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その感覚は、ドラマを見るとよく分かる。
「トッケビ」では、中年女性がチキン店の若い女性店主を従業員と思い込み、高圧的なパンマルでまくし立てる。店主は最初こそ敬語で受け流すが、無礼が続くと、すっとパンマルに切り替える。そして「私もパンマリ(半羽)しか注文しない人は嫌いだわ」と切り返す。「パンマル(タメ口)」と「パンマリ(半羽)」を掛けた言葉遊びだ。
問題だったのは、パンマルそのものではない。本来なら敬意を払うべき初対面の相手を、いきなり「敬語を使わなくていい相手」と決めつけたことだった。
もっとも、パンマルを使えるかどうかは、年齢だけで決まるわけでもない。それを教えてくれるのが、ドラマ「ムービング」の一場面だ。
国家情報院の若い女性職員は、エレベーターで8歳年上の男性から「アガシ、ミョッチュンガ?(お嬢さん、何階に行くんだい?)」とパンマルで話しかけられる。女性も「オチュンガ(5階)」とパンマルで返す。
違和感を覚えた男性は、「前回はマルシルス(失言)かと思ったが、そうじゃないようだ」と年齢差を持ち出す。ところが女性は「あんたの方が8歳上ね」と意に介さない。理由は一つ。年齢では男性が上でも、組織では女性の方が先輩だったからだ。
パンマルは年齢だけでは決まらない。立場や組織での序列、親しさまで含めた人間関係全体を映し出す、まさに関係のバロメーターなのである。
一方、「二十五、二十一」では、18歳の高校生ヒドが青年イジンを同年代だと思い込み、パンマルで話している。ところが、相手が年上だと分かった瞬間、口をついて出たタメ口の語尾に、慌てて「ヨ(です)」を継ぎ足す。
「スムサルチュム・テヌンジュル・アラッソ…ヨ(二十歳くらいかと思った…です)」
韓国語は文末に「ヨ」を付けるだけで敬語になる。ワンテンポ遅れて「ヨ」が付くたびに、ヒドの動揺が伝わってくる。わずか4歳差でも、年齢が分かった瞬間に言葉を切り替えずにはいられない。その一文字に、韓国社会で敬語が持つ重みが表れている。