『JUSTICE』で徳永英明が世に問うた“本当の幸せ”と“本当の愛”とは?

2021年5月26日 / 18:00

デビューが1986年1月ということで、今年は35周年のメモリアルイヤーとなる徳永英明。6月2日には4年振りとなるニューアルバム『LOVE PERSON』のリリースが予定されている。聴く人を癒し、和ませる独特の美声を持つシンガーであることはみなさんご承知のことと思うが、改めて言うまでもなく、彼は単に歌がうまいだけのアーティストではない。カバー集の人気が高ったこともあって、そう感じている方もいらっしゃるかもしれないが、作品毎にテーマを掲げ、作品を通じて自身のメッセージを示すシンガーシンガーソングライターである。当コラムではそんな彼のスタンスが色濃く出た6thアルバム『JUSTICE』を紹介する。

※德永英明の「英」は四画の草冠。
“1/fゆらぎ”を持つ歌声

德永英明を語る場合、彼の楽曲のメロディーうんぬん、サウンドどうこう、歌詞がどうしたと言う前に、まずその歌唱力について触れないわけにはいかないだろう。歌がうまいのはもちろんのこと、音符を正確に奏でるとか、パフォーマンスに迫力があるとか、そういうことだけではなく、彼は聴く人を納得させる声質を持っている。それがヴォーカリスト・德永英明の最大の特徴であることは疑いまでもなかろう。それは“1/fゆらぎ”を持つ歌声とも言われている。

“1/fゆらぎ”とは[パワー(スペクトル密度)が周波数 f に反比例するゆらぎのこと]であり、[具体例としては人の心拍の間隔、ろうそくの炎の揺れ方、電車の揺れ、小川のせせらぐ音、目の動き方、木漏れ日、蛍の光り方などがある]とのこと。[人間の生体は五感を通して外界から1/fゆらぎを感知すると、生体リズムと共鳴し、自律神経が整えられ、 精神が安定し、 活力が湧くと考えられている]そうである。調子に乗ってどんどん引用すると、[物理学者の武者利光による研究で、自然界の1/fゆらぎ音を聴くと脳内がα波の状態になり、人間の生体にリラクゼーション効果をもたらすと発表されている。ヒーリング・ミュージックの効能の説明にも使われる言葉であり、規則正しい音とランダムで規則性がない音との中間の音で、音響振動数のゆらぎが生体リズムのゆらぎと同じ音楽は、人に快適感やヒーリング効果を与えると考えられる。(中略)いわゆる名曲と言われるものも1/fゆらぎを示すことが分かってきた]ともある。また、[1/fゆらぎが一部の人間の歌声にも現れると主張されることもある]とされ、その代表例として、MISIA、美空ひばり、宇多田ヒカルと並んで、德永英明が紹介されている。つまり、彼の歌声は科学的にも裏付けられており、単にシルキーだとか柔らかいだけでは形容し難い美声と言えるのである(以上、ここまでの[]はすべてWikipediaからの引用)。

2005年、収録曲が全て女性ミュージシャン、あるいは女性ヴォーカルのバンドの楽曲で構成された德永英明、初のカバーアルバム『VOCALIST』が大ヒット。以降、シリーズ化し、2010年の『VOCALIST 4』まで4作品が発表され、德永英明の歴代アルバム売上のトップ3は、第1位が『VOCALIST 3』、第2位が『VOCALIST』、第3位が『VOCALIST 2』と、このシリーズが占めている。そのことが“1/fゆらぎ”を持つと言われる彼の美声がどれほど大衆の支持を集めているかの証拠に他ならないだろう。このシリーズに収録された楽曲のほとんどは誰もが知るヒット曲。上記の説を借りれば、曲自体がこれもまた“1/fゆらぎ”を示しているものばかりだ。それがさらに“1/fゆらぎ”で表現されるのだから、聴いていて気持ちが良いのは当たり前と言っていいだろう。

