マイルス五重奏団で聴く「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を通して激動の50年代〜60年代の音楽シーンを想う

2024年2月16日 / 18:00

連載の更新日(2/16)がヴァレンタイン・ウィークにあるという(当日であればベターでしたが)、それだけの理由でアルバムを選んでしまいました。無理矢理ですが、名盤であることは間違いなく、そのあたりどうぞ目をつぶってやってください。選んだのはマイルス・デイヴィスのモダン・ジャズ期の大名盤『クッキン(原題:Cookin’ with the Miles Davis Quintete)』と『マイ・ファニー・ヴァレンタイン(原題:My Funny Valentine Miles Davis In Concert)』。

ヴァレンタイン・デイに引っ掛けた名盤はないかと思い巡らせ、真っ先に浮かんだのがアルバムというよりは曲で、まさにタイトルもズバリ「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」。この曲が収録され、タイトルチューンになっているマイルスのライヴ作『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』(’65)をまず棚から選びました。また、マイルスが同曲を最初に録音したのがアルバム『クッキン』(’57)なので、こちらも外せません。どちらの盤に収められたバージョンも甲乙つけがたい、息が止まりそうなくらい凄い演奏が収められているのですが、同時に「こうも違うのか!」と言いたくなるくらい、トーンもアドリブも、テンポもパッションも違います。そのマイルスの変化、表現の違いを、楽しんでみるのも一興かと。
1956年発表: 『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』、ジャズを牽引するマイルス

1940年代にチャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらと知遇を得て、次第に頭角を表していたマイルスは『クールの誕生(原題:Birth of the Cool)』(1949年〜1950年録音)でついに初のリーダー作を発表。以降、ブルーノート、プレスティッジに矢継ぎ早に録音し、1作ごとに階段を大股で登るような伸びしろを示していきます。その才能とカリスマ性を業界が放っておくわけがなく、大手のコロンビアレコードが移籍話を持ちかけてきます。そしてマイルスは1956年にコロンビアから『ラウンド・アバウト・ミッドナイト(原題:Round About Midnight )』を出します。ただ、この段階でマイルスはまだプレスティッジとの契約も切れてはおらず、プレスティッジ側は契約消化として4枚のアルバム制作を提示します。マイルスはその条件をのみ、僅か2回のレコーディング(世に言うマラソン・セッション。1956年の5月11日と10月26日)でそれをやってのけるのです。そして、録りためた大量の音源はアルバムは『クッキン』『リラクシン(原題:Relaxin’)』『ワーキン(原題:Workin’)』『スティーミン(原題:Steamin’)』の4枚(通称ing四部作)に分けられ、1年毎にリリースされます。

アルバム『クッキン』の冒頭を飾るのが「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」。レコーディング・パーソナルはマイルス(トランペット)以下、ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)、レッド・ガーランド (ピアノ)、ポール・チェンバース (ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ (ドラム)という、なんとも豪華なクインテット。リリカルなガーランドのピアノのイントロに続き、厳かにベース、ドラムが合わせ、物悲しく響くマイルスのミュート・トランペットが物語を紡ぐようにメロディーを描き、バンドを引っ張っていく。美しい。約6分間、金縛りにあったように身じろぎもせずに聴き入ってしまう。これ以上の何も望むまい、と思ってしまうほど見事な表現、演奏にしびれます。
1964年発表: 『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』、ジャズを革新するマイルス

コンサートホール(リンカーンセンター)らしい空気感を破る、万雷の拍手が止み、静寂を突くハービー・ハンコックのピアノに導かれるようにマイルスのトランペットが、それと分からぬ低音からイントロを奏で始める。バックを支えるのはハンコックのほかにロン・カーターのベース、トニー・ウィリアムスのドラム(時に17歳)、ジョージ・コールマンのテナー。メロディーは解体され、15分余りの演奏は中盤あたりになって主旋が現れるまで会場の人たちは『マイ・ファニー〜』だと気がつかなかったかもしれない。とても静かな演奏だが、息を呑むような美しさと緊張感、きわめて自由度の高い各人のインタープレイが空間を支配する中、どこまでも創造的なマイルスのトランペットが急勾配で天空を突き抜けていく。

