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10月4日、くるりの14枚目のオリジナルアルバム『感覚は道標』がリリースされた。今作はメジャーデビュー時のオリジナルメンバー3人で、ジャムセッションで出てきたアイディアを発展させながら楽曲作りをしたとか。先ほど1曲目「happy turn」をチラッと聴かせてもらったら、“確かに…!”と思わせる音像で、これはちょっとじっくり聴かなくては…と思っている次第だが、まずは仕事。今週はニューアルバムが出たくるりが、2008年に発表したライヴアルバムを紹介する。10月13日からは映画『くるりのえいが』が公開されるので、こちらも観に行かなければ…と思っております。
メンバーの変遷から見る、くるり
くるりのニューアルバムのタイトルが『感覚は道標』と聞いて、何ともまぁ、らしい題名を付けたものだと感心させられた。このバンドはずっと感覚的に動いてきたように思う。自分は音源が発表される度に速攻で聴き漁るほどにはくるりを聴いてきてはいないけれど、筆者のみならず、こういう仕事をしている人なら、その動向は逐次、耳に入っていたに違いない。ファンならずとも、音楽専門誌を定期的に読んでいる(あるいは読んでいた)というような人も同様で、何か事が起こる度にそれを見聞きしてきたことだろう。そこを知らない読者のために、まずはそこを整理しておききたい。言わずもがな、メンバー問題である。ご存知の方はこのブロックは読み飛ばしてもらっても構わない。
くるりは岸田 繁(Vo&Gu)、佐藤征史(Ba)、森 信行(Dr)の3人で1998年にメジャーデビューした。以降、1stアルバム『さよならストレンジャー』(1999年)、2nd『図鑑』(2000年)、3rd『TEAM ROCK』(2001年)と(傍から見る限り)順調にアルバムを発表。その後、彼らの大学時代の音楽サークルの先輩だった大村達身(Gu)が加入し、4th『THE WORLD IS MINE』(2002年)をリリースする。しかしながら、そのレコ発ツアー終了後に森が脱退してしまう。その翌年2003年には米国人のChristopher McGuire(Dr)の加入を発表。新メンバーで5th『アンテナ』(2004年)を制作、発表するも、正式加入から1年経たずにMcGuireも脱退する。6th『NIKKI』(2005年)発表したのち、2006年に今度は大村が脱退。くるりは2人となった。岸田、佐藤でのくるりはわりと長く、筆者などはそのまま続くものとばかり思っていたところはある、その想像に反して、2011年には、吉田省念(Gu)、ファンファン(Tp&Key)、田中佑司(Dr)がバンドに加入し、一気に5人組となった。その後、半年余りで田中が脱退したことも含めて、個人的には少し驚いた記憶がある。
2012年には、全19曲、収録時間72分超と、バンド史上最多数で最長時間の10th『坩堝の電圧』(2012年)を作り上げた。しかし、2013年に吉田が脱退。その後は、ファンファンが産休のために一旦ライヴ活動を休止した期間があったものの、しばらく3人でのくるりが続いていたが、13th『天才の愛』を最後に彼女が脱退し、再び岸田、佐藤の2人となった。しかし…である。最新作の14th『感覚は道標』(2023年)ではオリジナルメンバーであった森が参加。森がくるりに正式加入するという話は聞こえてきていないので、多分サポートのままなのだろうが、ジャケ写には森も入っているのは、従前のバンド観からすると、どう捉えていいのか分からない。
最新と今後の動向はさておき、ここまで記してきたメンバーの変遷はやはり少し異様に映る。どんな社会、それこそ学校や会社でも人の出入りは常にあるので、バンドであっても別に不思議ではないし…いや、バンドであればメンバーチェンジは当然起こり得るものではあろう。しかしながら、くるりの場合は昨今のシーンでは類を見ないほどにそれが多い。バンドは元来、計画性を持ってやるものではないことも理解している。だが、ここまで多いと、言い方は悪いが行き当たりばったりである印象も否めない。特に新加入のドラマー2人の脱退の早さにそれを感じる。“このバンドはずっと感覚的に動いてきたように思う”と言ったのはそこである。メンバーの流動性は合理的だったのかもしれないが、おおよそ論理的には思えない。直感的にメンバーの加入が決まり、直感的に離れていく。そんなことが繰り返されてきたように感じるのである。もっとも、それが悪いとか、その姿勢を糾弾しよう…なんてつもりはさらっさらない。ホントまったくない。そういうところが、メンバー──とりわけ岸田、佐藤両名が望むと望まざるとにかかわらず、我々が何となく抱いてしまっている、くるりというバンドが放つ独特の緊張感に間違いなく繋がっていると思うからである。何が起こるか分からない。くるりは、そういう面も、他に類を見ないほどに持ったバンドだと思う。
オーケストラコンサートを収録
