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【週末映画コラム】長尺映画を2本。ビクトル・エリセ31年ぶりの新作『瞳をとじて』/アリ・アスターの頭の中をのぞいてみたくなる『ボーはおそれている』

『瞳をとじて』(2月9日公開)

 

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 ミゲル・ガライ監督(マノロ・ソロ)の映画『別れのまなざし』の撮影中に、ミゲルの親友で主演俳優のフリオ・アレナス(ホセ・コロナド)が突然失踪し、行方不明に。状況からみてフリオは自殺したものとされ、映画は未完成に終わった。

 22年後、映画監督を辞め、作家となったミゲルのもとに、フリオの失踪事件の謎を追うテレビ番組から出演依頼が舞い込む。取材に協力する中で、ミゲルはフリオと過ごした青春時代や自らの半生を追想する。そして番組終了後、フリオに似た男が海辺の高齢者施設にいるとの情報が寄せられる。

 『ミツバチのささやき』(73)『エル・スール』(82)などで知られるスペインのビクトル・エリセが、『マルメロの陽光』(92)以来31年ぶりに長編映画を監督し、元映画監督と失踪した人気俳優の記憶をめぐる物語を描いた。『ミツバチのささやき』に当時5歳で主演したアナ・トレントがフリオの娘アナ役で登場する。

 169分の長尺だったが、思いの外長くは感じなかった。それは、過去の記憶を消したい男(ミゲル)と記憶を失くした男(フリオ)との対比、オープニングとエンディングで未完成の映画『別れのまなざし』を映し、それに挟む形で現実を描く構成が秀逸で、記憶とアイデンティティーをめぐるミステリーとして面白く見ることができたからだ。

 また、『リオ・ブラボー』(59)でディーン・マーティンとリッキー・ネルソンが歌った「ライフルと愛馬」を、ミゲルがギターを弾きながら隣人たちと一緒に歌うシーンや、記憶を失くしたフリオのもとを訪れたミゲルが、2人でタンゴを歌うシーンなど、音楽が重要な役割を果たす。

 そんなこの映画は、一人の少女の現実と空想の世界が交錯した体験を描き、『フランケンシュタイン』(31)を印象的に引用した『ミツバチのささやき』、少女の目を通してスペインの暗い歴史を描いた『エル・スール』とは異質のものかと思いきや、今回も劇中映画の『別れのまなざし』に登場する中国人の少女が物語の重要な鍵を握っていた。長いブランクを経ても、エリセの一貫性は失われていなかったのだ。

『ボーはおそれている』(2月16日公開)

 

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 明日に帰省を控えた不安症で怖がりのボー(ホアキン・フェニックス)は、現実とも妄想ともつかぬ不可思議な出来事に悩まされ、眠れずにいた。ところが、いつの間にか眠って寝坊し、飛行機の時間に間に合わないと焦る中、部屋の鍵とスーツケースを盗まれる。

 帰省できなくなったことを実家に電話すると、母(パティ・ルポーン)が怪死したことを知らされる。ボーは何とか母のもとへ駆け付けつけようとするが、次々と予想外の奇妙な出来事に見舞われ、里帰りは奇想天外な旅となる。

 A24が製作し、『ヘレディタリー 継承』(18)『ミッドサマー』(19)の鬼才アリ・アスター監督とホアキン・フェニックスがタッグを組んだ、ブラックユーモアに満ちたスリラー。ひたすら情けないホアキンの姿も見どころの一つ。共演はネイサン・レイン、エイミー・ライアン、パーカー・ポージーほか。

 冒頭の出産シーンから不穏な空気が流れ、その後も、これは現実なのか、それともボーの妄想や悪夢なのかと判別に苦しむような、シュールなシーンが続く。しかも3時間! 時折笑わされながらも、同時に戸惑いや居心地の悪さを覚えるのだが、「この後の展開はどうなる」「一体どう決着をつけるのか」といった好奇心が湧いて、結局最後まで見てしまうという摩訶不思議な映画。

 大筋は母と息子のトラウマを巡る一種の心理劇で、シュールなシーンの連続はこけおどしの極致という感じもする。キャッチコピーは「ママ、きがへんになりそうです」だが、見ているこちらも気が変になる? 一体どうすればこんな表現を思い付くのか、アスター監督の頭の中をのぞいてみたい。

(田中雄二)