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“俺たちの”シネマート新宿などで絶賛上映中の『バニシング・ポイント』4Kデジタルリマスター版は、「70年型ダッジ・チャレンジャーをデンバーから1200マイル離れたサンフランシスコまで15時間で届ける」という無謀な賭けをした陸送屋コワルスキーの旅路を、乾き切った質感で淡々と描いたロードムービー。メビウスの環のようにオープニングとエンディングがひとつなぎになった構成、五感が麻痺するほどのスピードの最果てに辿り着いた鑑賞者にもたらされる陶酔感と心地よい気怠さは、燃せ盛るほどに青く研ぎ澄まされていく炎を想起させる。今回はそんな孤高の作品に関連した5曲を紹介します。
「Kowalski」(’97)/Primal Scream
Primal Screamのアルバム『Vanishing Point』のタイトルの由来が映画『バニシング・ポイント』というのはあまりにも有名なエピソード。虚無と諦念にハンドルを握らせたような主人公コワルスキーの名前を冠したこの曲は、リードベースの重厚なサウンドが駆動する車の感覚を失うほどの疾走感を表現しているアシッドな一曲。間隙をぬって矢継ぎ早に撃ち放たれる弾丸や、ざらついた画面の中で繰り広げられるカーチェイスのスリルが取り憑いたような電子音が亡霊めいた無表情で佇む。映画全体を取り巻く煙った幻想的なムードを纏ったボビー・ギレスピーの濃霧のようなウィスパーヴォイスが絶妙だ。
「So Tired」(’70)/Eve
映画本編では随所に1970年代という時代をを彩る楽曲が使用されている。Eveのファンクナンバー「So Tired」もそのひとつ。タイトルとは打って変わってタフネスでパワフルな多幸感あふれるデュエットで始まり、そのジリジリ焼けつく太陽の光にも似た明るさに追走するように刻まれるギターとベース、ドラムの躍動感、管楽器のタイトかつゴージャスでドラマティックな空気感が織りなすむせかえるほどの芳醇さと豊潤さがなんとも贅沢でピースフル。警察を蹴散らし、法定速度をぶち破って、思うがままに走り続けるコワルスキーの脳内には、これほどの幸せが満ちていたのだろうか。
「Mississippi Queen」(’70)/ Mountain
延々と展開されるカーチェイスにあらゆる感覚が奪われて、うたた寝寸前の酩酊感に沈み込みそうになる脳みそをぶっ叩いて覚醒させてくれるのが、Mississippi Queenの「Mountain」。イントロのからから軽い打音を挟み込んで潰すかのように同期するぶっといベースとギターの力強さ、それと拮抗して(あるいは遥かに上回って)放たれるハスキーでソウルフルな歌声の高揚感よ。合体ロボが見参した時のような不適感と無敵感、メンバー4人の個の魂と音の輪郭と記名性が際立ったまま、ぶつかり合いながら融和して最強に至るまでの清々しさ、肉体性がどこまでも鼓膜を叩いてくる胆力がたまらない。
「SING OUT FOR JESUS」(’71)/ Big Mama Thornton
Big Mama Thornton の「SING OUT FOR JESUS」の脳天からつま先まで稲妻が貫くような、力強く、海よりも深い歌声は、神も仏もなく、無謀な賭けのために何もかもを振り払って超高速で駆動するコワルスキーにはどう聴こえるだろう。軽やかに跳ねる鍵盤を背中に浴びて、高く高く舞い上がるこのゴスペルソングは、警察無線を傍受しながらコワルスキーにラジオで語りかける盲目の黒人DJスーパー・ソウルの切なる望みが込められているようにも感じられる。あるいは、ただ己の目的のために走ることをやめようとしない主人公の孤高の生き様に寄り添おうとする、名もなき誰かの心の内側のように。
「Nobody Knows」(’71)/ Kim & Dave
バニシング・ポイント=消失点に辿り着き、終焉を迎えたコワルスキーの本心はどこにあったのだろう。Kim & Daveの「Nobody Knows」の叩きつけるような歌声は、その答えを紡ぐように響く。牧歌的なミドルテンポのリズムを刻みながら幕を開け、幾重にも重なったコーラスの華々しさ、煌びやかな管楽器の音色との調和と均衡を保ちながら、やがてそれらを打ち破ってエンディングを飾る、その声。主人公の魂は新なる自由に触れられたのか、あるいはさらなる速さを求めて行方知れずになったのか。それを解く鍵はここにしかない、もしくは誰にも知りようがないと訴えかけるようにして、この映画は幕を閉じる。
TEXT:町田ノイズ
町田ノイズ プロフィール:VV magazine、ねとらぼ、M-ON!MUSIC、T-SITE等に寄稿し、東高円寺U.F.O.CLUB、新宿LOFT、下北沢THREE等に通い、末廣亭の桟敷席でおにぎりを頬張り、ホラー漫画と「パタリロ!」を読む。サイケデリックロック、ノーウェーブが好き。
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