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今週はムーンライダーズの鈴木慶一とシンガーソングライターの松尾清憲によるユニット、鈴木マツヲの1stアルバム『ONE HIT WONDER』が6月21日にリリースされたとあって、これまで慶一氏が結成してきたユニットを取り上げようと考えた。本文でも書いた通り、数多くのユニットで活動してきた慶一氏。No Lie-Senseも忘れ難いけれど、今年1月に逝去した高橋幸宏氏とのTHE BEATNIKSを思い浮かべる人が多いに違いない。日本、いや世界の音楽史においても重要な役割を担ったユニットである。
THE BEATNIKSが結成された時期
高橋幸宏、鈴木慶一、両氏共に超多才かつ超多作のアーティストであることは分かっていたつもりだが、本稿を作成するためにザっとふたりのプロフィールをおさらいして軽く絶句した。
まず幸宏氏から行くと、サディスティック・ミカ・バンド~サディスティックス、イエロー・マジック・オーケストラ(以下YMO)は説明不要として、細野晴臣とのユニットであるスケッチ・ショウ、原田知世、高野寛らとのバンド、pupa、小山田圭吾、TOWA TEIらとのMETAFIVEと、1971年以降ずっと名うてのミュージシャンたちと数々のユニット、バンドを結成、活動してきた。YMOと同時期にスタートしたソロ活動も実に意欲的で、18thアルバム『The Dearest Fool』(1999年)まで、リリースを3年と間と空けたことがない、ほぼ毎年と言っていいペースでアルバムを発表している。
一方の慶一氏はというと、はちみつぱいを経てムーンライダーズを結成したのが1975年。鈴木慶一とムーンライダース名義の『火の玉ボーイ』(1976年)以降は、自身の病気などによる1986年の活動休止前までは、こちらも毎年1枚のペースでオリジナルアルバムを発表している。また、1991年に12th『最後の晩餐』でムーンライダーズが復活してからは、2011年に無期限活動休止を宣言するまでの間にも11枚のアルバムをリリースしている。慶一氏はバンドと並行して結成、活動してきたユニットが豊富だ。実弟の鈴木博文とのTHE SUZUKI、有頂天のKERAとの秩父山バンド~No Lie-Sense、頭脳警察のPANTAとのP.K.O.などが代表的なもので、音源を発表していないライヴだけのユニットは他にもまだまだある。また、矢野顕子、大貫妙子、奥田民生、宮沢和史とによる“Beautiful Songs”があって、これがユニット名のように表記されている場合もあるようだが、これは2000年7月に開催されたコンサート名。ただ、既存曲のデュエットや新曲も披露しているということでもあるし、ある意味、慶一氏の別ユニットと捉えてしまうのも分からなくもない。慶一氏もソロ活動を展開しており、宇宙からの物体X名義『S.F.』(1978年)から『SUZUKI白書』(1991年)までは間が空いたものの、1990年代にはさまざまな名義でソロ作品を制作し続けている。
話をTHE BEATNIKSへと移すと、このユニットは上記の通り、常に多忙極まりない両氏が、おそらくは最も多忙だったと思われる時期に結成されたものと考えられる。1st『EXITENTIALISM 出口主義』を発表したのは1981年12月5日発売。YMOの3rd『増殖』が1980年6月5日、高橋幸宏の2nd『音楽殺人』が1980年6月21日のリリースである。そして、ムーンライダーズの6th『CAMERA EGAL STYLO / カメラ=万年筆』が1980年8月25日にリリースされている。THE BEATNIKS自体は1981年の結成ということだが、その前年の1980年から、特に幸宏氏はこちらが想像もつかないような忙しさではなかったかと思われる。そして、1981年は、YMO4th『BGM』が同年3月21日リリースで、幸宏氏ソロ3rd『NEUROMANTIC ロマン神経症』が同年5月24日である。加えて言うと、YMOの5th『テクノデリック』も同年11月21日発売だ。幸宏氏はこの年、自身の絡んだ新作アルバムを4枚、世に送り出していたことになる。もはや何て言ってみていいか分からない。
慶一氏で言うと、この1981年、ムーンライダーズの音源こそ発表されていないが、[難解すぎてレコード会社からクレームが来て、発売中止になったとされているが、圧力はあったものの、時代に合わないとの理由で、最終的には自分たちで発売中止を決め]たという、8th『MANIA MANIERA』(1982年)は1981年からレコーディングしていたそうで、その後、その前作の7th『青空百景』を録っていたというから、自身のバンドの制作でこれまた忙しかったに違いない([]はWikipediaからの引用)。
