エクスペリメンタルロックのひとつの完成形となったヘンリー・カウの名盤『不安』

2021年8月6日 / 18:00

ロバート・ワイアット、ケヴィン・エアーズ、リチャード・シンクレアらを擁したワイルド・フラワーズは67年に活動を停止、ソフト・マシーンとキャラヴァンに分裂し、彼らとその周辺にいたアーティストは“カンタベリー派”と呼ばれるようになる。カンタベリー派とひと口に言っても、そのサウンドは多岐にわたるが、基本的には前衛ジャズ、ロック、現代音楽などを融合させたスタイルが底流にある。ソフト・マシーンやフランク・ザッパらのようなアヴァンロックに影響を受けたヘンリー・カウは、ケンブリッジ大に通うふたりの学生(フレッド・フリスとティム・ホジキンソン)によって結成された。当初、彼ら以外のメンバーは流動的で、69年にジョン・グリーヴス(Ba)が、71年にクリス・カトラー(Dr)が参加し、グループは本格的に始動する。今回紹介する『不安(原題:Unrest/旧邦題:アンレスト)』は彼らの2ndアルバムで、緻密に構築された側面と即興音楽の側面の両面を併せ持っており、その後のロックやジャズの進化に大きな影響を与えた傑作だ。
フレッド・フリスの才能

フレッド・フリスはマルチ・インスゥトゥルメンタリストで、世界中の音楽に精通した反体制のアーティストである。ヘンリー・カウをはじめ、彼が参加したアート・べアーズ、スケルトン・クルー、ネイキッド・シティなど、どれもがフリスの音楽そのものであり、彼の音楽世界では即興演奏と譜面演奏、構築と破壊、現代音楽とクラシック、商業音楽と芸術音楽などが普通に共存している。彼はまさしく真の前衛音楽家であり、デレク・ベイリー、ジョン・ゾーン、ビル・フリゼル、ユージーン・チャドボーンらと類似点の多い天才である。ロックファンなら、フレンチ・フリス・カイザー・トンプソンの連名で2枚のアルバム『リヴ、ラヴ、ラーフ&ローフ』(’87)『インヴィジブル・ミーンズ』(’90)を出しているのでご存知の方がいるかもしれない。また、フリスは日本のアーティストとの交流も多い。
ヘンリー・カウの音楽

72年にクレイジー・メイベルというブリティッシュ・ハードロックのバンドでサックスとフルートを吹いていたジェフ・レイが参加し、カウは5人組となる。カンタベリー派の多くに見られるジャズロック的で緻密なサウンドを基本としながらも、フリージャズや室内楽的な要素を前面に押し出した彼らのスタイルは多分に現代音楽の側面が感じられるが、ロックスピリットに満ちているのも確かである。

当時、新興レーベルとして「売れなくても良い音楽を紹介する」というスタンスを持っていたヴァージンレコードと契約、73年に1stアルバム『伝説(原題:Legend/旧邦題:レジェンド(のちにレッグ・エンド)』をリリースする。当時のヴァージンはファウスト、ケヴィン・コイン、マイク・オールドフィールド、ゴング、スラップ・ハッピーなどを次々にリリースしており、硬派のレーベルとして知られていた。ヘンリー・カウの音楽は、リスナーが選ぶのではなくリスナーを選ぶ性質であるだけに、大きなレコード会社では絶対に出せない(今なら尚更かも…)。
本作『不安』について

そして74年、2ndアルバムとなる本作『不安』がリリースされる。ジャケットの靴下デザインは、前作同様レイ・スミスが担当している(靴下は『傾向賛美(原題:In Praise of Learning /旧邦題:イン・プレイズ・オブ・ラーニング)』(’75)でも使われるので、靴下3部作と呼ばれる)。このアルバムではジェフ・レイが抜け、女性の管楽器奏者リンジー・クーパーが新たに参加している。

収録曲は全部で8曲。前半の4曲は譜面に書かれた作曲で、後半の4曲はスタジオに入ってから即興で組み立てられている。これは最初から考えられたものではなく、曲作りがアルバム制作までに間に合わなかったという単純な理由なのだが、結果的にヘンリー・カウの即興性がしっかりと味わえる仕上がりになっており、その完成度はとても高い。

いろいろな要素を詰め込みすぎて雑然としていた感のある前作と比べると、構成はより複雑に、演奏はよりシンプルになっている。冒頭の変拍子ファンク「ウルムを覆うサンカノゴイ鳥の急襲(原題:Bittern Storm Over Ulm)」での高テンション、続く美しい「半眠半醒(原題:Half Asleep; Half Awake)」のドラマ性、12分以上にもおよぶ圧倒的な名曲「廃墟(原題:Ruins)」など、複雑な構成の曲は少なくないが、何度聴いても新たな発見がある。後半のスタジオでの即興部分も、彼らのフリーインプロバイザーとしての面目躍如たる名演揃いで、緊張感に満ちた仕上がりになっている。彼らの音楽が、本作以降のロックやジャズにもたらした影響は計りしれない。
TEXT:河崎直人
アルバム『Unrest』
1974年発表作品

<収録曲>

1. ウルムを覆うサンカノゴイ鳥の急襲/Bittern Storm Over Ulm

2. 半眠半醒/Half Asleep; Half Awake

3. 廃墟/Ruins

4. 厳粛な音楽/Solemn Music

5. リンガフォニー/Linguaphonie

6. ホテル・アドロンに足踏み入れて/Upon Entering the Hotel Adlon

7. 拱廊/Arcades

8. 氾濫/Deluge

9. 手袋/The Glove (Unrest ESD version bonus)*

10. たいまつ/Torchfire (Unrest ESD version bonus)*

11. 序章/Introduction (The 40th Anniversary Box Set version)*

12. 廃墟I/Ruins I (The 40th Anniversary Box Set version) *

13. 半眠半醒/Half Asleep; Half Awake (The 40th Anniversary Box Set version) *

14. 廃墟 II/Ruins II (The 40th Anniversary Box Set version) (0:59) *

15. ハンブルクを覆うサギの大群/Heron Shower over Hamburg (The 40th Anniversary Box Set version (2:29) *

*ボーナス・トラック


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