グラスゴー出身で英フォーク・ロックを代表するシンガーソングライター、ラブ・ノークスを今再び

2023年10月20日 / 18:00

ラブ・ノークス…。新聞やネットニュースに訃報が載るのは、やぱりそこそこ著名人だからだろう。気がつかなかった。ふと思い出し、久しぶりにPCのライブラリーに入れていた彼のアルバムを聴きながら、新しいニュースなんてないだろうけれど、ひっそりと新しいアルバムが出ていたり?…と期待を込めてネットで名前を検索したら、なんと昨年、2022年11月11日に亡くなっていたのだ。享年75。日本で彼の名前が語られるのは、全盛期の70年代においてもマニアの間でしかなかったから、訃報が知らされないのは仕方ないとはいえ、方々にメールしてみても、同好の仲間さえ関知していなかったのは、さすがに寂しかった。心の中で侘びつつ、買いそびれていたアルバムなど、追悼を兼ねて慌ててオーダーしたりして、その魅力を再確認した。この機会に紹介しておきたい。英国・スコットランドが生んだ庶民派フォークの宝とも言うべきSSW、ラブ・ノークス、今回は彼のデビュー作『ドゥー・ユー・シー・ザ・ライツ(原題:Do You See The Lights?)』(’70)を選んでみた。
スコットランド・グラスゴーを 拠点に活動を始める

ラブ・ノークス(本名はRobert Ogilvie Noakes)は1947年にスコットランドのファイフ州セント・アンドルーズで生まれている。世界的に有名な全英オープン・ゴルフが開催されたことでも知られる町で、世界遺産に登録されている古城や美しい大学街がある風光明媚なところらしい。エジンバラ、グラスゴーといった街に比較的近く、ノークスもいくつか住まいの拠点を変えているが、最終的にはグラスゴーに落ち着き、人生の大半をここで過ごしている。

いつ頃から音楽を始めたのか定かではないが(たぶんティーンエイジャー)、1963年、19歳の時にロンドンに出て、しばらく昼は公務員、夜はフォーク系のクラブで演奏するという生活をしている。時まさにスウィンギング・ロンドン、ブリティッシュロックの勃興機と言うべき、とんでもない時期なのであり、その只中のロンドンで過ごしたわけだが、ビートルズ、ストーンズ、ザ・フー、キンクス…といったバンド熱に浮かされることはなかったのか? それらをやり過ごすことなど不可能だったと思うけれど、一番自分に合った居場所としてフォーク方面に歩を向けたというところが彼らしいというか。3年ほどロンドン暮らしを続けた後、あっさりグラスゴーにもどっている。そして、地元のクラブで根気よく演奏を続けるうちにソロデビューが決まり、アルバム『ドゥー・ユー・シー・ザ・ライツ』がリリーされたのだ。

きっかけになったのは、同郷のアーチー・フィッシャー(英トラッド界の重鎮。ソロの他、実妹らと組んだフィッシャー・ファミリーでもアルバムが出ている)とバーバラ・ディクソン(トラッドからポップスまで歌う実力派。女優としても活躍。ノークスとは彼が亡くなるまで交流があった)のデュオアルバム『スルー・ザ・リーセント・イヤーズ(原題:Thro’ The Recent Years)』にノークスが3曲のオリジナルを提供したことだ。そのソングライティングの才にデッカレコードが注目し、フィッシャー、ディクソンに続き、ノークスのソロデビューを決定したわけだった。

ちなみにグラスゴーはエジンバラとならびスコットランドを代表する都市で、音楽が盛んな地域でもある。グラスゴー出身のアーティストと言えば、マーク・ノップラー(ダイヤーストレイツ)、プライマルスクリーム、エディ・リーダー(フェアグラウンド・アトラクションズ)、ベル&セバスチャン、モグワイ、意外なところでマルコム&アンガス・ヤング(AC/DCでメジャーシーンに登場するのはオーストラリアだが)、なんて人がいる。そしてドノヴァン、ペンタングルのバート・ヤンシュ、アーチー・フィッシャー、ジェリー・ラファティーがいる。ハイランド(ブリテン北部)の中心にあって、古くは伝統音楽(トラッド、フォークミュージック)が盛んだが、ルーツロック系、オルタナティブ、ポストロックとさまざまなバンドを輩出している。そんな多様な音楽を受け入れ、ミックスし、新たに発信しているところなど、ノークスの音楽性にも表れているような気がする。
本作 『ドゥー・ユー・シー・ザ・ライツ』について

