アメリカン・フォーク界の重鎮、ポール・サイモンが挑んだ異文化圏コラボレーションが投げかけた成果と波紋

2022年7月1日 / 18:00

前回、前々回とブラジル/ボサノヴァ音楽の名盤を紹介した。その関係で80年代~90年代に堰を切ったように我が国に紹介されだした米英語圏以外の音楽、つまりワールドミュージックについて振り返る時間が多くなった。そこで、ついでというわけではないのだが、今回は西洋音楽、ワールドミュージックと米英語圏のポピュラー音楽との関係を考える上で、記念碑的なアルバム2枚を選んでみた。

ポピュラー音楽とワールドミュージック、あるいは民族音楽と融合、邂逅を試みたアーティストとしては元ジェネシスのシンガー、ピーター・ゲイブリエルやトーキング・ヘッズのデビッド・バーンもよく知られる存在だが、今回はその筆頭格とも言うべきポール・サイモンの『グレースランド(原題:Graceland)』(‘86)と『リズム・オブ・ザ・セインツ(原題:The Rhythm Of The Saints)』(‘90)を取り上げてみたいと思う。両作は対となるアルバムで、まとめて紹介することに、たぶん異論はあがらないだろう。

ポール・サイモンの経歴を紹介し出したら、複数ページを必要としてしまうはずなので思い切って省かせていただくが、サイモン&(アート)ガーファンクル、その前身となるトム&ジェリーとして1957年頃からプロのキャリアをスタートさせてから、現在まで絶えずクリエイティブあふれる創作活動を続けてきた。現在80歳というから同じフォーク出身としてはあのボブ・ディランより一歳若いものの、デビューは5年ほどサイモンのほうが先輩である。2018年9月にライヴツアーからの引退が発表されたが、コロナ禍にはファミリーや友人を伴ってのミニライヴ配信なども頻繁に公開され、元気な姿を見せていた。目下のところの最新作は『イン・ザ・ブルー・ライト(原題:In the Blue Light(’18)で、一応これがキャリア最後のアルバムである、とも発表されているのだが…。

※ポール・サイモンの名盤は過去にも本コラムで何度も紹介しているので、併せてお読みいただければと思う。
『グレースランド』が制作される以前からポール・サイモンはすでにアメリカ音楽界において“大家”と呼ばれるに相応しい実績を、前述のサイモン&ガーファンクル、ソロ活動を通じて示してきた。しかし、1981年に11年振りにガーファンクルと組み、ニューヨークのセントラルパークで53万人もの観客を集めたフリーコンサートは大きな話題を集めたものの、その時期ソロ作はヒットせず、セールスも惨敗。83年に発表された5枚目となるソロアルバム『ハーツ・アンド・ボーンズ(原題:Hearts and Bones)』はサイモンらしいクオリティーの高い作品ではあるが、楽曲の魅力が伴わず、どこか精彩を欠いている。低迷期に陥っていたと言えるだろうか。
アパルトヘイト(人種隔離政策)に 揺れる南アフリカ共和国へ

ソロ作の不評を振り払うように、心機一転サイモンは南アフリカに飛び、現地のミュージシャンとセッションが開始される。南アフリカ、アメリカ双方のレコーディングセッションからなるアルバムには、現在も活動中で、南アフリカを代表するグループであるレディスミス・ブラック・マンバーゾ(Ladysmith Black Mambazo)らアフリカ勢、対するエイドリアン・ブリュー(元フランク・ザッパ、キング・クリムゾン、トーキング・ヘッズ他)、スティーブ・ガッドをはじめとした米国勢ががっぷり組み、全編にアフロビート、ポリリズムが踊り、なおかつサイモンらしいフォーキーなメロディー、アコースティックギターの美しい響きも同居するという異色のコラボレーションとなり、アルバムは86年に発表される。リリースされるや、評論家筋からも絶賛され、アルバムはチャートを駆け登り、イギリスやフランスなど世界各国でチャート1位(アメリカでは3位が最高)を獲得、現在までおよそ500万枚の売り上げを記録している。そして、グラミー賞最優秀アルバム賞(1986年度)を受賞する。文字通り、起死回生という以上に、キャリアを代表する傑作と万人が認める一方、サイモンは思わぬ批判にさらされる。サイモンが南アフリカのミュージシャンに参加を求めてレコーディングを行なったこと、なおかつ南アフリカ共和国に利益をもたらすことは、当時南ア共和国がとっていた悪名高きアパルトヘイト人種差別政策に対する西側諸国のボイコットに反し、それを妨害する掟破りであるという声があがったのだ。