一般リスナーの感想として、これまで原曲はあんまり好みではなかったけれど、德永英明の歌うバージョンを聴いて、改めて名曲であることを知った…なんて声を耳にして、“そりゃあ、原曲を歌った人に失礼というものでは…”と思わず苦笑いもしたが、それほどに德永英明の歌声が魅力的であると素直に受け取るしかあるまい。言うまでもなく、その美声はカバー集からいきなり発揮されたのではなく、デビュー曲「レイニー ブルー」にせよ、初のシングルチャートトップ10入りを果たした「輝きながら…」にせよ、十二分にそれを確認することができる。この『JUSTICE』も然り。これもまた德永英明を代表するヒットナンバーであるM2「壊れかけのRadio」は、少しかすれた感じでありながらもしっかりと圧しがある歌声が、寄る辺なき中で力強く前を見据える歌詞のテーマと見事に合致していて、他の誰にも歌えない珠玉の名曲に仕上げていると言える。
未来を予見したテーマ性

さて、ここからはアルバム『JUSTICE』の中身を見ていこう。今ほどM2に関してちらりと述べたように、本作は“1/fゆらぎ”を持つと言われる美声だけでなく、そこにしっかりとしたテーマがあり、德永英明からのメッセージが内包されていることが特徴であるし、決してそこを見逃してはならない。テーマ。メッセージ。誤解を恐れずに言えば、それは彼からの問題提起と言ってもいいし、あるいは彼自身の自問自答であり、自己啓発であると言ってもいいだろう。アルバムのオープニングからそれは明らかであるように思う。

《夜空を切り裂き ビルが伸びてゆく/仮面をやぶって 人が歩き出す/欲望のカケラが 街を埋めてゆく/小さな叫びが 海へ落ちてゆく》《変わり始める 時代の中で/伺を見るのか 君と/同じ瞳で 同じ拳で/立ち上がれたら/きっといつか/都会にも 綺麗な花が咲くだろう》(M1「NEWS」)。

《何も聞こえない 何も聞かせてくれない/僕の身体が昔より 大人になったからなのか》《飾られた行きばのない押し寄せる人波に/本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio》《遠ざかる故郷の空 帰れない人波に/本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio》《遠ざかる溢れた夢 帰れない人波に/本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio》(M2「壊れかけのRadio」)。

《ビルが伸びてゆく》や《欲望のカケラ》辺りが如何にもバブル景気に沸いていた当時の世相を感じさせ、《小さな叫びが 海へ落ちてゆく》とそれに対する警鐘を鳴らしつつも、《何も聞こえない 何も聞かせてくれない》《本当の幸せ教えてよ》と、すぐに持論を展開させるのではなく、あくまでも疑問を投げかけている。M2 に関して言えば、今更ながら“壊れかけ”という形容にグッとくる。役目を終えつつあるように思えて、まだ完全に御役御免というわけではない。あるいはもし御役御免だとしたら、そこに何を見出すか。そんなことを否応にも考えてしまう言葉だ。注目は本作が1990年10月9日(=トクの日)発売だったということ。いわゆる“バブル崩壊”が[内閣府景気基準日付でのバブル崩壊期間(第1次平成不況や複合不況とも呼ばれる)は、1991年(平成3年)3月から1993年(平成5年)10月までの景気後退期を指す]というから、この『JUSTICE』はその直前の発売だ([]はWikipediaからの引用)。楽曲制作自体は発売日より一年近く遡らなければならないだろうから、その先見の明は称えられて然るべきであろう。“優れたアーティストは未来を予見する”と言われるが、まさしくそれである。

以降、アルバムはM3「MYKONOS」からM9「CRESCENT GIRL」まで、さまざまなシチュエーションのラブソングが続く。ラブソングというのは自分の見立てで、男女の恋愛に限定されたものだけでもなかろうが、概ね自分と相手の機微を描いたものだ。なので、パッと聴き、オープニングとは趣を異にしているかのようにも思える。サウンドもブラスセクションがきびきびと鳴るアッパーナンバー(M3「MYKONOS」)、AORなミッドチューン(M4「帰れない二人」)、ストリングスを取り入れたゴージャスなアンサンブル(M6「道標」)、1980年代っぽいエッジーなバンドサウンド(M8「Be nude」)等々、バラエティー豊かで聴いていて飽きない作りだ。だが、単に耳障りが良く、そこにある物語を眺めるでおしまい…という楽曲ではない。例えば、M6「道標」では、《歩き続けてた 青春の舗道を/振り向けばいつも 君が隣にいる》としながらも、《匿名希望の街で 今日も僕は生きてゆく》と、都会を揶揄する言葉をサラリと入れているし、M7「雨が降る」ではダークかつヘヴィなサウンドで、そこに不穏な空気を注入している。この辺はありでもまた述べるが、一見独立したポップソングに見えて、決してそうでもないのである。
“JUSTICE”とは何か?

