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BUCK-TICKの櫻井敦司の突然の訃報から半月余りが経った。最初にその報道に触れた時の圧倒的な喪失感からは少し解放されたが、まだ現実味がないのが正直なところだ。追悼の意味でのアルバム紹介を考えても、どれをピックアップしたものやら…と迷っていたところ、“『殺シノ調べ This is NOT Greatest Hits』がチャート浮上”とのネットニュースを発見。なるほど。最近、離れていたリスナーも、訃報に接してBUCK-TICKを聴きたくなったのだろう。それにしても、ベスト盤『CATALOGUE 1987-1995』ではなく、『殺シノ調べ』というのは、なかなか興味深い。BUCK-TICKの他のオリジナルアルバムは後日また当コラムで紹介すると思うが、ひとまず、今週はこの『殺シノ調べ』を取り上げることにした。
初期代表楽曲のセルフカバー
今、自発的にBUCK-TICKの音源を聴くと、櫻井敦司(Vo)がいなくなった現実をどうしても受け止めざるを得ないからだろう。いつもに増して気が乗らないというか、かなり億劫なままに『殺シノ調べ This is NOT Greatest Hits』(以下『殺シノ調べ』)を聴いた。さすがに感傷的にはなるが、聴き進めていけばアガるし、改めてBUCK-TICKのポテンシャルを感じたところではある。以下、その辺をしたためてみたい。
まず、デビュー当時からのファンの皆さんはご存じのことだと思われるが、本作の制作背景を簡単におさらいする。この『殺シノ調べ』はセルフカバーアルバムである。1stアルバム『HURRY UP MODE』(1987年)、メジャーデビュー作であった2nd『SEXUAL×××××!』(1987年)、3rd『SEVENTH HEAVEN』(1988年)、4th 『TABOO』(1989年)、5th『悪の華』(1990年)、6th『狂った太陽』(1991年)からチョイスされた楽曲を再アレンジして新録している。そこに至った理由は[シングル「M・A・D」(1991年)のカップリングとして「ANGELIC CONVERSATION」を再録音し、その完成度にメンバーが予想以上の手応えを感じたことが本作制作のきっかけとなった。また、今井寿(Gu)は『狂った太陽』の完成度に手応えを感じ、まったく同じ方法論で過去の作品を再アレンジしたアルバムであると述べている]というWikipediaの説明が端的でその通りだったと思うが、思い出されるのは当時の今井の発言。あれは確か市川哲史氏によるインタビューだったと思う。『狂った太陽』制作後(だったか、「ANGELIC CONVERSATION」制作後)に “過去作を全て作り直したい”との今井発言が見出しに踊っていた。それが本当に『殺シノ調べ』の制作へとつながったことにちょっと驚いたとともに、市川氏の仕事っぷりに敬服した記憶がある。そもそもプロモーションの一環だったのかもしれないし、氏の取材を機に今井の創作意欲に火がついたのかもしれないけれど、いずれにしても、当時の音専誌にパワーがあったことも懐かしく思い出される。
また、『狂った太陽』での手応えについて言うと、手元に誌面が遺っていないのでうろ覚えで書くが、当時、今井がこんなことを言っていたことも思い出す。それまでは、各パートのアレンジはメンバーそれぞれが考えるのがバンドだと思っていたけれど、それだと収拾がつかないことも多々ある。曲を作った人間が各パートを全部アレンジして、それをメンバーに演奏してもらうスタイルがベターだと分かった──。細かい言い回しはこうではなかったと思うが、主旨はズレていないと思う。このやり方は作業が早いとも言っていたような気がする。つまり、個々の演奏スキルが上がってきたと同時に、主に作曲をしていた今井のアレンジ能力が飛躍的にアップした時期(というか、能力がアップしたことを自覚した時期)が『狂った太陽』の頃だったということになろうか。そう思うと、ことBUCK-TICKのサウンド面において今井が完全にリーダーシップを取るようになり、その体制のもとで、バンドを仕切り直したのが『殺シノ調べ』という見方もできる。本作にも収録されているM2「惡の華」に《遊びはここで終わりにしようぜ》という歌詞がある。『TABOO』までのBUCK-TICKが遊んでいたとは言わないけれど、よりプロフェッショナルな意識を強くしたのが『狂った太陽』であり、『殺シノ調べ』はその宣言とも言える作品だったと見ることはできよう。
ドライブ感を損ねずリアレンジ