※タイトルとなった「Graceland」とはメンフィスにあるエルヴィス・プレスリーの邸宅のことを指している。

リリース当時、西側欧米諸国は南アフリカ共和国のアパルトヘイト政策に反対しており、同国の文化をボイコットしていたからだ。さらに、南アフリカ共和国のミュージシャンを起用したことに対しても文化的搾取であると、これは当時サイモンと同業のミュージシャン、アーティストの中からも批判の声が少なからずあがったものだ。

サイモンには実は前歴がある。1966年に発表されたサイモン&ガーファンクルの3作目『パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム(原題:Parsley, Sage, Rosemary and Thyme)』に収録された「スカボロー・フェア/詠唱(原題:Scarborough Fair/Canticle)」を、あろうことかリリース当初、作詞、作曲にポール・サイモン、アート・ガーファンクルとクレジットしていたのである。同曲がシングルカットされてヒットし、また映画『卒業』の挿入歌として話題になるや、英国の堅いフォーク研究家らの間で、これは看過できないとサイモンらを非難したのだ。サイモンとしては歌詞に自作の反戦歌「ザ・サイド・オブ・ア・ヒル」から引用した詞を加え、対位法的にガーファンクルのメロディーを使うという独自のアレンジを加えているため、批判にはあたらないという判断だったが、英国側は盗作、文化的搾取であるとして追求の手をゆるめず、サイモンらは以降長く英国、特にスコットランドでの公演は行えなかったという。

※現在はScarborough Fair/Canticle” (Traditional, arranged by Paul Simon, Art Garfunkel)とクレジットされている。

※同様に英国民謡『スカボロー・フェア』のメロディーをベースに書かれたボブ・ディランの「北国の少女(原題:North Country Girl)」も盗作であるとして批判された経緯があることも、以前ディランのアルバムを紹介したこのコラムで触れた。

そんな経緯があったためか、『グレースランド』を巡っては国連で討議される異例の事態となる。最終的には反アパルトヘイト特別委員会は最終的にアルバムは純粋に黒人ミュージシャンの才能を示すものであり、南アフリカ共和国政府をなんら利するものではないと判断を下している。それから36年がたっているが、サイモンに対する批判が全く消えたわけではない。スコットランドでは未だに彼を毛嫌いする人がいるし、しつこく本作を“かっぱらい”であると、辛辣にこき下ろす批評家もいなくなったわけではない。
批評家には批評家の 考えがあるとは思うが…

これまたサイモン絡みであるが、彼がサイモン&ガーファンクル時代にアルゼンチンのフォルクローレ「El Cóndor Pasa」を題材に、ヒット曲に仕立て上げた「コンドルは飛んでいく」などは、アルゼンチンの歌を世界に広めたとして、こちらは批判どころか、逆に同国から感謝されたという。