そして、アルバムはラスト、タイトルチューンのM10「JUSTICE」へ辿り着く。AORっぽい落ち着いたサウンドでありつつも、ドラマチックな展開を持つミッドチューン。彼はこう歌う。

《傷つくことが 傷つくことが/勇気と出会うなら/迷い歩いて 地図を辿れば 何かに出会うだろう》《失うことが 失うことが/明日を生きるなら/涙ほどいて 風を頼れば 何かに出会うだろう》《瞳の中に きっと僅かな 本当の愛がある》(M10「JUSTICE」)。

歌詞はオープニングで示された問題提起、自問自答に対する答えとは言えるが、かと言って、そこに明確、的確な示唆はない。日々の暮らしの中で傷つくことも失うこともあると言いつつも、《何かに出会うだろう》としか言っておらず、結論に至っていないとも言える。JUSTICEとは“正義”“公正”という意味であるけれども、歌詞の中ではその辺にも触れていない。強いて言えば《本当の愛》がそれに当たるだろうが、それにしても《きっと僅か》だと言っているのだから、100パーセントの確証があるわけでもなかろう。別にあやふやなことを言うなとか指摘したいわけではない。これが本作のテーマであり、彼のメッセージなのだと思う。《本当の愛》≒“JUSTICE”とは何か? 明確な答えはすぐに見つからないだろうが、その答えを求め続けることがアーティスト・德永英明の命題であると宣言しているように聴こえる。もっと言えば、《思春期に少年から 大人に変わる/道を探していた 汚れもないままに》(M2「壊れかけのRADIO」)や、《素直な自分が恋しくて/都会のネオンに透かしたら/時代に向けた服を選んだ 大人になっていた》(M10「JUSTICE」)との歌詞から考えると、それこそが大人の役割だと言っているようにも想像できる。この辺は德永英明本人が『JUSTICE』とはそういう作品であると断定したわけでなく、筆者がそう思っただけであることをご承知おきいただきたいのだが、この見立てがどうであれ、美声で聴き手の琴線を刺激するだけでなく、そこにさらなる揺さぶりをかけてくるような成分が含まれているのは間違いないだろう。シンガーソングライターの作品としてしっかり一本筋が通っている。

一本筋が通っている…と言えば、『JUSTICE』はアルバム作品としての体裁がしっかりしていて、その点でも筋が通っていることを最後に改めて記しておきたい。簡単に言えば、アルバムとしての流れがしっかりしているのである。前述のM1「NEWS」、M2「壊れかけのRadio」での問題提起がM10「JUSTICE」につながるのがまさにそれだが、そうした大枠のことだけでなく、《テレビは言葉を伝えてる/彼らの叫びは伝わらず》(M10「JUSTICE」)といったところは“壊れかけのRadio”との関係を想像させる。あと、M3からM9のさまざまなシチュエーションのラブソングにしても、《思春期》の《恋に破れそうな胸》や《迷子になりそうな夢》(M2「壊れかけのRadio」)であったり、《傷つくこと》や《失うこと》(M10「JUSTICE」)であったりの具現化と見ることもできる。つまり、一曲一曲が独立しているものの、『JUSTICE』の下に集い、集うことでそれぞれがふくよかになったり、より立体的に受け取ることができるという印象が強い。「壊れかけのRadio」はまごうことなき名曲で、もちろん単体で聴いてもいい楽曲であるのだが、アルバムの中の一曲として聴くことで、その他の収録曲との相乗効果を生むのである。どんな曲でも手軽に聴くことが出来るサブスクの時代の今だからこそ、その点はいつも以上に強調したいところだ。『JUSTICE』はアルバム作品の意義や存在理由も見出すことができる傑作である。
TEXT:帆苅智之
アルバム『JUSTICE』
1990年発表作品

<収録曲>

1.NEWS

2.壊れかけのRadio

3.MYKONOS

4.帰れない二人

5.想い出にかわるまで

6.道標

7.雨が降る

8.Be nude

9.CRESCENT GIRL

10.JUSTICE


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