『Atomic Heart』で改めて確認できる、Mr.Childrenのロックバンドとしての矜持

2017年9月13日 / 18:00

『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』 (okmusic UP's)

今年メジャーデビュー25周年を迎えたMr.Childrenのツアー『Mr.Children DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanksgiving 25』が、9月9日にフィナーレを迎えた。文字通り、全国のドームとスタジアムを回り、実に延べ約70万人を動員という破格の規模のツアーで、20年以上に渡って日本の音楽シーンの頂点に君臨するモンスターバンドの貫禄を見せつけた格好だ。そんなMr.Childrenの名盤は数多いが、彼らが現在の方向性を確立した重要作として、1994年の4thアルバム『Atomic Heart』を取り上げてみた。
現在へと続く、バンドのターニングポイント

Mr.Children(以下、ミスチル)は、今、日本においてもっとも説明不要なバンドだろう。いや、今だけでなく、ここ20年間、説明不要状態が続いていると言ってもいいかもしれない。多くの人が、ミスチルがどんなバンドか知っている。CD総売上枚数歴代2位。CDシングル総売上、CDアルバム総売上共に歴代3位。今もなお何が起こっても変じゃない時代ではあるから、CD売上の歴代順位は変わることもあるだろうが、それにしても昨今のシーンの状況を鑑みれば、向こう10年、20年でいきなり50位以下に落ちることもないだろうから、ミスチルは間違いなく今後も日本の芸能史にその名を残し続ける存在と言ってもいい。売上枚数云々以前に、彼らが発表してきた楽曲はとにかく印象的なものばかりである。「Tomorrow never knows」「名もなき詩」「シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~」「【es】~Theme of es~」「花~Memento-Mori~」「終わりなき旅」etc.。卓越したメロディに強靭な言葉を見事に乗せたミスチルの楽曲は時代に添い、日本の世相に沿ってきた。親しみやすいが決して下世話ではなく、シリアスなメッセージ性を湛えつつもしっかりと大衆的。そんな絶妙なバランス感覚もミスチルの魅力であろうし、それを持ち得たからこそ、今も彼らは日本の音楽シーンのトップで在り続けているのだろう。説明不要なバンドと言いながらくどくどと語ってしまったが、その音楽性についてはみなさんがよくご存知のはずなので割愛するとして──では、それがいつから確立されたのであろうか。これは、1994年9月、4thアルバム『Atomic Heart』から本格化してきたと見て間違いはないと思う。以下、その点での解説を中心としながら、このバンドのターニングポイントと言える作品を紹介していこう。
3rdアルバム『Versus』でも収録曲「Another Mind」や「蜃気楼」において現在へとつながる予兆はあったが、その頃まで多くのリスナーにとってミスチルは良質なポップ・ラブソングを歌うバンドとの認識が強かったと思う。桜井和寿(Vo)も『Atomic Heart』発表時のインタビューで「今までは恋愛における“青春さわやか物語”みたいなものをずっと歌詞に書いてきた気がする」とも発言している。2ndアルバム『Kind of Love』に収録された2ndシングル「抱きしめたい」がその代表だろう。柔らかくも力強いメロディーに、真っすぐな恋愛感情を綴った歌詞。“毒にも薬もならない”とはよく言うが、「抱きしめたい」はそこにまったく毒の感じられない、穢れなきラブソングといった印象だ。その後、1993年11月に発売され、初めてチャートベスト10入り&ミリオンセラーとなった4thシングル「CROSS ROAD」も悲恋を歌っているものの、少なくとも毒っ気は感じられないポップチューンである。初のチャート1位に加えて、その年の年間シングル売上のトップとなった1994年6月発売の5thシングル「innocent world」にしても、《近頃じゃ夕食の 話題でさえ仕事に 汚染(よご)されていて/様々な角度から 物事を見ていたら 自分を見失ってた》と若干社会性を帯びたフレーズはあるが、全体の構造はそれまでの路線から大きくかけ離れたものではなかった。やはり、それが決定的に変化したのは4thアルバム『Atomic Heart』からであろう。プロデューサーである小林武史氏も『Atomic Heart』で方向性が恋愛路線から精神論へと変化したことを認めているという。
ロックバンド然としたサウンドが並ぶ