メンバーチェンジの多さが影響しているかどうか分からないけれど、バンドが手掛ける作品も多岐に渡っていて、作品毎のテーマというか方向性というか何と言うかが、少なくとも聴き手にとっては印象が異なる。そこは、くるりの特徴と言えると思う。“影響しているかどうか分からない”と述べたのは、作品毎に異なっているからメンバーチェンジが多いのかもしれないと思うからだが、そこはメンバーにしか分からないし(もしかするとメンバー自身もよく分かってないのかも…)、その辺を考察すると長くなるので、それはさておき、先を急ぐ。個人的に最もドラスティックな変化を感じたのは、7th『ワルツを踊れ Tanz Walzer』である。作品の変遷、変化については、以前、当コラムで『アンテナ』を紹介した時にも触れたので是非そちらをご参照いただければ幸いである。
『ワルツを踊れ Tanz Walzer』は、作品概要からして他作品とは異なる。[クラシック音楽からの影響を前面に押し出したアルバムである。本作のレコーディングは、日本のロックバンドとしては初めて音楽の都、オーストリアのウィーンを中心とした地域で行なわれた(トラックダウンはパリ)]というWikipediaの説明が端的だろう。ロックのクラシック音楽の取り込みは1960年代のプログレにもあったで、とりわけ珍しいものではないが、くるりの場合はそれとも違っていて、曲作りは譜面を書くところから始めるとか、クラシック音楽の伝統的な手法…といったものをバンドに持ち込んだのである。そんなバンドは、少なくとも日本において聞いたことはなかったので、驚いた…というよりも、何か異次元のようなものを感じたというのが正直なところだった。何だかよく分からないけれど、すごいことをやるバンドという印象がはっきりした。メジャーデビュー時のキャッチコピー“すごいぞ、くるり”の真の意味を初めて理解したのは、『ワルツを踊れ~』の時だったように思う。
今のところ、くるり唯一のライヴアルバムである『Philharmonic or die』は、『ワルツを踊れ~』の翌年にリリースされたものだ。[Disc1には2007年12月11日(火)と12日(水)にパシフィコ横浜の国立大ホールで開催されたウィーン・アンバサーデ・オーケストラによるライヴ、Disc2には2007年12月6日(木)に京都の磔磔で行なわれたライヴを収録]とある通り、『ワルツを踊れ~』発表から半年後に開催されたホールコンサートとライヴハウス公演が収められており、ウィーンで録音された新作を経てバンドがどうビルドアップしたのかが分かる代物という見方が出来よう。その意味では、Disc1に収められた『ワルツを踊れ~』収録曲以外が注目だと思う。D1-M3「GUILTY」、D1-M6「春風」、D1-M7「さよなら春の日」、D1-M8「惑星づくり」、D1-M9「ARMY」、D1-M11「WORLD’S END SUPERNOVA」である。
まずD1-M3。『THE WORLD IS MINE』frは爆裂ギターのオルタナ的サウンドで、これだけを聴くと、“これにどうやってストリングスを絡める?”と素人にはその手法が想像も付かないが、原曲の激しさを損なうことなく、弦楽奏を加えている。例えば、サビ前のブリッジ部分にオケヒを入れるとか(発想が素人なのはご勘弁)、取って付けた感じは当然のことながらまったくなくて、あたかも元来そういうアレンジだったように聴こえる。D1-M6「春風」ははっぴいえんど的というか、とてもくるりらしいメロディーが柔らかく響くナンバー。原曲は素人でも“これは綺麗なストリングスが合いそうだ”と思うところで、実際、D1-M6ではサビメロの他、随所で流麗な弦楽奏が楽曲全体に深みを加えている。しかし、それだけで終わらない。アウトロがすごい。原曲はサイケな匂いはしたものの、そこまでロックロックした感じはなかったのだが、D1-M6の後半は重厚なサイケデリックロックとなっていく。ツインギターの掛け合い。ヘヴィに迫るリズム隊。そこに重なるストリングスがまた絶品で、「春風」の本性というか、フェードアウトで終わる原曲のディレクターズカットを聴かせられたようである。相当カッコいい。これは必聴である。
シングル「ロックンロール」(2004年)のカップリング曲であったD1-M7は、そこでもフィドルが鳴らされているので、弦楽奏との相性がいいことは事前に予想が付くが、琉球風とも中華風とも捉えられる歌のメロディーと米国カントリーの融合という楽曲全体の不思議な世界観がスケールアップしている印象がある。D1-M8はアルバム『図鑑』版のほうは、ちょっとテクノ的というか、ミックスの面白さも感じられるインストダンスミュージック。対して、この『Philharmonic or die』版は当然一発録りなので、楽曲の骨子は同じでも、自ずとその性格は変わってくる。その点で言えば、D1-M8はライヴならではダイナムズムにあふれていると思う。バンドはバンドでアンサンブルの面白さ──グルーブ感が表れているし、弦楽奏団はそれにちゃん追随して融合させながら、弦楽奏ならではの聴きどころを自己主張してくるところも素晴らしい。楽曲の終わり方の切れの良さも生演奏ならではのことだろう。そこもまたカッコ良い。