オリジナル盤は無数の電飾で形作られた建造物を写した写真(記憶に間違いがなければ、70年に日本で開催された万国博覧会のスイス館「光の木」)が使われている。現行の、ノークス自身の興したレーベル『NEON』からリイシューされた盤のジャケットは、若々しい、髪の長いノークスの写真がジャケットを飾っている。この頃の姿を見ると、ノークスはいかにもナイーブで誠実そうな、美青年然としたルックスをしている。そして、アルバムから聴こえてくる(少し鼻にかかった)歌声と演奏は、意外なくらい軽々と、いい具合に力の抜けたものだ。ちょうど彼より1歳年下の夭折したフォークシンガー、ニック・ドレイク(Nick Drake、1948〜1974)の作品のような、美しくも陰鬱な、深刻そうな音楽をノークスの歌から感じることはない。とはいえ、適度にトラッドっぽさ、ブルースやカントリー、フォーク、ブリティッシュポップスの香りを漂わせるような曲はよく練られている。凝っているのにとても親しみやすい。ヴォーカルはやや一本調子な感じもするが、なかなか切ないメロディーの曲も歌う。きっと繊細な心の持ち主だろうと察せられる。『オール・シングス・マスト・パス(原題:All Things Must Pass)』を出した頃のジョージ・ハリスンの作風にもどこか近いものがある。

もう一人、ノークスに近い音楽性のミュージシャンを挙げておくとすれば、故ロニー・レイン(Ronnie Lane 元スモール・フェイセス→フェイセス→スリムチャンス)だろう。とにかく、聴き流していてとても和ませられるのだ。曖昧な印象で申し訳ないのだが、不思議と収まりがいいというのがこの人の持ち味かもしれない。馴染みの店にある不動の定番メニューのような、なかなか他所では出せない味というか…。編成はノークスのギター、ヴォーカルのほか、セッションプレイヤーによるキーボード、エレキ・ギター、ダブルベース、ドラム。極力シンプルに抑えたのであろうバンドのアンサンブル、タメの効いたリズムなどからは、彼もまたザ・バンドの影響を受けたのだろうか。

とはいえ、キャッチーなメロディーがあるわけでもなく、アルバムはほとんど注目を浴びず、デッカレコードとの契約は1枚で終わる。だが、アルバムに収録されていた「トゥゲザー・フォーエヴァー(原題:Together Forever)」がやはりスコットランドのバンド、リンディスファーン(Lindisfarne)によってセカンド作『フォグ・オン・ザ・タイン(原題:Fog On The Tyne)』(’71)でカバーされるなど、ノークスの楽曲センスは一定の評価を得る。そしてこの時期、やはり同郷のシンガーソングライターで、フィフス・コラムというバンドをやっていたジェリー・ラファティとジョー・イーガンに誘われ、ノークスはスティーラーズ・ホイールの結成に加わる。後に「スタック・イン・ザ・ミドル・ウィズ・ユー(原題:Stuck In The Middle With You)」の世界的なヒットでも知られる英フォークロックの名バンドなのだが、ノークスはデビュー盤が出る前に脱退しているので、彼の参加した音源が残されていないのは惜しまれるところ。喧嘩別れしたわけではなく、ジェリー・ラファティとジョー・イーガンはノークスのソロ作のレコーディングに参加するなど、交流は続く。特にジェリー・ラファティとは長く友好的な関係が続いたようだ。

