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今週は、日仏それぞれの親子の姿を描いた『高野豆腐店の春』と『ふたりのマエストロ』【週末映画コラム】

『高野豆腐店の春』(8月18日公開)

(C)2023「高野豆腐店の春」製作委員会

 広島県尾道にある高野(たかの)豆腐店。愚直な父、高野辰雄(藤竜也)と明るくて気立てのいい娘の春(麻生久美子)は、地道にコツコツと豆腐を作り続ける毎日を送っている。陽が昇る前に厨房に入り、こだわりの大豆を使った豆腐を作る父と娘。2人を取り巻く昔ながらの仲間たちとの和やかな時間。だが、そんな2人の日常に変化が訪れる。

 オープニング、父と娘の丁寧な豆腐作りの過程をカメラが追う。そして2人の間に起きたさまざまな出来事を経たラストシーンも2人の豆腐作りを見せる。ある意味、この映画の主役は豆腐と職人の姿といってもいい。実際、見ていると豆腐が食べたくなる。

 監督は、藤とは3度目の顔合わせとなった三原光尋。藤は三原監督の『村の写真集』(05)では頑固一徹な写真屋を、『しあわせのかおり』(08)では年老いた中国出身の名料理人を演じている。今回は、監督のシナリオにほれ込んだ藤が出演を熱望し、2人にとっては“職人三部作”の完結作ともいえる作品となったという。

 そして、娘を愛しながらも、それを口にできない父、娘も父の作る豆腐を愛し、職人である父を尊敬しながらも素直になれない(麻生が好演を見せる)。そんな頑固者同士の2人を温かく見つめる周囲の人々の姿が、ほのぼのとしたタッチで描かれるのだが、古くは小津安二郎監督の『東京物語』(53)、あるいは大林宣彦監督の諸作の舞台ともなった尾道の街並みが、実にいい雰囲気を醸し出している。これも見どころの一つだ。

 ところで、本作は81歳の藤にとっては『それいけ!ゲートボールさくら組』(23)に続く主演作となった。

 主演作『初恋~お父さん、チビがいなくなりました』(19)のインタビューの際に、頑固親父的な役が多くなったことについて尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 「どうしてそういう役になるのか、自分ではよく分からないけれど、そういう印象があるのかな。風貌からどうもそういうふうに見えるらしいです。自分では人相は悪くないと思っていますが…(笑)。でも、役としてはそういう印象があった方がいい。使う方も『こういうタイプの役はあの人にやらせよう』となるわけですから」。

 また、欧米とは違い、日本では高齢者を主役にした映画が珍しいことについては、「あまた俳優さんがいらっしゃる中で、やらせてもらってラッキー。オファーをもらったらうれしいですよ。お客さんが入ればこういう映画もどんどん作るのだろうけど、映画も興行だから…。なかなか難しいところです。ただ、この年になると一本一本の作品が大事になりますから、仕事を頂けること自体が僥倖(ぎょうこう)です。だから、せりふを覚えられるうちは続けたいと思っています」と語っていた。

 そうした言葉を踏まえてみると、最近の藤の主演作には一貫性があることに気付く。今の邦画界では老齢の俳優の主演作が続くこと自体が珍しいだけに、老いてなお盛んな彼の今後の活躍にも期待したい。

『ふたりのマエストロ』(8月18日公開)

(C)2022 VENDOME FILMS – ORANGE STUDIO – APOLLO FILMS

 パリを拠点に活躍する指揮者の親子。父フランソワ(ピエール・アルディティ)は輝かしいキャリアを誇る大ベテラン、息子のドニ(イバン・アタル)も注目の指揮者として今や飛ぶ鳥を落とす勢い。ところが2人の間には確執があった。

 ある日、フランソワに長年の夢だった世界最高峰のミラノ・スカラ座の音楽監督就任の話が舞い込む。有頂天になるフランソワだったが、翌日スカラ座の総裁に呼び出されたドニは、実は父への依頼は間違いで自分への依頼だったことを知る。ドニは、父に真実を伝えることができずに悩むが…。

 同じ職業に就く仲の悪い父と息子が、予期せぬアクシデントに遭い、葛藤する姿を描く。イスラエル映画『フットノート』(11)のリメークで、父子の職業を大学教授から指揮者に変えている。

 この映画のプロデューサーのフィリップ・ルスレは、音楽と家族を描いたフランス映画『エール!』(14)をアメリカでリメークした『コーダ あいのうた』(22)もプロデュースした。音楽を絡めたリメークものにさえを見せるタイプのプロデューサーなのだろう。監督はブリュノ・シッシュ、フランソワの妻役でミウ・ミウが出演。

 まず“依頼間違え”というアイデアが面白い。そして、ベートーベンの「第九」、シューベルトの「セレナーデ」、モーツァルトの「フィガロの結婚」などのクラシックの名曲に乗って、いかにもフランス映画らしいエスプリの効いたセリフや会話が交わされるのが見どころ。

 父と子の変化の様子の描き方がいささか弱い気がするが、ラストの“ちょっとした奇跡”に救われる思いがした。88分という簡潔な語り口にも好感が持てる。

 ところで、ドニが憧れる指揮者として、小澤征爾がせりふや映像で登場するのには驚いた。改めて“世界の小澤”なんだと実感した。

(田中雄二)