D1-M9もフワッとした歌のメロディーとテンポからすると、オーケストラとは合いそうだと素人は考えるし、実際のところ、『THE WORLD IS MINE』版のサウンドの広がり、奥行きを新しく解釈して、ストリングスで再現したようなアレンジと言ってもいいだろうか。原曲になかったドラマチックさも加わっているように思う。D1-M9で気づいたのは、この盤の音の良さ。原曲で印象的なアコギのストロークは健在であることがよく分かる。Disc1の[ミックスの出来にボーカルの岸田繁は「氏の巧みの技の連続に失禁寸前」と評し]というのも納得である。D1-M6を「春風」の本性と前述したが、D1-M11にも似た感触がある。原曲はそのエレクトロ要素からハウス色が強いと言われているが、基本はファンク。ギターのカッティング、オフビートなリズムからそう思う。D1-M11では原曲のデジタル音を生のストリングスに置き換えたからなのか、弦楽奏が大仰に鳴っている印象もあって、躍動感が増していると感じる。サポートメンバーである佐橋佳幸氏のギターによるところも大きいのだろう。原曲は原曲で、あのクールさも当時のくるりっぽさ──引いては、2000年代の日本のロックを代表する空気感にあふれていて、どちらがどうということはないけれど、D1-M11もまた曲の汎用性のようなものを感じさせる実例ではあろう。この6曲だけを挙げてみても、彼らの音楽が豊かに、ふくよかになったことがよく分かる。『ワルツを踊れ~』を経て、バンドは大きく体力をアップさせたことは間違いない。(ここまでの[]はすべてWikipediaからの引用)。
地元・京都の磔磔でのライヴも同梱
さらに、くるりのすごさは、『Philharmonic or die』のDisc2にもあるように思う。前述の通りDisc2はオーケストラとのコンサートであったDisc1の5、6日前のライヴハウス公演を収録している。5、6日前である。Stefan Schruppを指揮者に迎え、Ambassade Orchester Wienとともにやるコンサートは、今となっても、傍目にも特別な公演であったことがうかがえる。その直前に地元のライヴハウスで演奏するということ自体が、何ともロックバンドらしいではないか。アントニオ猪木の“いつ何時、誰の挑戦でも受ける!”じゃないけれど、勝手にロックミュージシャンのプライドを感じるのである。それは筆者の妄想としても、Disc2にはその妄想を後押しする楽曲が収録されている。D2-M10「アナーキー・イン・ザ・ムジーク」がそれである。そもそもこの楽曲は『ワルツを踊れ~』版からして、バンドアンサンブル中心というか、素人にもストリングスがなくても充分楽曲が成立すると思わせるナンバーである。『ワルツを踊れ~』収録楽曲の中で最もエッジーでもあるし、翻って考えると、これを『ワルツを踊れ~』に入れたことにもロックバンドらしさを感じるところでもある。『Philharmonic or die』ではDisc2だけでなく、ご丁寧にDisc1にも同曲を入れている。のちに発売された映像作品『横濱ウィンナー』には『Philharmonic or die』未収録の楽曲も収められており、他にも収録候補曲があったと思うと、(これも素人考えだが)Disc1にどうしても「アナーキー~」を入れなくてはならなかった…ということもなかったのではないかと考えるし、何か意図があったと想像させる。思わず、深読みすらしてしまう。
《全然 場違いで結構/調子はずれのリズムで結構/そこが案外ツボだったりして/クロマチックで這い上がってゆく》《全然 間違いで結構/ハイやロウをしらみつぶしにして/揺れ動く 心の隙間ちょっと覗いてみて 誰がなんと言う/全然 間違いで結構 五線譜の隙間のお玉杓子/シャープも フラットも ナチュラルも/ホールトーンで這い上がってゆけ》(「アナーキー・イン・ザ・ムジーク」)。
「アナーキー~」はこんな歌詞だ。クラシックを超越した音楽の快楽を表現しているようでもあるし、それはロックすらも超えているのかもしれない。音楽の本質、引いては“表現とは何か?”と訴えているようでもある。この辺からも、くるりというバンドの感覚がうかがえる。
TEXT:帆苅智之
アルバム『Philharmonic or die』
2008年発表作品
<収録曲>
■Disc1
1.ハイリゲンシュタッド
2.ブレーメン
3.GUILTY
4.恋人の時計
5.コンチネンタル
6.春風
7.さよなら春の日
8.惑星づくり
9.ARMY
10.アナーキー・イン・ザ・ムジーク
11.WORLD’S END SUPERNOVA
12.ジュビリー
■Disc2
1.夜行列車と烏瓜
2.青い空
3.すけべな女の子
4.帰り道
5.ハイウェイ
6.アナーキー・イン・ザ・ムジーク
7.ばらの花
8.宿はなし
9.東京
10.モノノケ姫
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