そして、スティーラーズ・ホイールやジェリー・ラファティと同じA&Mレコードから、ノークスのセカンド作『ラブ・ノークス(原題:Rab Noakes )』(’72)がリリースされる。引き続きバンド編成で、スティーラーズ・ホイールでの経験も加味し、バンドならではの聴かせどころ、デビュー作からさらに深めたルーツ色など、内容はかなり聞きごたえのあるものに仕上がっている。プロデュースにはボブ・ディランの諸作、サイモン&ガーファンクルを手掛けたボブ・ジョンストンがあたるなど(彼は先述のリンディスファーンの『フォグ・オン・ザ・タイン(原題:Fog On The Tyne)』のプロデュースを担当しており、その流れでノークスのことを知ったのだろう)、ノークス自身も自信作だったが、これも売れなかった。いいんだけどなあ〜と、思わずつぶやいてしまうのだが、結果は虚しく、A&Mとの契約もこれで終わる。それでもミュージシャン、業界受けするというのか、さほど間をおかず、今度は大手ワーナーとの契約がまとまる。それを機に心機一転、ノークスはアメリカに活動拠点を移している(すぐまたグラスゴーに戻るのだが)。
充実のアメリカ録音の2枚も ノークスを知る必聴盤

おまけにノークスの希望だったのか、なんとナッシュビルでのレコーディングが実現するのだ。『レッド・パンプ・スペシャル(原題:Red Pump Special)』(’73)と題されたアルバムはこれまたセッションには名うてのスタジオミュージシャン集団のエリアコード615、メンフィス・ホーンズの面々が参加するという、クレジットを見ただけでおおーっと唸らされるラインナップ。仕上がりも上々だった。もう1枚、続く『ネヴァ・トゥー・レイト(原題:Never Too Late)』(’75)は西海岸に移動し、こちらにも盟友ジェリー・ラファティとジョー・イーガンのほかにベン・キース、アーティ・トラウムといった米国人のプレイヤーを招き、レコーディングが実現している。このワーナーの2作はこれまたニール・ヤングやゴードン・ライトフット、ジャニス・ジョプリン、他、数々の名作をものにしている名プロデューサー、エリオット・メイザーが担当している。日本で最も知られるノークスのアルバムと言えばこの2作だろう。私も最初、本コラムで『レッド・パンプ・スペシャル』を取り上げようと考えていた。過去に“名盤探検隊”のシリーズで日本で初CD化され、英国スワンプ・ロック(注1)の隠れ名盤的な扱いで紹介されていた。今でもラブ・ノークスと言えば、この2枚を思い浮かべる人が多いのではないか。アメリカ音楽に接近しながら、どうしようもなく英国らしい、曇り空を思わせるようなウェットな質感がそこかしこにある。いろんな人がそんな風に彼の音楽性を語っている。

※注1/スワンプ・ロック 米国南部のカントリーやブルース、R&Bの影響を感じさせるアーシーなサウンドを特徴としている。

これと言ったヒットに恵まれていないのに、ワーナーがノークスにチャンスを与えたというか、そこまで後押ししたのはなぜだったのだろう。過去の諸作にある楽曲のクオリティーが非常に高いこと、微妙にアメリカ指向の音楽性があること。パンク/ニューウェイブ・ムーブメントが起こる以前のシンガーソングライター、西海岸フォークロック、AOR路線などがチャートを賑わせるなど土壌は揃っているのだから、「あいつもそろそろブレークするんじゃないか」と期待したのかもしれない。過去の、特にプロデューサーに恵まれたところを見ると(5作目はテリー・メルチャー)、関係者間で彼の評判はことのほか良かったのではないか。しかし、このワーナーでの2作も当時はそれほど売れたわけではなく、というか酷な言い方をすれば、またしても不発だった。
2000年代に入ってからの 充実ぶりにも注目したい

されど、ノークスは元ビートルズのリンゴ・スターが始めた『リング・オー』レーベルに80年代もコンスタントにアルバムを発表していたのだから、才能プラス強運の持ち主といっていいかもしれない。さすがに90年代は1枚も出ていない。ついにノークスも道を断たれ逼塞していたのか?…と言えばさにあらず、実はBBCのラジオ・スコットランドのシニアプロデューサーの職を得て、彼は毎日オフィスに通う生活を送っていたのだ。シンガーではないものの、音楽業界に身を置いていたのだから、これもある意味ラッキー?