ふたりだけで作ったサンプラーアルバム
そんな時期に作られた『EXITENTIALISM 出口主義』は、他にミュージシャンを入れず、ふたりだけで制作されている。これもすごい話だ。Peter Barakanが歌詞を英訳し、テクニカルアシスタントに松武秀樹の名前がクレジットされてはいるものの、楽曲制作、演奏は完全にふたりのみであった。結成当時のものは流石に見当たらなかったけれど、今もネットで散見される各媒体での5th『EXITENTIALIST A XIE XIE』の頃のインタビュー記事を参考にするなら、THE BEATNIKSでは創作自体は早かった様子。アレンジにおいてはどちらが主導権を取るというわけではなく、お互いのインスピレーションを重ね合わせていくようなスタイルだったという。これもまた両氏が超多才であることの証し。ともに理解度が高く、刷り合わせもスムーズだったということだろうか。意見がぶつかることもなかったそうで、制作の上では理想的だったと言えるだろう。
この辺は【鈴木マツヲ インタビュー】での慶一氏の発言からもうかがえる。鈴木マツヲの1st『ONE HIT WONDER』もTHE BEATNIKS初期に近い、慶一氏と松尾清憲氏のほぼふたりのみで制作されたという。
〈スタジオミュージシャンを呼ぶと、勢いの継続性がダウンすることがある。やりたいことを伝えないといけないから。我々ふたりでやっていると、“ここにこういうキーボードが入っているから、じゃあ、こういうギターを入れよう”というようなことを、その場で決められる。素早くね。だから、楽なんだよね。生ギターのストロークは松尾くんのタイミングがいい…私より全然いいので松尾くんにどんどん入れていってもらって、その上にキーボードを入れて、それを踏まえてエレキギターを入れて…というふうに一個一個構築していくことで、こういうサウンドが生まれた。スタジオミュージシャンを呼んでいたら違うものになっていただろうね〉。
また、本作はLMD-649なるサンプラーを使用したアルバムであることが知られている。このことも『EXITENTIALISM 出口主義』の制作に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。例えば、オーケストラの音をキーボードで鳴らせるといったように、さまざまな音を取り込んで再現出来るサンプラーは、今は音楽制作の現場にはほぼなくてはならないものであるが、1980年代前半にはまだまだ高価で、音楽機材としてポピュラリティーなものではなかった。LMD-649は松武秀樹が自作した(!)国産初のサンプラーマシンで、[最初に使われたのは、大貫妙子のレコーディング現場だった。しかし、レコードのリリース時期としてはYMOのアルバム『テクノデリック』が早い]と言われている。その『テクノデリック』は世界初の本格的サンプラーアルバムとも言われているが、前述したように、『EXITENTIALISM 出口主義』はその直後にリリースされたもので、制作はほぼ同時進行だったとも伝え聞く。THE BEATNIKS もほぼ世界初だったと言って良かろう。素人の浅知恵では、サンプラーを使ったことでレコーディング時間を短縮出来、ふたりだけで作業できたと考えがちだが(そういった側面があったことも否定出来ないが)、[サンプルタイムは1.2秒程度。音源素材は6 mmのテープに保管しており、(中略)サンプルデータの保存は出来ず、電源を切るとデータは消滅した]そうで、使い勝手が良くなかったとことは間違いない。それでいて(しかも、再三言うように超多忙な時期にもかかわらず)、創作が早かったということは、ふたりのサンプラーを使った音楽制作への興味がそれだけ強かったと見て良かろう(ここまでの[]はすべてWikipediaからの引用)。
ポップでロックで バラエティーに富んだ作品
さて、そんな世界でも一二を争う早さで制作されたサンプラーアルバム『EXITENTIALISM 出口主義』は、その事実を聞くとかなり実験的な作品と思われると思う。まぁ、実験的は実験的ではあろうが、そうかといってまったくポピュラリティーがない、アバンギャルドな作品かというと、決してそんなことはない。ポップなアルバムに仕上がっている。そこが実に素晴らしいと思う。確かに、工場のノイズのようなものが繰り返されるM5「Loopy」はほぼメロディアスではなく、本作の中では最もアバンギャルドではあろう。ただ、これはLPのA面の最後に収録されていたことから考えると、端から実験的であることを意識したものだった感じではある。タイムも短いし、インタールードに近いものと捉えることができるかもしれない。その観点で言うと、M1「La Sang du Poete」はオープニングなだけにSE的な位置付けではあろうが(これもタイムが短い)、リピートされるアジア風のメロディーがキャッチーである。そこにラジオエフェクトの声が乗り、不協和音気味な音も重なっていき、幻想的ではあるが、ポップなのである。独善的な楽曲にはまったく聴こえない。