※ 「コンドルは飛んでいく」はアルバム『明日に架ける橋(原題:Bridge over Troubled Water)』(‘70)に収録。

また、たとえばカントリーミュージックが英国由来の民謡とアパラチア・マウンテン周辺で民衆に親しまれたヒルビリーと混ざり合うことで生まれたように。ゴスペルがブルースと混ざり合うことでソウルミュージックが生まれたように。ポピュラー音楽はいつも異なるタイプの音楽が混ざり合うことで新たなスタイル、スターを産み出してきたのではないか。楽器だってそうだ。ロックやフォークに欠かせないメイン楽器のひとつである6弦ギターだって、元はスペイン、ポルトガルがルーツで、バイオリンは中国やモンゴル、中近東の擦弦楽器が進化したものだ。クラシック音楽で活躍するそれが、民衆の集うパブや集会の場でフォークダンスの伴奏楽器に用いられると呼び名はフィドルに変わったりする。それからマンドリンはイタリアから、そしてカントリーやフォークでよく使われるバンジョーはアフリカから奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられた人たちによって伝わったものだ。

英国のバラッド等、スコアではなく口伝えで伝承されてきた音楽は民族の血、魂に等しいものであることは容易に想像がつく。それだけに異国の文化圏の人間が、安易にではなくとも、それに手をつけ、勝手に解釈を加えたりすることは許し難い行為でもあるとするのも理解できなくはない。それでも、ポピュラー音楽、民衆の音楽の成り立ち方を考えれば、サイモンへの執拗な批判はやや偏狭すぎないかとも思うのである。

『グレースランド』にはサイモンの持ち味とも言えるフォーキーなメロディーラインにアコースティックギター、ソフトな彼の歌声というのがあくまでベースとしてある。そこにアフロビート、コーラス、パーカッシヴな演奏が盛大に歌を盛り立てているという趣きである。これはワールドミュージックに耳馴染んでいる2022年現在の耳で聴くから思うのだと弁解しておくが、“それなりに融合してはいるが、さすがに借り物感は否めない”というところだろうか。とはいえ、これが1986年の成果なのだと考えると、それは何と斬新な試みであったか。何よりもレディスミス・ブラック・マンバーゾ(1960年結成~現在)などのグループ、ミュージシャンを西欧諸国に紹介した功績は大きい。本作への参加以降、彼らの海外公演も増えた。また、本作では表記も小さく目立たない役割だが、セネガルのユッスー・ンドゥールはこの後、ピーター・ゲイブリエルのアルバムに招かれ、ソロでもアルバムを発表するなどの活躍を示す。

批判はあったものの、アルバムは好成績を示し、グラミー賞も獲得するなど評価も得てサイモンはこの路線に手応えを感じていた。そして次は南米に向かうのである。
南米ブラジル、アマゾン、 そしてバイーア地方へ

ちょうど、『グレースランド』の作業中のこと、誰からともなく「西アフリカの打楽器のリズムは奴隷貿易で連れていかれた黒人たちによって南米に伝わった」という話をサイモンは耳にする。それは彼の好奇心を激しくゆさぶるものだった。

やがて『リズム・オブ・ザ・セインツ(原題:The Rhythm Of The Saints)』(‘90)というタイトルでリリースされることになるアルバムは、基本的には前作と同様に、サイモンの自作曲を、サイモンを含むアメリカ側ミュージシャンと南米ブラジルミュージシャンによるコラボレーションという内容のものになっている。互いの融合具合はより濃く、自然なものになっている。

中でも最大の聴きものは、1曲目の「オヴィアス・チャイルド(原題:The Obvious Child)」で、バイーア地方の何十人からなるドラムグループ「オロドゥム」による迫力のブラジリアンドラムで幕を開ける。そのほかの曲でも、多種多様なパーカッションが雨あられと、熱帯雨林のスコールのように降り注ぐ。ブラジル(ボサノヴァ)音楽界を代表するシンガー、ミルトン・ナシメントが参加し、サイモンとデュエットする「スピリット・ヴォイセズ(原題:Spirit Voices)」も聴きどころだ。前作『グレースランド(原題:Graceland)』に続き、レディスミス・ブラック・マンバーゾも参加している。南米と南アフリカが音楽でつながったわけだ。ドイツのECMにアルバムを録音し、パット・メセニーやジャズのミュージシャン、ブライアン・イーノやビョークといったアンビエント系アーティストとの共演もあるブラジル音楽界きってのパーカッショニスト、ナナ・ヴァスコンセロス、ヒュー・マケセラらの参加もアルバムを彩り豊かなものにしている。