M1「ICONOCLASM」は、当時は特にBUCK-TICKのアンセム…という表現は少しおかしいかもしれないけれど、間違いなく、シンボリックな楽曲であった。リフと言うのも憚れるくらい、極めて単純なエレキギターの音色が繰り広げられる、シンプル極まりないが、すこぶるカッコ良いナンバーである。今回聴いて思ったのは、最もキャッチーなのはそのギターで、それ以外は実はそれほどにキャッチーではないこと。J-POPはもちろんのこと、J-ROCK的でもない。1990年代前半にこれをやったBUCK-TICKのすごさもそうだし、盛り上がっていたファンの革新性もうかがわせる。そう言えば、かつてヤガミトール(Dr)が「ICONOCLASM」を指して、“あんなにマニアックな楽曲が人気なのはすごい”と言っていたことも思い出す。このM1は、『TABOO』版でのUltravoxっぽいドライなギターが鳴りを潜めたことも関係しているのか、樋口豊(Ba)のベースがとてもいい気がする。シンプルだが独特のうねりがあって、聴いていて気持ちが良い。櫻井のヴォーカルもシャウトが多めで、どこか邪悪な感じがするのもとてもいい。
M2「惡の華」は今井、星野英彦(Gu)のギターの絡みがより生々しくなった様子で、BUCK-TICKがツインギターのバンドであり、それも重要な個性であったことを再確認させるテイク。M3「DO THE “I LOVE YOU”」は『SEXUAL×××××!』版でのオールデイズ風味、誤解を恐れずに言うなら、一時期のチェッカーズみたいだった雰囲気がまったくなくなり、何か余裕のようなものを感じるアンサンブルを聴くことができる。M4「VICTIMS OF LOVE」もまた『SEVENTH HEAVEN』版から大きく印象が変わった。旧作は中高生がコピーできそうだが、M4は一聴しておいそれとはコピーできない風格すらある。圧倒的に重厚さが増したとともに、より妖しく、より耽美になったと言える。演奏時間が延びている分、聴きどころも満載で、後半でのサイケデリックロック感と、綺麗なギターの旋律が絡み合いながらも、ドライブ感がまったく損なわれていないのは実に素晴らしいと思う。
本作収録曲はリアレンジによって、整理されたり、グルーブが増したり、どちらかと言えば聴きやすくなっているのに対して、M5「M・A・D」はその逆で、原曲からポップさを排除したようなナンバーに仕上がっている。リアレンジする必要を感じなかったというのがその理由だが、シングル発表から1年も経たない時期ではそれも当然だっただろう。しかし、序盤の淡々としたループミュージックがズバッと覆されるのも何とも痛快。30年前のオケヒは今聴くと如何にも古臭く感じることが多いのだが、個人的にはM5からそれを感じなかったのは収穫だったし、BUCK-TICKの先見性のようなものを感じたところである。
M6「ORIENTAL LOVE STORY」はシタール風ギターが入って、まさにオリエンタルな雰囲気になったものの、原曲に比べて随分とすっきりとした印象ではある。ポップさは際立っているように思う。しかも、『SEVENTH HEAVEN』版でのRoxy Musicテイストも損なわれることなく、その後のBUCK-TICK作品で強くなっていくインダストリアル的なダイナミックなサウンドも聴こえてくるので、今井の編曲能力のすごさをうかがわせるところでもある。
M7「スピード」は、これも原曲リリースから時間が経っていないからか、大きくアレンジは変わっていないが、テンポアップしている分、リズムが目のめりになった印象で、ライヴ感がグッと上がっている。イントロでヤガミが叩く、キレッキレのフィルインは日本ロック史上に残る素晴らしいものだと思う。
《女の子 男の子 一筋 傷と涙を/痺れた体 すぐに楽になるさ/蝶になれ 華になれ 何かが君を待っている/愛しいものに全て 別れを告げて》(M7「スピード」)。
櫻井が書いた歌詞は明らかにメッセージソングだろう。リスナー、とりわけティーンネイジャー(+α)にポジティブな思考を促さんとしているのは、実にロックバンドらしい姿勢であったと思う。
潜在能力の高さを再確認
M8「LOVE ME」は浮遊感があって、南国風…という言い方も変だが、ゆったりとリラックスした空気感のある楽曲である。間奏ではリバース音も聴こえてきて、やはりこの時期、サイケを意識していたことが分かるし、原曲を聴くと、こちらはアップテンポな上で装飾が少ない分、パンクVer.みたいに聴こえるのも面白い。M9「JUPITER」はBUCK-TICK屈指の名曲。
《歩き出す月の螺旋を 流星だけが空に舞っている/そこからは小さく見えたあなただけが/優しく手を振る》《頬に流れ出す 赤い雫は せめてお別れのしるし》(M9「JUPITER」)。
