<ライブレポート>中村雅俊、初となるオーケストラ公演の全国ツアー初日西宮公演を開催

2021年9月1日 / 15:00

 2021年8月28日、【中村雅俊 Symphonic Live 2021~Before DAWN~】の初日公演が兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで開催された。

 文学座の若き無名俳優だった中村雅俊がテレビドラマ『われら青春!』の主演に抜擢されたのが1974年。番組の中で歌う挿入歌「ふれあい」(作詞:山川啓介 作曲:いずみたく)はチャート1位、ミリオン・セラーとなった。つまり、ドラマ/映画俳優としてのデビューと、レコード歌手としてのデビューが同時であり、それぞれ今年でキャリア47年目を迎える。

 これまでにシングル55枚、アルバム41枚をリリース。毎年コンサート・ツアーを敢行、公演数は1500回を越える。歌手として積極的に聴き手とふれあってきた彼にとって、はじめての試みに挑戦する。フル・オーケストラとの共演である。

 この日、中村の伴奏を務めたのは総勢57人の演奏者で構成された大阪交響楽団。指揮は円光寺雅彦。ポピュラー・ミュージックのアーティストがオーケストラと共演する、と聞いて、数名のリズム・セクションに楽団員が加わる、という図を思い浮かべる方も多いはず。ところがステージ上にはエレキ・ギターも、ベースも、シンセサイザーも、いわゆるドラム・セットも配置されていない。クラシックの流儀に則った、ガチのオーケストラ仕様である。唯一、アコースティック・ギターとコーラスで参加、中村とも長いつきあいである大塚修司がその荘厳な風景に加わっているだけだ。

 山下康介をはじめ複数の編曲家による手の込んだアレンジがなじみ深い曲を華麗に彩っていく。オーケストラでしか成しえないダイナミズムを活かした表現ではあるが、基本的に録音物で誰もが親しんだ原曲のキーやテンポに忠実であることが、このコンサートのもっとも重要なポイントを突いている。そこに成功のカギがあった。

 歌手が伴奏にオーケストラを擁する、という場合、イメージされるのは楽団の大きな表現に対峙する技巧派、というイメージを思い浮かべる。が、中村は違う。歌に対して慎重に、フェイクすることなく、メロディに向かいあうタイプの歌手である。だからこそ、の新鮮な発見がこのマリアージュには満ちていた。毎年のツアーに駆けつけているファンの人たちにとっては刺激的なアプローチであることはもちろん、筆者のようにはじめて観る中村雅俊の歌を楽しもうとする気持ちにも百パーセント応えてくれる、そんな試みであった。

 冒頭でも触れたように、俳優業とは別に歌手活動を続けてきた中村ではあるが、彼の多くの曲が、彼が主演するドラマの主題歌や挿入歌でもあり、両者は深く関わっている。代表作ともいえる『俺たちの旅』(1975~76年に放映)もまた然り。ドラマの人気とともに小椋佳の作詞・作曲による主題歌は最高2位、87万枚の大ヒットとなった。ジーパンに下駄履きというファッションも1970年代半ばの空気に呼応していた。主人公カースケの答えの出ない日常の逡巡は、アメリカン・ニューシネマの諸作からお茶の間のドラマに流入してきた価値観である「しらけの時代にしらけ切れない」若者の気持ちに寄り添うものがあった。小椋佳による歌詞とメロディは、時代独特のやるせないムードを真空パックしている。その心のひだをオーケストラは丁寧になぞって表現する。感動というより先に、そんな忘れていた感情が呼び起こされることに軽いとまどいもあった。一方的な思い入れではあるだろうが、会場に居合わせた私と同じ年輩の人たちとも同じような感覚を共有していると感じる瞬間が何度かあった。

