中村中がゼロ年代の最後の年に創り上げた、人智を超えた大傑作アルバム『少年少女』

2022年2月16日 / 18:00

2月16日、中村中、初のオールタイムベストアルバム『妙齢』がリリースされた。2006年のメジャーデビュー以来の代表曲14曲に加えて、昨年12月に配信された「一杯の焼酎」の新バージョン、新曲「あいつはいつかのあなたかもしれない」も収録しており、入門編としてだけではなく、ファンも必聴の作品集と言えそうだ。当コラムもこのタイミングで彼女のアルバム作品を紹介するのだが、中村中のアルバムと言えば、話題性や売上で考えたらデビュー作『天までとどけ』になるのかもしれないけれど、その作品性において、個人的には『少年少女』を強く推したい。これぞ、名盤と呼ぶに相応しいアルバムだと思う。
歌のメロディーラインの太さ

この『少年少女』は発表された2010年に聴いてすごいアルバムだと思っていたことがわりと鮮明に記憶に残っているのだが、今回改めて聴いてみて、これは2000年代邦楽の中で屈指の名作と言っていいのではないかと思った。個人的には、本作をゼロ年代ベスト10に推すことに何ら躊躇しないアルバムである。それほどの傑作だと思う。いや、自分でもかなり大袈裟な物言いであることを承知でさらに調子に乗って言うならば、邦楽オールタイムベストの一作品として推してもいいのではないかとすら思わなくもない。まさに名盤と呼べるアルバムではないだろうか。メロディー、サウンド、歌詞、そのすべてが上質である上に、それらが三位一体となり、音楽ならではの高揚感を聴き手に与えてくれる。その楽曲群がひとつにまとまることで、アルバムならではのテーマ、アーティストが抱くメッセージを浮き立たせる。音楽作品ならでは総合芸術性とでも言おうか、そういうものが確実に内在しているアルバムだと思う。未聴の人にはぜひ一度聴くことを強くお勧めしたい作品である。

本作のどこかどう素晴らしいのか、以下、解説していきたい。まずメロディー。これは『少年少女』収録曲に限らず、中村中楽曲の大きな特徴と言っていいと思うが、彼女が歌う主旋律はとても太い。“[太い]って何だよ?”と訝しがられると思う。自分で言っておいて何だが、自分でもそう感じる。だが、いわゆる個性的とも違うし、単にキャッチーというのとも違うし、その存在感がはっきりとしているという点で“メロディーが太い”と形容するのがいいような気がする。M1「家出少女」、M6「人間失格」、M11「不良少年」という本作の中心と言っていいナンバーが最も太いとは思うが、M4「初恋」にしてもM5「秘密」にしても、M8「戦争を知らない僕らの戦争」、M9「青春でした。」もそのメロディーは印象的だ。アルバムとなると、10数曲中1曲くらいはメロディーに重きを置かないタイプがあっても不思議ではないけれど、そういうこともない。M3「独白」は文字通りモノローグが大半を占めているものの、歌メロがコンスタントに襲ってくるし、それがまたパンチが効いている。歌手としてまったく逃げていないのは当然として、メロディーメーカーとして真っ向から音楽に向き合っていることを受け止めざるを得ないのである。

中村中の楽曲は昭和歌謡に近いとよく言われる。彼女自身もその影響を公言しているから、それはそうなのだろう。確かに、昭和っぽさを感じさせることも事実だし、『少年少女』にもその要素はある。一聴き手として素人なりに分析すると、音符の数が決して多くなく、音階の幅もそれほどあるわけではないけれども、耳に残る旋律という感じだ。落ち着いていながら、しっかりと自己主張している。そんな言い方でもいいだろうか。本作では(本作でも?)コンテポラリR&Bなどでよく見受けられるフェイクを使った歌唱法は見受けられず、しっかりと音符を追ったヴォーカルがほとんどだが、それも歌のメロディーがそこに鎮座しているからだろう。随分と独りよがりで抽象的な説明をしてしまったけれども、彼女の音楽ルーツを示せば、その辺りはよりはっきりとすると思う。中村中が最初に自分で買ったCDは研ナオコのベストアルバムだという。「泣かせて」(小椋佳作曲)、「あばよ」(中島みゆき作曲)、「愚図」(宇崎竜童作曲)などに衝撃を受けたと聞くが、この顔触れをみたら(もちろん、それらの作家陣の模倣をしているという意味ではなく)自身が歌い手になった時、歌のメロディに重きを置くのは当然だし、旋律がドシっとしたものになるのは自明の理と言っても大袈裟ではあるまい。
閉塞感を認識した上での前向きさ