続くM2「No Way Out」は、歌のメロディーが如何にも幸宏氏。切れのあるスネアドラムも実に氏らしい。ダークかつシリアスな世界観のロックチューンといった印象である。慶一氏作曲のM3「Ark Diamant」は流れるような歌メロ、その歌を追いかけるようなピアノが凛としている。ジャングルビート風というか民族音楽風というか…なタムの連打は、M2とは逆に幸宏氏っぽくないけれど、それらがM2、M3と続くところが面白い。M4「Now And Then」は幸宏氏作曲のナンバー。スローテンポで、こちらも如何にもらしい歌だが、サビ(?)ではそこに慶一氏の声が絡んでくる箇所がとても良い。ここでまた【鈴木マツヲ インタビュー】での慶一氏の発言を引用したい。
〈(『ONE HIT WONDER』では)それぞれがひとりで歌う場所は好きなように歌いつつ、ふたりでハモる場所は節回しやリズムをぴったり合わせるようにしました。松尾くんの節回しに合わせるのは結構大変だけど、私は幸宏と一緒にやっていた時も、そういうことばかりしていたというのがあって。今回はそういう経験が活きたと思いますね〉。
どちらが主導権を取るわけではなかったというTHE BEATNIKSだが、お互いへの確かなリスペクトがあったことがうかがえる。鈴木マツヲでもそれが続いているというのは、鈴木慶一という真摯なアーティストの姿勢も垣間見える。M4に関してもうひとつ言うと、サウンドはピアノやストリングス風のシンセ中心で全体的には綺麗なのだが、そこに微妙に気持ち悪い電子音やサイケな音を散りばめている辺りが、このユニットのひと筋縄ではいかないところではあろう。
ポップさは当然B面でも引き続き健在。中東風から転調してボサノヴァタッチ(という形容もちょっと違う気もするけど)となるM6「Une Femme N’est Pas Un Homme」は、緊張感と爽快感が同居したような不思議なナンバー。面白い作りだが、歌がしっかりとしている分、ちゃんと聴ける。ビートの効いたM7「Mirrors」はロック寄りと言って良かろう。ポップなイントロもいいし、Bメロ~サビのメロディーも秀逸だ。ギターやシンセが細かくダビングされており、それらがアウトロで密集していく様子もとてもいい。三拍子のM8「Le Robinet」は幸宏氏作曲で、優雅な印象。対して、慶一氏作曲のM9「L’Etoile de Mer」は古典的SFドラマの劇伴のような幻想感がある。ともにゆったりとしたテンポで、サウンドのタイプこそ異なるものの、メロディアスな歌は共通していると言える。
アルバムのフィナーレ、M10「Inevitable」は軽快で本作中で最もポピュラリティーが高いと言えるだろうか。同時期のYMOにも幸宏氏のソロにも面影が似ているようにも思うが、後半ノイジーなギター(慶一氏が弾いているのだろう)が聴こえてくると、やはりこのユニットならではの音像であることが分かる。ちなみに、[鈴木は、「THE BEATNIKSは怒りを強く感じたときに活動する」という主旨の発言をしており、高橋も同意している]とある([]はWikipediaからの引用)。日本コロムビアのサイトにも、“自分たちをとりまく社会や そのあり方などに怒りを感じたとき、それがモチベーションとなって制作をはじめると言われる”と書かれている。正直に言うと、最初にその話を聞いた時は“怒り”うんぬんはよく分からなかったが、M10のギターや、前述したようなM4電子音やサイケな音は、確かに“怒り”と解釈することもできるように思う。その意味では、スピリット的にはロックやパンクに分類されるアルバムと言っていいのかもしれない。
TEXT:帆苅智之
アルバム『EXITENTIALISM 出口主義』
1981年発表作品
<収録曲>
1.La Sang du Poete
2.No Way Out
3.Ark Diamant
4.Now And Then
5.Loopy
6.Une Femme N’est Pas Un Homme
7.Mirrors
8.Le Robinet
9.L’Etoile de Mer
10.Inevitable
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