『=(イコールズ)』エド・シーラン(Album Review)

2021年11月1日 / 18:00

 「世界中が待望する」というキャッチコピーが、これほどハマるアーティストも珍しい。それだけ多くのファンが期待を寄せ、いくつのヒット曲が輩出されるのか、世界何か国でトップに立つのか……と、メディアを通じて大きなプレッシャーがのしかかる。大スターと呼ばれる中には、その重圧に耐えきれずメンタル・バランスを崩し、迷走するケースも多々見受けられるが、ペースを乱さず流行にもアンテナを張り、その期待“通り”に応えるエド・シーランの安定性には感服する。

 本作『=(イコールズ)』は、前作『No.6 コラボレーションズ・プロジェクト』(2019年)から約2年、シンボル・アルバム・シリーズとしては『÷(ディバイド)』(2017年)から4年半ぶり、4作目の作品で、その間には2018年にチェリー・シーボーンと結婚、2020年には第一子となる女の子ライラちゃんが誕生するなど、私生活において様々な変化があった。無論、世界を揺るがす新型コロナウイルス感染の影響も含め。今作は、そんな出来事を経て感じたことや、関わる人達への想い諸々が詰まった私小説的な内容で、サウンド面においてもタイトルの“イコールズ”に通じる集大成となっている。

 コールドプレイの『X&Y』(2005年)~ニッケルバックの『オール・ザ・ライト・リーズン』(2005年)まで、UK/USの枠を超えた00年代中期のロック・ポップを彷彿させるパワー漲る傑作「タイズ」は、コロナ禍で見つめ直した自身のキャリアを歌った曲で、ロックダウンの鬱憤を一掃するようなサウンド・プロダクション&ボーカル・ワークは、ツアー再開後のステージをイメージして完成させたとのこと。たしかに、冒頭から“高まり”を感じさせてくれる。制作には、スノウ・パトロールのジョニー・マクダイドが参加した。

 前月にリリースした、アルバムからの2ndシングル「シヴァーズ」は、「シェイプ・オブ・ユー」(2017年)と「アイ・ドント・ケア」(2019年)のいいとこどりをした、万人受けするエド・シーランらしいエレクトロ・ポップで、最新の米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”では9位にTOP10入りし、UKシングル・チャートでは後述の「バッド・ハビッツ」に続き2曲連続で1位に輝いた。ねじれのないスタンダードなラブ・ソング、歌詞に直結した微笑ましいシーン満載のミュージック・ビデオ(デイブ・マイヤーズ作)も完成度高く、ヒットも納得の出来栄え。共作したフレッド・アゲインは、本作のほとんどの曲にソングライター/プロデューサーとしてクレジットされている。

 続く「ファースト・タイムズ」は、ジャスティン・ビーバーの「ラブ・ユアセルフ」(2015年)や、前作収録の「ハーツ・ドント・ブレイク・アラウンド・ヒア」など、こういう曲を書かせたら天下一品のエドが本領を発揮したアコースティック・メロウ。カントリーの味わいが感じられるのは、ソングライターにキース・アーバンやダン+シェイ、キャリー・アンダーウッドなどを手掛けるデビッド・ホッジスが加わっているからだろう。

 6月25日にリリースした「バッド・ハビッツ」は、アルバムの1stシングルで、米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”では現時点で最高2位に、本国イギリスでは記念すべき10曲目の1位を獲得した。パンデミックの影響が徐々に緩和される中で、バラードではなく昨今のブームに則った80年代直系のテクノ・ポップに挑戦したエド。ここでいう「悪い習慣」とは、パーティーでの飲酒~ハメを外した様で、妻のチェリーが妊娠していた際にその習慣を抑え、いつでも駆け付けられるよう自分への戒めとして書いた曲だという。キャットフォードで撮影したドラキュラに扮したMVも曲調にフィットしていて、 何れにおいても文句のつけどころがない完璧な構成といえる。

 同様に「オーヴァーパス・グラフィティ」も80’sっぽい雰囲気のスピード感あるロック・ポップだが、制作当初はテンポの緩やかなパワー・バラードだったそう。それもそのはず、歌っているのは忘れられない誰かを回想するおセンチな男心で、メロディ・ラインやコーラスには忘れられない憧れ……のようなニュアンスも感じられた。

 しっとりとしたピアノとギターの演奏、ストリングス主導のインタールードが美しい「パーフェクト」(2017年)以来のファンが待ち望んでいたバラード「ザ・ジョーカー・アンド・ザ・クイーン」。心に響くメロディを生み出したのは、ルイス・キャパルディの「サムワン・ユー・ラブド」(2019年)を手掛けたサム・ローマンで、同曲や故ダニエル・ジョンストンにも匹敵するクオリティの高さから、シングル・カットも望まれる。微妙な関係性をカード・ゲームに例えた歌詞も、曲調に見合ったムードがいい。