本作はサイバーな雰囲気のインスト曲M1「Printing」で幕を開ける。SE的なポジションで、これ自体、云々するほどのない短い曲なのだが、そこに不穏な空気は確実にある。少なくともさわやかさはなく、本作の何たるかを象徴しているようでもある。そこからM2「Dance Dance Dance」。この楽曲のイントロもなかなか刺激的だ。この時代らしい“ドンシャリ感”と言えなくもないが、乾いたエレキギターのカッティングと、甲高く響くスネアのビートがスリリングで、所謂親しみやすさとは別ベクトルであろう。サビメロには他者に真似できない開放感があって、大衆的という意味でのポップさに溢れており、そこを聴けばはっきりこれがミスチル以外ではあり得ないことが分かるのだが、Bメロでのラジオエフェクトのかかったヴォーカルや不安定になるリズム、また、間奏で聴かせるサイケっぽい音像には、やはりどこか不穏というか、開放感一辺倒じゃない印象がある。続く、M3「ラヴ コネクション」はもろにThe Rolling Stones的なR&R。“的”というよりも、はっきりとThe Rolling Stonesを意識した楽曲らしく、黒人音楽テイストのリフものに仕上げている。当時は…と前置きするが、アルバム序盤からそれまでのミスチルのイメージを裏切るハードなアプローチがあった。
以降、本作ではラストまでバラエティー豊かなサウンドを聴くことができる。ボサノヴァタッチのギターサウンドが心地良いM5「クラスメイト」。打ち込み主体のM7「ジェラシー」と、ダイナミズムあふれるバンドサウンドのM8「Asia (エイジア)」とはいずれもマイナー調で、これもまたそれまでのミスチルのイメージにはなかった表情を見せる。M10「雨のち晴れ」は軽快なギターのカッティングも印象的なファンクチューン。ソウルフィーリングもあり、M3とは異なるブラックミュージック要素を確認できるだろう。M11「Round About 〜孤独の肖像〜」からは桜井が影響を公言している浜田省吾へのオマージュを感じるし、M12「Over」のサウンドはThe Beatles中期、『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』や『Magical Mystery Tour』辺りへのリスペクトを隠していない(『Atomic Heart』のあとにリリースしたシングルが「Tomorrow never knows」であることからも、ミスチルがThe Beatlesから多大な影響を受けているのは明白)。こうして改めて見てみても、ロックのカタログと言うのは流石に大袈裟だが、所謂ロックバンド然とした楽曲がずらりと並んでいることが分かる。歌メロこそ王道の桜井メロディーだが、サウンド面では無邪気なくらいにエゴを発揮している──そんな様子だ。
シニカルかつ哲学的な歌詞の露呈

『Atomic Heart』で方向性が恋愛路線から精神論へと変化した…と前述したが、もっともその変化が感じられるのは、やはり歌詞だろう。言いたい放題とまでは言わないが、例の“青春さわやか物語”ばかりではないどころか、本作ではシニカルな視点、哲学的な思考を取り込み始めていた。

《テレビに映るポーカーフェイス/正義をまとって売名行為/裏のコネクション 闇のルート/揉み消された真相》《今日もハイテンションロックンロールスター/虚像を背負ってツイスト&シャウト/みんなでファッション 舞い上がれ/落ちる定めのヒットチャート》(M2「Dance Dance Dance」)。

《うなされて目覚めた 物憂げな朝に/飛び込んだ世紀末のニュース/形あるもの皆 終りが来るとゆうのに/不思議な程 美しき君の肉体(Your Body)》《僕らを操る遺伝子/果てしない生命の神秘/なぜ人類(ひと)は愛という/愚かな夢に溺れる》。(M7「ジェラシー」)。

《絡み合う街並みは自由の国に魅せられ/踊る人の群れで今日も賑わう》《傷跡だけ残った歴史の中から何を学んだの》《東と西は 混沌に満ち/矛盾の中で人々は眠る》《少しずつ 気付き始めているのさ/守るべきものは 愛という名の誇り》(M8「Asia (エイジア) 」)。

《感情の通わない口先だけのコミュニケーション》《愛情が無くとも慰め合えれば サティスファクション》《純情に飢えてる大人みたいな Next ジェネレイション》(M11「Round About 〜孤独の肖像〜」)。

これらが後のミスチルにも通じていることは言うまでもない。とりわけ、アルバム『Atomic Heart』の後で発表されたシングル「Tomorrow never knows」「everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-」「【es】~Theme of es~」辺りに直結し、5thアルバム『深海』にもつながっていったし、もっと言えば、それらは2017年の最新曲「himawari」まで地続きであろう。つまり、現在へと通じる作家性の萌芽が『Atomic Heart』にあったと言える。

本作はロックサウンドとシニカルかつ哲学的な歌詞の露呈で、発表直後は“問題作”と言われていた。まぁ、ミスチルを“青春さわやか物語”と括っていたリスナーにとってはそう思えたのだろうし、デビュー作から付き合ってきた人たちには無理からぬことだったのだろう。しかし、桜井和寿がそんなに単純なアーティストではなかったことはみなさん、ご存知の通り。恋愛を歌うにしても惚れた腫れたではなく、風俗、世相、時には世界を取り巻く状況を含めて綴ってきた。まるでそうすることがロックバンドの義務であるかのように。そう、ミスチルは流行歌を歌う楽団ではなく、あくまでもロックバンドなのである。『Atomic Heart』のサウンドがこうなったのも真っ当なことであったし、歌詞に時代性を落とし込むことはロックバンドとして当たり前の姿勢と言えた。そう考えると──。

《変わり続ける 街の片隅で 夢の破片(かけら)が 生まれてくる/Oh 今にも/そして僕はこのままで 微かな光を胸に/明日も進んで行くつもりだよ いいだろう?/Mr.myself》(M4「innocent world」)。

《Oh what do you want/Oh what do you think baby/君を奪い去ってくんだ/What do you want/自由にしてあげよう》(M3「ラヴ コネクション」)。

上記の歌詞は、邦楽ロック界のトップに立った彼らの勝鬨であり、併せて、これ以後、シーンを背負っていく覚悟を綴ったものだったと思えてならない。
TEXT:帆苅智之
アルバム『Atomic Heart』
1994年発表作品

<収録曲>

1.「Printing」

2.「Dance Dance Dance」

3.「ラヴ コネクション」

4.「innocent world」

5.「クラスメイト」

6.「CROSS ROAD」

7.「ジェラシー」

8.「Asia (エイジア) 」

9.「Rain」

10.「雨のち晴れ」

11.「Round About 〜孤独の肖像〜」

12.「Over」


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