<ライブレポート>米津玄師、初の東京ドームで叫んだ「今まで生きてきてくれてありがとう!」 自身と観客の人生を軽やかに祝福した【JUNK】国内ファイナル

2025年3月10日 / 20:30

 音楽を通して不意に米津玄師のキャリアに思いを巡らす――と同時に、翻って自分自身の一生に思いを馳せるようなライブだ。中盤の長いMCで口にした「今まで生きてきてくれてありがとう!」という言葉には、どうしても象徴的なものを感じてしまう。誰もが晴れやかな感慨を受け取ったのではないだろうか。初のドーム公演を含む全国ツアー【米津玄師 2025 TOUR / JUNK】、その国内公演が2月27日の東京・東京ドームで幕を下ろした。共に音を鳴らしたメンバーは堀正輝(Dr.)、須藤優(Ba.)、中島宏士(Gt.)、宮川純(Key.)の4人。2025年の年明けから始まり、国内の全16公演で延べ35万人を動員した大規模なツアーである。

 ライブは不穏な空気で始まった。定刻を過ぎてから数分、客電が落ちたドームを貫く光線のような赤いラインと轟く雷鳴。会場を覆い尽くすようにうねりを上げるベースと共に、米津玄師は語気を強めて〈消えろ〉と叫び続ける……まるで「RED OUT」は地獄の入り口のようだ。しかし2曲目の「感電」でその舞台は華やかに展開されていく。スクリーンに映るのは煌めくネオン街、そして楽曲を彩るように舞台全体を使って踊るのはチーム辻本のダンサーたちである。映像と彼らのダンスが終始楽曲のコンセプトを具象化していたように思う。

 ライブ前半では唯一米津がギターを弾いて歌った「アイネクライネ」が印象的だ。白いジャケットを翻しながら舞うように歌う「Azalea」が現行の彼を示すものだとしたら、「アイネクライネ」はやはり彼の原点を思わせる楽曲である。時折感情的な声を聴かせるボーカルと、下からそっと支えるような安心感を抱かせるベース、そして柔らかいタッチで聴かせるドラミングにはうんと惹きつけられた。

 「Azalea」の美しさに息を呑む。青紫色の照明に包まれ、スクリーンの中で開花するアザレアの花は、しとやかな音色と踊れるリズムの中に含まれる官能性を強調していたように思う(楽曲の後半、2つのスクリーンに同時に映る米津玄師がクローンのように見えた。挿木をテーマにした楽曲故の演出だろうか……?)。「ゆめうつつ」はオルゴールのような音色の鍵盤が魔法のようで、これまた印象に残る演奏である。

 やはり最初の山場はこの曲だろう。NHK連続テレビ小説「虎に翼」の主題歌として人気を博し、言わずと知れた代表曲へと成長した「さよーならまたいつか!」である。袴姿で踊るダンサーたちは絢爛そのもの、満員の東京ドームを華麗に魅了していく。それにしても、〈空に唾を吐く〉と歌う時の濁った声と、サビを終える時の美しいファルセットの対比である。そのコントラストがこの楽曲の魅力になっていることは疑いようもなく、東京ドームという大舞台においても、改めてその声にハッとさせられるのである。紙吹雪は100年先の未来まで祝福する光の粒のように降り注ぎ、最後は恒例のピースで締め。響き渡る歓声があたたかく会場を包んでいた。

 「さよーならまたいつか!」の後、MCを挟んで歌われたのが「地球儀」だ。曲の冒頭、会場に響くのはしっとりとした音色で聴かせるピアノの伴奏と、米津玄師の抑制された静かな歌声――それは“音”よりも“静寂”が際立つ美しい瞬間であり、〈僕が生まれた日の空は 高く遠く晴れ渡っていた〉という名句にうっとりさせられる。何を今更、と言われるかもしれないが、やはり米津玄師の声の表現力には特筆すべきものを感じずにはいられない。口から感情をぶち撒けるような「RED OUT」とは正反対、物語の語り手に徹するような一歩引いた視点を感じるボーカルが、「地球儀」を真に名曲にしているように思うのだ。

 エレクトロサウンドに彩られた官能の「YELLOW GHOST」は、音源から想像するよりもずっと踊れる一曲である。ボトムの存在感がグッと増しており、艶やかなボーカルもおあつらえ向きだ。これからのライブで何度でも聴きたいと思わせる魔力を感じる演奏だった。それから「M八七」「Lemon」を挟んで歌われたのが、この日のハイライトと言って差し支えないだろう、アニメーション映画『海獣の子供』の主題歌「海の幽霊」である。厳かな鍵盤に始まり、遠くの場所から交信を図るようなカンカンと鳴り響く打ち込み音が通奏底音として響く中、壮麗なストリングスがダイナミックなバンドアンサンブルと合流。天にも登るようなボーカルとともに、渾然一体となって押し寄せてくるのである(この曲だけ、映画の映像がLEDに映し出されており、それも楽曲の臨場感を高めた要因だろう)。この日演奏されたどの曲とも似ていない、ぱっくりと口を開けた夜空の中に吸い込まれていくような音響……ゾッとするような美しさを感じたのである。