続いて、歌詞について。収録曲の歌詞は決して明るいものばかりではない。シリアスでスリリングなものがほとんどだ。はっきり言ってしまえば、残酷な描写もある。M8「戦争を知らない僕らの戦争」がその最右翼だが、そこまで派手な比喩表現ではないにしても、一人称視点で書かれた心理描写においても、そこにあるものは残酷なまでの閉塞、行き詰まり、孤独の気付きだったりする。

《悪いな、俺は足をやられてる そうかい、おいらは両目をやられた/先に行くんだ、遠くに逃げろと 諦める奴はいなかったけれど/ごめん、私は喉をやられてる このまま死のうと言えなかっただけ》(M 8「戦争を知らない僕らの戦争」)。

《笑えば喜ばれた 生まれた時のようには 戻れないと知った!》(M3「独白」)。

《今は君ばかり 美しくなるのがつらい/僕だけ置いて 大人になってくのが こわい》(M4「初恋」)。

《人の間で生きる事が 息を殺す事ならば/私は向いていないようだ 苦しい それでも生きているなんて》《本当は悔しくて 笑い方わからないくせに/笑ってる 黙ってる それでもまだ生きているなんて/わかってる 誰よりも自分が しょっぱいね》(M6「人間失格」)。

《かえせよ青春 わたしの青春 何度も痛い痛いって泣いてても/離してくれない あいつが好きだった/青春 かえせよ青春 面倒臭い奴って知ってても/離してくれない あいつは わたしの青春でした。》(M9「青春でした。」)。

M9の《面倒臭い奴って知ってても/離してくれない》のどうしようもなく取り憑かれているような様子は、案外飄々としたヴォーカルパフォーマンスが相俟って空恐ろしく感じるほどだ。しかしながら、本作はオープニングにM1「家出少女」、中盤にM7「旅人だもの」、そしてラストにM11「不良少年」を置くことで、そうした残酷さだけではない、もう一方の現実を尽き付ける。世の中はいつも残酷だ。特に若い世代はそれを敏感に察知する。本作が作られた2010年頃もそれは変わらなかった。しかしながら、だからと言って、簡単に絶望していいのだろうか。そんな投げ掛けがアルバムの要所に置かれている。

《何時に帰るかなんてわからない 街では何が起こるかわからない/そんな時代だもの/自分の心くらいは信じたい 小さな憧れだけど信じたい/ずっと ずっと》《力がなくなるまでは走りたい 自分で選んだ道を走りたい/どんな暗闇でも/私に守れるものを見つけたい 命をもらえた意味を見つけたい/いつか いつか いつか》(M1「家出少女」)。

《旅人だもの どうせ 旅人だもの/ひとつの街には 落ち着いていられないんだ/旅人たちよ 今日はどこまで行くの/君がその気なら どこだって終着駅だ》《君がその気なら どこだって通過駅だよ》(M7「旅人だもの」)。

《諦めが肝心と逃げ出した奴もいたけど/何もない毎日はつまらないんだ/やめるなよ 生きる事はやめる事が出来るんだ/すり減って殴られて それでも胸を張れ》(M11「不良少年」)。

残酷から逃げるのでも残酷を中和するのでもない。命令形で語られているものもあるが、明確な指標を示しているわけではない。強いて言えば、中村中自身が“私はこうする”と断言しているだけのようでもある。そこからリスナーは自分自身で答えを見つけ出すような、そんな仕掛けがあるような気がする。聴き手によって受け取り方は様々かもしれないので、以下はあくまでも個人的な見解と前置きするけれども、これらアルバムの要所に置かれた歌詞には前向きさを喚起させるところはあるのではないかとは思うし、そのテーマ性、メッセージ性が本作の良さではあると思う。
楽曲のテーマをサウンドが雄弁に語る

