるのは、私が“アクティブ・エンゲージメント”と呼ぶもので、ファンがこれから何が起こるかをフレッドから探ろうとするのに対し、彼が何が起こるかを提示する関係です」と語る。
ただし、ショーはかなり前から計画されている。昨年6月1日にサンフランシスコで開催されたイベントでフレッドのチームと組んだアナザー・プラネット・エンターテインメントは、チームが市内で屋外イベントを開催したいと連絡してきた際、2月に許可を申請した。アナザー・プラネットのコンサート&フェスティバル担当役員のアレン・スコットは、ステージを市庁舎の業務を妨げないように夜遅くに設営する必要があったため、ショーの制作は“間違いなく大変だった”と語る。だがフレッドのツアー歴とベイエリアでの彼への“抑圧された需要”を考慮すると、チケットが即完売することは“方程式の中で最も確実な要素”だったと述べた。ロンドン・ブリード市長が市庁舎のバルコニーでショーの観覧会を開いたと彼は明かしている。
一方、ロサンゼルス・コロシアムでの公演についてファンには4日前に通知したものの(ただしフレッドはイベントの1週間前にリリースされた『タイニー・デスク・コンサート』のアナログ盤のライナー・ノーツに“ロサンゼルス、6月14日”と記載し、ライブを匂わせていた)、この公演は1年前からスケジュールに組み込まれていた。これらの主要イベントを軸にスケジュールを組むことで、チームは5月の【EDCラスベガス】と6月の【グラストンベリー】で予告なしのフレッドのパフォーマンスを調整することができた。
この盛り上がりは、このやり方の常設公演という要素にも貢献している。2023年の秋、フレッドはロンドンのアレクサンドラ・パレスで5公演、ニューヨークのフォレスト・ヒルズ・スタジアムで3公演、ロサンゼルスのシュライン・エキスポ・ホールで9公演を行った。これは後者の2つの会場で単一のアーティストが連続で行った公演数としては最多記録だ。
ハンコックは、「最初はシュライン(・エキスポ・ホール)で5、6公演を提案しましたが、フレッドが戻ってきて8公演と言い、20分後にまた戻ってきて9公演と言ったんです」と振り返る。フレッドはインスタグラムでこのレジデンシーを発表し、全公演が数日で完売した(最後のシュライン公演は当日発表だった)。Billboard Boxscoreの報告によると、フォレスト・ヒルズ公演の総収入は290万ドル(約4億1,400万円)でチケット販売数は42,300枚、シュライン公演の総収入は220万ドル(約3億1,400万円)でチケット販売数は45,000枚だった。
それでもハンコックは、「それまでの数週間、数か月間、“私たちはいったい何をやっているんだろう?”と思わなかったとは言いませんよ」と話している。
<絶対に大きなリスク>
結局のところ、フレッドの急成長はエージェント業界の重要なルールの一つに反しているように見える。新しい才能を育てる際には、ステップを飛ばしてはいけないのだ。ほとんどのエージェントは、ナイトクラブからスタジアムへ一気に飛躍するのは賢明ではないと同意している。長期的なキャリアはアーティストに投資する観客の支援によって築かれるものだ。話題はすぐに消え去りがちだが、長期的なファン層を築くのは時間がかかるプロセスで、ライブ音楽の主要なプレイヤーの多くはよりゆっくりとしたペースで進むことに慣れている。
シュローダーは、「エージェントとして長い間働いていますが、自分たちは特定のやり方に慣れていますし、周りのインフラも特定のやり方に慣れています。ですがその最前線でフレッドが、“それがこれまでのやり方だとしてもどうでもいい。別のやり方でやりたい”と主張してきたんです」と語る。
それゆえに、伝統的なマーケティングを一切行わずに非常に大規模なライブを直前に発表したり、同じ会場で多くの公演を一気に開催するという“非常に大きなリスク”を進んで負うパートナーを見つけることが重要な要素だったとシュローダーは言う。「なぜなら、マーケティングがまったく無意味だからです。すべては彼次第だから」と彼は付け加え、「そして彼は世界一人気のあるアーティストですから、(相手は)非常に厳しい契約条件を受け入れなければならないわけです」と述べた。
ワッサーマンのチームは、フレッド・アゲインのチーム全体が持つ“集合知”も評価し、これまで見た多くのアーティストよりも協調性が高く、より協力的に仕事をしていると述べている。この全員参加の姿勢は、フレッド自身が豪パース市長、米ニューヨーク市警のトップ、サンフランシスコ市長事務所と直接交渉し、ライブのための特定の許可を得る努力をすることまで及んでいる。例えば、サンフランシスコ市庁舎の照明の制御権をライブのために一時的に引き受けるといったことだ。シュプリッツは、「彼は自分のビジョンに非常に自信を持っていて、やりたいことを説明できれば最終的には許可が得られると確信しているんです。そして、結局その通りになる」と語る。
「フレッドは、人々のツアーに対する考え方やエージェントやプロモーターがツアーに取り組む方法を変えているんです。50年、60年にわたって確立されてきたシステムを揺るがし、それを根本から覆しています」とシュローダーは続け、「これは業界が話題にしない、完全なパラダイム・シフトです。彼らにとってそれは非常に困難で、現状を脅かすものなので、話題にできないのです」と述べた。
<影響力の拡大と今後の計画>
とはいえ、他のアーティストがこのモデルを再現する方法についての議論は、“あらゆるアーティストに関するあらゆる企画会議で”現在行われているとシュローダーは言う。このやり方はほとんどのアーティストには実現不可能なものだが、その魅力は理解できる。信じられないほどの話題性を生み出すと同時に、アーティスト、特にEDMアーティストが、絶え間ないツアーで燃え尽きてしまうという長年のジレンマに対する解決策も提供しているからだ。シュローダーは、「フレッドは生活がしたいんです。彼は年間250公演は絶対にやりませんから、非常に特別な瞬間を創り出すことが重要なのです。このやり方は多くのアーティストには適していませんが、パラダイム・シフトをもたらしたことは間違いありません」と話す。
成功しているにもかかわらず、チームは依然として大きな成長の余地を見出している。これまでフレッドはアジアでの公演経験がなく、南米では数回の公演のみ、欧州では2度の短いツアーしか行っていない。また、米国でのツアーは主に沿岸地域に集中していたものの、昨年この状況は変わった。2024年8月5日、彼は4thスタジオ・アルバム『ten days』の9月6日リリースに続き、9月から10月にかけて米中西部、北西部、南部、そしてカナダでスタジアムや円形劇場を巡る【Places We’ve Never Been Tour】を開催すると発表した。(ツアーにはデンバー、シアトル、ウィスコンシン州イースト・トロイ、トロントでの2夜連続公演が含まれていた。)フレッドはインスタグラムでこのツアーには日程が追加されると明かしたが、彼の過去の実績から、ツアーの規模が拡大するにつれ、このツアーや今後のツアーにもポップアップ・ショーが組み込まれる可能性が高い。
シュローダーは、「フレッドは、その実力を大きく過小評価されていると思います。これまで行ったことのない国々すべてを訪れることができるでしょうか?100万パーセントできると思っていますし、とても楽しみです」と語っている。
By: Katie Bain / 2024年8月7日 Billboard.com掲載
◎公演情報
【FUJI ROCK FESTIVAL ’25】
期間:2025年7月25日(金)、26日(土)、27日(日)
会場:新潟県 湯沢町 苗場スキー場
※フレッド・アゲインの出演は25日となります。
INFO:FUJI ROCK FESTIVAL
https://www.fujirockfestival.com/
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