この演奏(録音)は先に紹介した『クッキン』から8年後ということになります。その間、マイルスは尋常ならざるペースでスタジオ、コンサート会場での録音を重ねていて、アルバムを列挙してみると、『マイルス・アヘッド(原題:Miles Ahead)』 (’57)、『マイルストーンズ(原題:Milestones)』(’58)、『1958マイルス(原題:1958Miles)』(’58)、『ポーギー&ベス(原題:Porgy And Bess)』(’58)、『マイルス・デイヴィス・アット・ニューポート(原題:Miles Davis at Newport)』(’58)、『ジャズ・アット・ザ・プラザ(原題:Jazz at the Plaza Vol.1)』(’58)、『カインド・オブ・ブルー(原題:Kind of Blue)』(’59)、『スケッチ・オブ・スペイン(原題:Sketches of Spain)』(’59)、『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム(原題:Someday My Prince Will Come)』(’61)、『ブラックホークのマイルス・デイビス(原題:At the Blackhawk)』(’61)、『マイルス・デイヴィス・アット・カーネギーホール(原題:Miles Davis at Carnegie Hall)』(’62)、『クワイエット・ナイト(Quiet Nights)』(’63)、『セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン(原題:Seven Steps to Heaven)』(’63)、『マイルス・デイヴィス・イン・ヨーロッパ(原題:Miles Davis in Europe)』(’63)とアルバムが作られている。ライヴ録音はもちろんですが、先のマラソン・セッションにしてもほとんどがワンテイクの一発取りで録られたとあり、驚異的な集中力と演奏力があったればこその離れ業だけれど、ただ憑かれたように演奏をしていたわけではなく、この間にはマイルス自身のジャズスタイルもビパップからハードバップ、クール、モードへと軽業師のように跳躍し、それはそのままジャズ史に刻まれる変革とも言えるものでした。

※リンカーンセンターで録音された音源は2枚のアルバムに編集され、本稿で紹介している『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』に5曲、そして残る8曲(挨拶も1曲とカウントして)分が『フォア・アンド・モア(原題:Four & More)』(’66)にまとめられている。「静」を意識させる曲で構成した前者に対し、「動」的な演奏を収めた後者では、ロックさえ凌駕するアグレッシブな演奏の応酬(トニー・ウィリアムスが圧巻)が聴ける。この盤もお勧めしたい。
ロックンロール、R&B、 ファンクミュージックの萌芽

それにしても1956年、1964年に録られた「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」、このふたつのバージョンの違いに何が感じられるか。8年という時間、この時期ジャズ以外の音楽の動きに目を向けてみると、なかなか興味深いのだ。

何と言ってもロックンロールである。エルヴィス・プレスリーが「ザッツ・オール・ライト(原題:That’s All Right Mama)」を吹き込んでデビューしたのが1954年、2年後には「ハウンドドッグ(原題:Hound Dog)」「ハートブレイクホテル(原題:Heartbreak Hotel)」のNo.1ヒットを飛ばし、一躍世界の檜舞台に躍り出る。もうひとりのロックンロールの雄、チャック・ベリーが「メイベリーン(原題:Maybellene)」でデビューしたのが1955年、翌年には「ベートーベンをぶっとばせ(原題:Roll Over Beethoven)」の大ヒットが生まれている。他にもカール・パーキンスの「ブルー・スウェード・シューズ(原題:Blue Suede Shoes)」、ジーン・ヴィンセントが放った「ビー・バップ・ア・ルーラ(原題:Be-Bop-A-Lula)」もNo.1と、1956年はロックンロールの大爆発年にあたる。またジェームス・ブラウンがフェイマス・フレイムスを率いて「プリーズ・プリーズ・プリーズ(原題:Please Please Please)」を出したのも1956年と、まぁ濃い〜こと。

1958年に開催された『ニューポート・ジャズ・フェスティバル』を記録したドキュメンタリー映画『真夏の夜のジャズ』にはルイ・アームストロングからセロニアス・モンク、マヘリア・ジャクソン…他と、さながらジャズ史を俯瞰するような垂涎のラインナップになっているのですが、その中にあって(どういう経緯で出演が決まったのかは不明)、ひとりチャック・ベリーが異色の存在で気を吐いています。チャックはフェス3日目のステージに登場し、この前年に全米2位を獲得した大ヒット「スウィート・リトル・シックスティーン(原題:Sweet Little Sixteen)」を得意のアクションをキメながら溌剌と歌い、観客を踊らせている。また、同日にジャズ以外のアーティストではレイ・チャールズも出演しているものの、こちらは契約の関係で映画には記録されていません。レイの演奏はアルバム『レイ・チャールズ・アット・ニューポート’58(原題:At Newport)』としてリリースされ、ヒット曲「アイ・ガッタ・ウーマン(原題:I Got A Woman)」ほか、当日のフェス・ハイライトだったとされる圧倒的な演奏、観客の熱狂する様が収められている。こんなところからも、時の新勢力として、ロックンロール、R&Bに衆目が集まっていたことが感じ取れるのではないか。実はこの1958年のニューポートにはマイルスも初日に出演しているのですが、残念ながら映画には記録されていない(記録されているのかもしれないが、こちらも契約の関係で映像使用を不許可?)。

※マイルスの音源も以前『マイルス&モンク』として発表されていたが、現在は『アット・ニューポート1958』としてマイルスのバンド単独の演奏で編まれ、リリースされている。メンバーはマイルス以下、 ジョン・コルトレーン(ts) キャノンボール・アダレイ(as) ビル・エヴァンス(p) ポール・チェンバース(b) ジミー・コブ(d) 。