そして、サウンド。『少年少女』収録曲のサウンドはバラエティに富んでいるのが特徴で、まずそれがいいところであるのは間違いないだろう。M 1「家出少女」、M4「初恋」、M 6「人間失格」などオルタナ風のノイジーなギターサウンドを聴かせるナンバーであったり、M 8「戦争を知らない僕らの戦争」やM11「不良少年」のようにダイナミズム溢れるバンドサウンドで構成されているナンバーであったりもあるけれど、それだけに留まらない。“ピンクフロイドか!?”と思わず突っ込みを入れたくなるベースラインから始まるシャッフルのM2「ここは、風の街」。(間奏のギターが破格にカッコいい)。軽快なギターのカッティング、ディスコティックなシンセのファンクチューンM3「独白」。ジャジーというか、ムード歌謡に近い印象のアダルトな雰囲気のポップス、M5「秘密」。ゆったり綺麗なピアノバラード、M10「ともだちになりたい」。…と、いろいろあって単純に聴いていて楽しいのだが(この“単純に聴いていて楽しい”というのは名盤の必要条件だと思う)、それらのサウンドメイクに必然性があるというか、歌詞のテーマやメッセージに沿ったものであるように思われるのが、本作の聴き逃せないところ、大事なところではないかと思う。

M2のベースラインはまさに嵐を予感させるし、M10のピアノは無垢な印象を与えている。M8の重いピアノはテーマの残酷さをそのまま表しているようだし、後半でバンドサウンドがラウドに展開する様子は、さながら爆撃のようである。M9で背後に流れるエレキギターは泣いているかのように聴こえるし、歌詞とは別に楽曲にある感情を表現しているかのようだ。また、M9では♪トゥルル青春〜のコーラス部分もそうで、ポップだが付かず離れずにいつもまでも迫ってくる感じが、まさにここで描かれている青春そのもののようで、気持ちいいやら気持ち悪いやら…(褒め言葉として受け取ってください)。個人的に気づいたところをいくつか上げてみたが、これ以外にもあると思う。歌詞以上に音でテーマ、メッセージを雄弁に語らせている。音楽作品のサウンドの役割はそこだと思うし、『少年少女』はそこもよくできている。あと、これはテーマ云々とは少し離れるかもしれないけれど、M11「不良少年」の間奏のM1「家出少女」のサビメロが奏でられる。これは本作がラストから再びオープニングに戻ることも出来るという円環構造を示唆したものだろう。心憎い仕掛けだ。

サウンドについてはもうひとつ。本作の演奏はほとんど中村中本人が担当しているということを強調しておかなければならないだろう。本作のプロデューサーである根岸孝旨氏は“できるだけふたりで作ろうとした”“無駄に人を増やさなかった”と述懐している。手元にクレジットがないので詳細は割愛させていただくが、本作で彼女は初めてピアノを弾いたというし、ストリングスアレンジも始めて手掛けたという。筆者はそう感じなかったけれども、プロから見たら決して上等なサウンドとは言えないのかもしれない。でも、作詞作曲者がアレンジと演奏を行なっているのだから、そこに作者の意志であったり、意図するものであったりがダイレクトに宿っているのは間違いないだろう。The Beatlesの「Let It Be」でPaul McCartneyが弾くピアノは今もなお“ミスタッチがある”とか、“いや、あれはミスではない”とか、ファンの間で物議を呼んでいる代物だと聞くが、ピアノのプロフェッショナルに言わせると、いずれにしても本来あり得ないものではあるようだ(諸説あり)。だからと言って、あれをクラシックの素養のあるピアニストが弾いていたとしたら、今、我々が知る「Let It Be」にはなってないだろう。Paulのピアノがあってこその「Let It Be」である。それと似たようなことが『少年少女』では起こったようだ。

本作がリリースされたあと、彼女のライヴを拝見させていただいて、その終了後に挨拶をさせてもらった。本稿冒頭で述べたように『少年少女』を聴いてすごいアルバムだと思っていた筆者は、今思うと相当かかり気味に“どうしてこんなにすごいアルバムができたんですか?”と彼女に訊いたことを思い出す。あれから十数年が経ち、さすがに詳細な受け答えは覚えていないけれども、“自分でもよく分からない力が働いたとしか思えない”といった主旨のことを話してくれたことを覚えている。作り手の意志を超えたミラクルが起きていたことは間違いないようだ。『少年少女』は2010年末に開催された第52回日本レコード大賞において優秀アルバム賞にも選ばれている。
TEXT:帆苅智之
アルバム『少年少女』
2010年発表作品

<収録曲>

1.家出少女

2.ここは、風の街

3.独白

4.初恋

5.秘密

6.人間失格

7.旅人だもの

8.戦争を知らない僕らの戦争

9.青春でした。

10.ともだちになりたい

11.不良少年


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