そして、約10年ほどBBCでの仕事を勤め上げ、その職を辞すると、彼は自らインディーズレーベル『NEON』を立ち上げ、以前にも増して旺盛な活動を再開する。その頃の写真を見て随分驚かされたものだ。ピシッと糊の効いたシャツに皺ひとつないオーソドックスなスーツを着て、白くなった髪をきれいに撫でつけ、まるで定年間近の初老の紳士というか、庶務課で日がな給料計算でもやっていそうな風貌なのだ。若い頃の面影を必死で探っても、その片鱗は見つけられず、まるで別人に見える。だが、ミュージシャン魂というか、シンガーとしての魅力は少しも衰えておらず、むしろ磨きがかかっているふうだから見上げたものだ。ラジオで培ったフレキシブルなセンスだろうか、オリジナルにこだわらず、あのトーキング・ヘッズの「サイコ・キラー」やベックの「デヴィルズ・ヘアカット」をさりげなくカバーしてみせたりする。若い頃から気負いを感じさせない人だったが、老界に入っていっそう無理のないヴォーカルに磨きがかかり、洒脱な味わいを加えている。オリジナルの曲づくりも実に巧み。足りないものを探すとすれば、ヒット性だろうか。でも、そんなことが歌、曲の評価を決めることではない。ノークスらしさ、があれば充分だ。

2000年以降の旺盛な活動には目を見開かされる。自らの旧作のリイシュー、新作、ライヴ録音、また長いつき合いとなったバーバラ・ディクソンとのデュオ作を出す一方、ザ・ヴァラフレイムスというバンドを組み、アルバムも2作残している。どれも時代の主流になり得ないものだけれど、全て秀作と言っても過言ではない。だからこそ、それらがほとんど一般に知られないまま、彼が急死(死因は不明。突然死と言われている)してしまったことは残念でならない。

代表作ということでは別のアルバムを選ぶことも考えられたのだが、彼の庶民的な音楽性、フォーキーな作風が今なお胸を打つデビュー作『ドゥー・ユー・シー・ザ・ライツ』は英国フォーク・ロックの名盤だ。ぜひ聴いてみてほしい。また文中にあるノークスとつきあいのあったジェリー・ラファティー、バーバラ・ディクソンについても、いつか個別に紹介できる機会があればと思っている。
TEXT:片山 明
アルバム『Do You See The Lights?』
1970年発表作品

<収録曲>

01. ドゥ・ユー・シー・ザ・ライツ?/Do You See The Lights?

02. ソング・フォー・ア・プリティー・ペインター/Song For A Pretty Painter

03. オン・マイ・オウン・アイ・ビルト・ア・ブリッジ/On My Own I Built A Bridge

04. ウィズアウト・ミー,ジャスト・ウィズ・ユー/Without Me, Just With You

05. サムホエア・トゥ・ステイ/Somewhere To Stay

06. トゥゲザー・フォーエバー/Together Forever

07. ワン・モア,ワン・レス/One More, One Less

08. イースト・ノック・ミスフォーチュン/East Neuk Misfortune

09. ア・クエッション・オブ・トラベリング/A Question Of Travelling

10. トゥー・オールド・トゥ・ダイ/Too Old To Die

11. ア・ラブ・ストーリー/A Love Story

12. サムバディ・カウンツ・オン・ミー/Somebody Counts On Me
アルバム『Do You See The Lights?(Re-Issue)』(‘08)
2008年発表作品

<収録曲>

01. ドゥ・ユー・シー・ザ・ライツ?/Do You See The Lights?

02. ソング・フォー・ア・プリティー・ペインター/Song For A Pretty Painter

03. オン・マイ・オウン・アイ・ビルト・ア・ブリッジ/On My Own I Built A Bridge

04. ウィズアウト・ミー,ジャスト・ウィズ・ユー/Without Me, Just With You

05. サムホエア・トゥ・ステイ/Somewhere To Stay

06. トゥゲザー・フォーエバー/Together Forever

07. ワン・モア,ワン・レス/One More, One Less

08. イースト・ノック・ミスフォーチュン/East Neuk Misfortune

09. ア・クエッション・オブ・トラベリング/A Question Of Travelling

10. トゥー・オールド・トゥ・ダイ/Too Old To Die

11. ア・ラブ・ストーリー/A Love Story

12. サムバディ・カウンツ・オン・ミー/Somebody Counts On Me


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