 懐メロという言葉で集約し切れない、歌と個人との記憶。中村雅俊の曲が持つ強い機能を改めて思い知ることが出来た。

 1982年に発売され、50万枚近いヒットとなった「恋人も濡れる街角」。サザンオールスターズの桑田佳祐の作詞・作曲によるこの曲も同年の松竹映画『蒲田行進曲』のエンディング曲として使用されたが、歌が独立している印象が強い。70年代に定着した中村のパーソナリティを軽く裏切る遊びの要素が息づく、シティポップ歌謡の名曲である。この曲が歌手、中村雅俊のフォルムをより豊かなものに仕立てたのは言うまでもない。

 ここまで「ふれあい」「俺たちの旅」そして「恋人も濡れる街角」とセットリストから外しようがない3曲について触れてみたが、この後も続く公演の楽しみのために、それ以上の曲目は伏せておこう。その中で言えることは、聴きたかった歌は全部披露してくれたことと、曲名は忘れていたものの、聴きながらこの曲も覚えている、という感覚を呼び起こしてくれる曲もいくつかあった。もうひとつ、この曲をオーケストラでやればどうなるのか、というチャレンジ精神に富んだ選曲もあったことを付けくわえておこう。

 中村雅俊という歌手の歴史の中で意義深い試みであったことは言うまでもない。同時に、歌謡曲やポップスがオーケストラと共演するコンサートにおける、観客が持つ記憶と、オーケストラ独自の表現とがナチュラルにふれあうことの成功例として特筆すべきものを感じた。多くの歌手がこのコンサートを見たら、きっと嫉妬するんじゃないだろうか。そう思いつつ、歌手、中村雅俊の個性があってこそ成立するコンサートであることを強調したい。

 オーケストラと共演することの歌手の小さなとまどいは静かに観客に伝わっていった。それを隠そうとせず「ならでは」のキャラクターでリアクションしてみせる中村雅俊の素の魅力を目の当たりにしたことも大きな収穫だった。半世紀近くに渡って保たれ続ける人気の秘訣がそこにあった。負けず劣らずのユーモアを発揮する指揮者、円光寺雅彦との掛け合いも、音楽中心に構成されたプログラムの中で心地よいアクセントとなっている。

 その佇まいは、とても70歳には見えない、という風に若さを強調するよりも、かっこいい70歳を実践していると言いたい。ちょうど10年前に東日本大震災で被害にあった故郷、宮城県の女川へのおもいを語りつつ、コロナ禍における、ひとつの確かな「息抜き」を、これ以上ないかたちで作ってくれた中村雅俊とオーケストラ、そして企画、実行した方々に感謝したい。公演名の副題である「Before DAWN(夜明け前)」をマスク越しに受けとめた。

 明けない夜はない。そう信じて生きていく。

Text by 安田謙一(ロック漫筆)
Photo by 山本成雄

◎ツアー情報
【中村雅俊 Symphonic Live 2021~Before DAWN~】
2021年8月28日(土)兵庫・兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール
2021年9月3日(金)愛知・愛知県芸術劇場 コンサートホール
2021年9月26日(日)熊本・熊本城ホール メインホール
2021年9月30日(木)東京・Bunkamuraオーチャードホール

出演:中村雅俊
指揮:円光寺雅彦
サポートミュージシャン:大塚修司
編曲監修:山下康介
管弦楽:【西宮・名古屋】大阪交響楽団【熊本】九州交響楽団【東京】新日本フィルハーモニー交響楽団
主催・企画制作:ビルボードジャパン
後援:米国ビルボード、TKUテレビくまもと(熊本)
公演HP:http://billboard-cc.com/classics/nakamura-masatoshi2021/

チケット:9,800円(税込)
※枚数制限:1人各公演1申込につき最大4枚まで 
※未就学児入場不可

【コンサートに関するお問い合わせ】
(名古屋)サンデーフォークプロモーション 052-320-9100(全日 12:00~16:00)
(熊本)キョードー西日本 0570-09-2424(11:00~17:00 日曜、祝日休み)
(東京)キョードー東京  0570-550-799(平日11:00~18:00/土日祝10:00~18:00)


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