別れをこれほどまでに幻想的かつ美しく描いた歌詞も素晴らしく、櫻井の手腕を感じざるを得ない。こちらも原曲のシングルリリースから時間が経っていなかったためだろう。星野のアレンジには苦労のあとが見られるが、元のメロディー、歌詞、コード進行が優れているのでまったく問題はない。
M10「…IN HEAVEN…」は原曲と聴き比べると、さすがに『SEVENTH HEAVEN』版はいろいろと若さを感じさせるものの、基本的なアレンジは大きく変えていないようだ。Bメロからサビへの展開であったり、サビに重なるギターであったり、センスの良さはそのままで、これもまた原曲の良さが分かる。その辺はM10に限った話ではないが、特に原曲に初出が古いものほど、逆説的に“若い頃からセルフプロデュースでこんな楽曲を作っていたのか!?”という、バンドの潜在能力が高かったことを伺わせるところである。天賦の才と言い換えてもいいかもしれない。その本格的な開花が『殺シノ調べ』と言える。M10からシームレスにM11「MOON LIGHT」へとつながっていく仕様は、まさにハイセンスの表れだろう。
M12「JUST ONE MORE KISS」は、当時をリアルタイムで体験したものにとっては、いわゆる“バクチク現象”の絶頂期を彷彿させるナンバー。今回聴き直してみて、メロディーの良さを再確認した。とりわけAメロの贅沢さを思い出した。《JUST ONE MORE KISS》以下の部分は十分にポップでメロディアスなので、それこそ最初にCMで聴いた時、そこがサビだと感じたこともあったような気がするが、ここはまだAメロ。《天使のざわめき 悪魔のささやき 月夜に甘いくちづけ》がBメロで、さらに《キラメキは届かない つぶやいた/I WANT YOU LOVE ME》のサビへと繋がっていく。若き日の今井の、ポップなメロディーメーカーとしての才能が爆発したナンバーであったと言える。「JUST~」はBUCK-TICK最初のシングル曲だが、それも当然のことであっただろう。
M13「TABOO」は、「JUST~」も収録されていた4thアルバムのタイトルチューンでもあった楽曲。ザ・ドリフターズの加藤茶のギャグ“ちょっとだけよ、あんたも好きねえー”で用いられたラテンのスタンダード曲、Lecuona Margarita「Tabú」をあしらっているところに、ユーモアというか、ここでも余裕のようなものを感じる(“ちょっとだけよ”を知っている貴方は昭和生まれ)。原曲よりも軽快になった印象がありつつも、個々の音がしっかりと存在感を示しいている辺りは、のちに(『十三階は月光』は辺りから?)デジタルを排除して剥き出しのバンドサウンドで勝負していくBUCK-TICKの姿を想像させるところでもある。歌は《くちづけ 肌を焦がす》から始まるが、ど頭から《くちづけ》という歌詞が似合うヴォーカリストは、男女合わせても櫻井敦司だけじゃなかろうか。妖艶だ。
アルバムの締めはM14「HYPER LOVE」。原曲がそもそもドラマチックで、これも若かりし日のBUCK-TICKのセンスの良さ、音楽的な高みを目指していたことを伺わせるが、今、聴くと、メロディーの展開、コード進行は、1990年代のビジュアル系の原型となったのではないかと思わせる節もある。他のバンドで、これに空気感、雰囲気の似た楽曲はいくつもあったように思う。ブロックが移る際にシンバルでのキメを強めに作っているところなどは他のバンドにも影響を与えたのだろう。だが、この『殺シノ調べ』Ver.はブラッシュアップではあるものの、イントロのゴージャスな装飾とは裏腹に、キメが薄くなった印象もあり、バンドのグルーブが途切れることなく続いていく。アダルトな雰囲気になったという言い方でもいいだろうか。その後のBUCK-TICKの進化、成長を確信させるナンバーであった。
TEXT:帆苅智之
アルバム『殺シノ調べ This is NOT Greatest Hits』
1992年発表作品
<収録曲>
1.ICONOCLASM
2.惡の華
3.DO THE “I LOVE YOU”
4.VICTIMS OF LOVE
5.M・A・D
6.ORIENTAL LOVE STORY
7.スピード
8.LOVE ME
9.JUPITER
10….IN HEAVEN…
11.MOON LIGHT
12.JUST ONE MORE KISS
13.TABOO
14.HYPER LOVE
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