 「リーヴ・ユア・ライフ」は、ファルセットを絡めた情感たっぷりのボーカルで聴かせるミディアム。「遠く離れていても君の人生から離れることはない」と歌うその想いは、今年の3月に亡くなったオーストラリアの音楽家・起業家のマイケル・グディンスキーへの追悼で、葬儀を経て感じたこと、自身の父親や生まれたばかりの娘に対する想い等、人間愛に溢れている。

 米カリフォルニア州出身のシンガー・ソングライター=ベン・クウェラーと共作した、高揚感あるポジティブなパワー・ポップ・ナンバー「コライド」。ベン・クウェラーは妻のチェリーもお気に入りのアーティストで、結婚式には彼の「サーティーン」(2006年)という曲を流したというエピソードもある。つまりは、エドからベンに依頼して完成した曲、ということだ。前曲までのモヤモヤした感情も、この曲で一掃された気がする。

 アンドリュー・ワット&ルイス・ベルのコンビが担当した「2ステップ」は、R&B~ヒップホップ(トラップ)寄りのアップ・チューン。「タイズ」同様、自身のキャリアやミュージシャンとしての悩み、ストレスを吐き出した曲で、『÷(ディバイド)』の冒頭を飾る「イレイサー」流の巻き舌でまくしたてる早口なボーカルが、その心の内をより強調する。意外ではあるが、アンドリュー・ワットとの共作は同曲が初めてで、いくつか作ったうちのお気に入りがこの「2ステップ」だったという。

 「ストップ・ザ・レイン」は歌詞の苛立ちやもどかしい感情が、メロディ・ラインやボーカルに反映した、UKらしいスタイリッシュなダンス・ポップ。これまでに何度か著作権侵害訴訟を巡り、悩まされてきたエド・シーランだが、それを解決してもまだ雨は止まない……という著名作家、トップ・アーティストならではのメッセージ、そしてそこから抜け出す手段について歌われている。本作からも、また同じようなケースに発展する事案がなければ良いが……。

 『x(マルティプライ)』の人気曲「テネリフェ・シー」を彷彿させる、パーカッション&ブラスが心地よいカントリー・メロウ「ラヴ・イン・スロウ・モーション」。街の雑踏から抜け出すべく故郷であるイギリス東部のサフォークへ戻り、ストレス・フリーの環境下で家族時間を満喫する、そんな穏やかな日常を歌った曲で、ソングライターにはそんな雰囲気にピッタリのナタリー・ヘンビーが参加した。

 前曲「ラヴ・イン・スロウ・モーション」より古典的なカントリー、ブルーグラス調の曲となる「ヴィジティング・アワーズ」は、ショーン・メンデスの「フォーリン・オール・イン・ユー」(2020年)で共作したジョニー・マクデイドが制作に加わっている。この曲も、前述のマイケル・グディンスキーの死を受け、悲しみを乗り越えて完成させた追悼曲で、葬儀でも披露された。コーラスには、同オーストラリア出身のジミー・バーンズとカイリー・ミノーグも参加している。8月にはプロモーション・シングルとしてリリースされ、教会で撮影されたライブ・パフォーマンス・ビデオも公開された。優しいメロディに重奏間あるハーモニー、心に響く歌詞から“その強い想い”が読み取れる。

 娘の誕生を前に「子守唄が必要になるだろう」という思いから作った曲「サンドマン」は、お菓子の家や雪だるま、花畑が登場するメルヘンな歌詞を、ジェイソン・ムラーズ「アイム・ユアーズ」(年)直系のオーガニック・メロウの乗せた父親としての優しい愛に溢れた一曲となっている。こういう曲がアルバムに収録されるようになったのは、父親になってから初めてリリースした本作が初の試み。

 「ビー・ライト・ナウ」は、ロックダウンを通じて感じた想い、大切なもの、人、思想を綴った曲。鼓動のようなイントロからはじまるハウス調のエレクトロ・ポップで、モヤモヤした感じで終わらせないのは、エド・シーランならではの演出といえる。未来に向けた煌びやかなサウンド、希望溢れるメッセージいずれも最終曲に相応しい。国内盤のボーナス・トラックには、昨年12月にリリースされた「アフターグロウ」も収録される。

 これまでリリースした『+(プラス)』(2012年)、『x(マルティプライ)』(2014年)、『÷(ディバイド)』(2017年)の3枚に続き、今作は『=(イコールズ)』をリリースしたエド。これに続く次作は『-(マイナス)』なのか、定かではないが既にファンの間で予想が繰り広げられているようだ。その頃世の中がどうなっているのかは見定められないが、悪い意味での「マイナス」ではないことを祈って、次作にも期待したい。

Text: 本家 一成


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