米国側はサイモンの参謀みたいなスティーヴ・ガッド、ブレッカー・ブラザーズのほか、これまた前作に続き、エイドリアン・ブリューが加わり、意外なところでオクラホマの燻銀のギタリスト、シンガーのJJケールが参加している。それ以外にもクレジット表記にはこちらの知らないミュージシャン、アーティストの名前が並ぶ。ブラジルのミュージシャン、アーティストが関わる録音はブラジルで行ない、あとはニューヨークに戻って残りのセッションが行なわれたようだ。アルバム『リズム・オブ・ザ・セインツ』は『グレースランド』に優るとも劣らぬ英国で1位、米国では4位と大成功を収めたが、ここ日本では両作品ともあまり売れたとは聞いていない点は惜しまれるところではある。

これら、サイモンの2作が出てから早くも30年以上が経ってしまったわけだが、ワールドミュージック、エスニックという呼称さえ古臭く感じられるほどに、今や世界各地の音楽が普通に耳馴染む時代になったことを喜ばしく思う。もちろん、まだまだ身近になったとまでは言えないし、紹介されていない地域、民族の音楽も無数にある。戦争や紛争によって、文化の交流を絶たれてしまっている地域もある。それでも世界には、ヒットチャートや音楽マーケットとは無縁なところにあってさえ魅力的な音楽があり、ネットを通じてそれを聴くのも容易な時代になった。また、そんなふう風に音楽に優劣などつけることなく、楽しむ人たちも増えたことも事実である。サイモンの仕事が万にひとつでも、マイノリティー/マジョリティーの境界を縮める役割を果たしたのなら、それは素晴らしいものになったと言えるのではないか。

国家間の争いを、外交の手段で解決できずにいる政治家の無能ぶりには呆れるばかりだが、いち早く異文化圏に暮らすアーティスト間の交流をしてみせたポール・サイモンの仕事や、近年でもチェロ奏者のヨーヨー・マ(Yo-Yo Ma)率いるシルクロード・アンサンブルの活動を知ると、音楽、文化のレベルでこそ、まだまだやれることはあるのではないかと、その力を信じていたい。
TEXT:片山 明
アルバム『GRACELAND』
1986年発表作品

<収録曲>

1. ボーイ・イン・ザ・バブル/The Boy In the Bubble

2. グレイスランド/Graceland”- 4:48

3. アイ・ノウ・ホワット・アイ・ノウ/I Know What I Know

4. ガムブーツ/Gumboots

5. シューズにダイヤモンド/Diamonds On The Soles Of Her Shoes

6. コール・ミー・アル/You Can Call Me Al

7. アンダー・アフリカン・スカイズ/Under African Skies

8. ホームレス/Homeless

9. クレイジー・ラヴ Vol. II/Crazy Love Vol II

10. ザット・ウォズ・ユア・マザー/That Was Your Mother

11. オール・アラウンド・ザ・ワールドあるいはフィンガープリントの伝説/All Around The World or The Myth Of Fingerprints
アルバム『The Rhythm Of The Saints』
1990年発表作品

<収録曲>

1. オヴィアス・チャイルド/The Obvious Child

2. キャント・ラン、バット/Can’t Run, But

3. コースト/The Coast

4. プルーフ/Proof

5. ファーザー・トゥ・フライ/Further to Fly

6. シー・ムーヴス・オン/She Moves On

7. ボーン・アット・ザ・ライト・タイム/Born at the Right Time

8. クール、クール・リヴァー /The Cool, Cool River

9. スピリット・ヴォイセズ/Spirit Voices

10. リズム・オブ・ザ・セインツ/The Rhythm of the Saints


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