 ということでしばらく放心……そして冒頭に記したMCが入ったのがこのタイミングである。「ドーム公演が決まった時は他人事だった。ファンタジーみたいな。現実感がなかった」という米津玄師は、地元のバンド文化に馴染めなかった青年時代の思い出と、閉塞感を抱いていた頃に出会ったVOCALOID、および初音ミクについて語っていく。ニコニコ動画を通じて音楽の喜びを獲得していった彼にとって、「音楽は画面越しにあるもの」。ライブというもの自体があまりピンとこない、いわば馴染みのないものだったというわけである。しかし「何万人もの人が曲を聴きに来てくれることは、自分にとって祝福だと思う。画面の向こうにいた人たちがこの中にいるかもしれない。そういう人達とデカい場所で会えて嬉しい。みんな今まで生きていてくれてありがとう!」と感謝を伝えていた。

 じーんとするようなMCの後ではあるが、ここからライブは躍動していく。本人曰く「皮肉っぽい曲」だという「とまれみよ」のファンキーな音色が腰を揺らし、そこからさらに陰影を強めるようなダークな「LENS FLARE」に接続。粘り気のあるベースとドラムには否が応でも身体が反応するはずだ。続く「毎日」はコミカルなくらいリズミカルな一曲で、7人の小人を思わせる衣装で踊るダンサーたちは日々の疲れを吹っ飛ばすような軽快さである。晴れやかな気分のギターもピッタシで、ソファに座って歌い始めた米津玄師は、次第にがなるような声で〈毎日〉と連呼。このヤケクソなテンションこそが魅力だろう。

 「LOSER」で巻き起こった大きな歓声と拍手が忘れられない。お客さんが起こすクラップこそがこの曲のリズムであり、花道で踊るふたりのダンサーはサウンドの躍動感を視覚的に体現。何より小気味よく刻まれるギターとドライブするベースが、このライブがさらに加速していくことを予感させる。間髪入れずに「KICK BACK」である。ご存知の通り『チェンソーマン』のオープニング・テーマであり、ブチギレた勢いを感じさせる楽曲だ。肌が焼き付くようなスリリングな演奏と、楽曲のカオスな側面を強調するステージを目一杯に使った一心不乱のダンス。手持ちカメラを覗き込むように歌う米津の壊れたようなテンションも痛快で、「超超超いい感じ!」というセリフが狂騒的なサウンドと共に鼓膜を突き抜けていく。

 掲げるピースサインが次の熱狂――ひいてはこのライブのクライマックスを思わせる。「ピースサイン」での快調に飛ばしていく堀のドラムには、全てをポジティブな方向に運んでいくような勢いがあり、爽快なバンドアンサンブルという点ではこの曲がピカイチだろう。米津と中島の2本のギターがスパークし、チアフルな鍵盤が気持ちよく中空を流れていく。最後は、昨年アップデートされた映像と共に大きな話題を呼んだ「ドーナツホール」と、『LOST CORNER』に収録された「がらくた」を披露し本編が終了。「ドーナツホール」のMVに出てくる瓦礫の山、そこに空いた穴を通り「がらくた」の世界に繋がる映像が、「壊れていても構いません」というテーマで結ばれるふたつの世界を示唆しているように感じた。

 アンコールでは新曲の「BOW AND ARROW」を披露し、米津と中島による幼馴染同士の掛け合いを楽しんだ後は、これまた先日リリースされたばかりの「Plazma」を演奏。最後はアルバム、ひいては「JUNK」というタームを象徴する「LOST CORNER」で終演。ステージには大きながらくたくんが登場し、米津玄師は黄色いマセラティに乗って会場を回りながら歌を披露。颯爽としている、と言ってもいいだろう。この曲のイメージはどこまでも軽やかで、仄かに香るファンキーなギターとグルーヴィなベースが心地良く、ドーム全体が朗らかな空気になっていたように思う。

 本ツアーにおける「RED OUT」から始まり、本編最後に「がらくた」を演奏、アンコールで「LOST CORNER」を歌うという構成は、言うまでもなくアルバム『LOST CORNER』の世界観である。だが、米津玄師はアルバムリリースからの半年で既に3曲の新曲を発表しており、とりわけ「BOW AND ARROW」と「Plazma」は心機一転の気分を感じる作品である。言うなれば『LOST CORNER』のタームと並行して、次なる季節に足を踏み入れているわけである。3月半ばから始まる全10公演の海外ツアーを終えた先に、いよいよ本格的に新しい創作が始まっていくのだろう。

 さて、「さよーならまたいつか!」を歌った後、米津玄師はこのライブを指してこんなことを言っていた。「10年後忘れちゃうかもしれないけど、忘れちゃったとしても身体の中に残るような、ある意味忘れちゃってもいい、そういう得難い日になればと思います」。代わり映えのしない毎日も少しずつ変化し、やがて10年の歳月もあっと言う間に過ぎ去るのだろう。「今まで生きてきてくれてありがとう」という言葉は、私には「これからも生きていきましょう」という言葉に思える。メンバーがステージを後にすると、スクリーンにはすべての演者とスタッフがクレジットされたエンドロールが流れていく。BGMはアルバムの最終曲である、どこか歯車が欠けてしまったような、壊れかけのおもちゃを思わせる音色の「おはよう」である。また朝が来る。人生は続くのだ。

Text:黒田隆太朗
Photo:太田好治、鳥居洋介、ヤオタケシ、横山マサト

◎公演情報
【米津玄師 2025 TOUR / JUNK】
2025年2月27日(木) 東京・東京ドーム


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