ロック勢力について話を続けると、60年にはビートルズが結成され、2年後にレコードが出るや、瞬く間に市場を席巻するようになります。ローリング・ストーンズや多くの英国発のビートバンドがそのあとを追う。世に言うブリティッシュ・インヴェイジョン(逆襲)です。ビートルズは1964年2月7日(マイルスの『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』のコンサートはこの5日後だ!)、初めて米国に上陸し、USツアーを行なう。一方、米国ではアレサ・フランクリンが61年にコロンビアからデビューしているが、まだ爆発していない。ジミ・ヘンドリックスは除隊後、アイズレー・ブラザーズやアイク&ティナ・ターナー、リトル・リチャードらのバックを務め、まだまだ自分の音楽を生みだすというよりは腕を磨いていた段階だ。フランク・ザッパがマザーズ・オブ・インヴェンションを結成するのも1964年で、翌年、革新的なデビュー作『フリーク・アウト!(原題:Freak Out!))』をリリースします。また、一足飛びに米音楽界に新風を吹き込んでいたボブ・ディランの存在も見逃せないでしょう。

ジャズはどうだったのだろうか。いずれにせよ、ものすごい勢いでミュージックシーンが動いていたことが見えてきます。社会情勢についてはここでは書ききれませんが、ふたつ挙げるとするならば、それは公民権運動、ベトナム戦争ということになるでしょう。

拡大解釈に違いないとは思います。それでも想像力を働かせてみると、世の中の動き、猛烈なスピードで描き替えられていく音楽の勢力図が、マイルスのふたつの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」の演奏から浮かび上がってくるような気がするのです…。

これらロック勢力など鼻にも引っ掛けず、マイルスは自分の道を突っ走っていたのだとは思う。ところが、60年代も後半になるとマイルスはそのロックやR&B、ファンク、アフリカやブラジルなどに代表される米英語圏以外の音楽に刺激され、まるで共闘するように新たな音楽の創造に突進していくから面白い。1970年の第3回ワイト島音楽祭には、ジミ・ヘンドリックス、ジェスロ・タル、テン・イヤーズ・アフター、シカゴ、ドアーズ、ザ・フー、エマーソン・レイク・&パーマー、ムーディー・ブルース、ジョーン・バエズ、フリー、ジョニ・ミッチェル、レナード・コーエン、ドノヴァン、テイスト、他に混じって、マイルスがエレクトリック編成(チック・コリア、キース・ジャレット、ジャック・デジョネット、デイブ・ホランド、ゲイリー・バーツ、アイアート・モレイラ)のバンドで出演し、ロック・リスナーを興奮の坩堝に巻き込んでいる。その様子も今ではCD/DVD、動画サイトで容易に確かめることができます。必見だ。
閑話休題  「マイ・ファニー〜」を書いたのは リチャード・ロジャースという ミュージカル、映画界の偉大な作曲家

「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は1937年にリチャード・ロジャースとロレンツ・ハートによりミュージカル『ベイブス・イン・アームス』の挿入歌として作詞・作曲され、舞台から2年後に映画化された際にジュディ・ガーランド(共演はミッキー・ルーニー)が歌って広く知られるようになる。いろんなアーティストがカバーしていますが、歌ものではフランク・シナトラ、チェット・ベイカーのものなど、絶品だとお勧めしておきます。

リチャード・ロジャース((Richard Charles Rodgers, 1902年6月28日 – 1979年12月30日))は現在においてもアメリカで最も著名なミュージカル作曲家のひとり。生涯に900曲以上、ミュージカル作品も40本以上という輝かしいスコア人生の中には『オクラホマ!』、『南太平洋』、『王様と私』、『サウンド・オブ・ミュージック』…とよく知られた名作が含まれています。

このコラムをお読みくださっているのは、ロックやポピュラー音楽が好みという方が多いと思うのですが、良いものはジャンルの分け隔てなく聴いてみてほしい。モダンジャズ、ハードバップ、エレクトリック期のマイルス、彼と共にいたバンドの演奏の凄さは、ジャズ・リスナーに限らず、心も揺さぶるものだと信じて疑いません。最高にクールな演奏ばかりです。
TEXT:片山 明
アルバム『クッキン(原題:Cookin’ with the Miles Davis Quintete)』
1956年発表作品

<収録曲>

01. マイ・ファニー・ヴァレンタイン/My Funny Valetine

02. ブルース・バイ・ファイヴ/Blues by Five

03. エアジン/Airegin

04. チューン・アップ〜ホエン・ライツ・アー・ロー/Tune Up 〜When Lights are Low
アルバム『マイ・ファニー・ヴァレンタイン(原題:My Funny Valentine Miles Davis In Concert)』
1964年発表作品

<収録曲>

01. マイ・ファニー・ヴァレンタイン/My Funny Valetine

02. オール・オブ・ユー/All of You

03. 星影のステラ/Stella by Starlight

04. オール・ブルース/All Blues

05. アイ・ソート・アバウト・ユー/I Thought About You


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