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アルバムをリリースするたびに新たなサウンドで勝負するプライマル・スクリーム。彼らは3rdアルバムの『スクリーマデリカ』(’91)で、ハウスとロックンロールを融合させて世界にその名が知られることになった。この作品が数々の音楽賞を獲得し大きなセールスにつながっただけに、次作もこのスタイルを踏襲するだろうと考えた人は多かったはずだ。しかし、続く4thアルバム『ギブ・アウト・バット・ドント・ギブ・アップ』はスワンプロックやサザンロックといったアメリカ南部の泥臭いロックに影響を受けたいわば先祖返りのようなルーツロック作品で、その味わい深い音作りは若手アメリカーナアーティストに大きな影響を与えた。
陽の目を見たメンフィス録音の オリジナル・ミックス
プライマル・スクリームのギタリスト、アンドリュー・イネスは自宅の地下室を片付けていた2016年、トム・ダウドがプロデュースとミックスを手がけた本作のオリジナルテープコピーを発見し、ヴォーカリストのボビー・ギレスピーにデータを送る。ギレスピーはその素晴らしさ(20年以上の時の経過もあって)に驚き、オリジナル版のリリースを決めた。それが2018年にリリースされた『ギブ・アウト・バット・ドント・ギブ・アップ ーオリジナル・メンフィス・レコーディングー』である。
本作が録音された時、あまりにストレートな70sサウンドであったためレーベル(新興のクリエイションレコード)側はリリースに難色を示し、ブラック・クロウズやジェイホークスを手がけたジョージ・ドラクリアスとPファンクのジョージ・クリントン、ジム・ディッキンソンを呼び寄せてリミックスや再録音するなど、オルタナ的なリミックスを依頼している。しかし、トム・ダウドは、アレサ・フランクリン、デレク&ザ・ドミノス、オールマンブラザーズ・バンドなどを手がけたアメリカ最高のプロデューサーのひとりであり、彼の作るサウンドは時代に流されるようなヤワなものではない。これは、当時オリジナルミックスの良さに気づかなかったクリエイションレコードのアラン・マッギーの功罪であろう。
南部のセッションミュージシャンの 猛者たち
ギレスピーはメンバーの力量に不安があったのか本物の“南部サウンド”がほしかったのか、彼の本音は分からないが、リズムセクションの要にマッスルショールズ・サウンド・スタジオのデビッド・フッド(Ba)とロジャー・ホーキンス(Dr)を起用、ホーンセクションにはオーティス・レディングをはじめ、数多くのメンフィス・ソウルを支えたメンフィス・ホーンズ(アンドリュー・ラブとウェイン・ジャクソン)、そして、キーボードにはディキシー・フライヤーズの名手ジム・ディッキンソンのほか、トム・ペティのバックを務めていたベンモント・テンチ(最近ではワトキンス・ファミリー・アワーで活躍)、アンプ・フィドラー(ジョージ・クリントン人脈)等を参加させるなど、彼らとグループのメンバーを並列にザ・スクリーム・ギャングとライナーには表記されている。これは南部のスタジオミュージシャン軍団フェイム・ギャングを意識してのことだろう。どちらにしても、本作がプライマル・スクリームのアルバムというよりは、セッション的な意味合いを持っているということなのかもしれない。
本作『ギブ・アウト・バット ・ドント・ギブ・アップ』について
収録曲は全部で12曲(このセッション最高の名曲「エブリバディ・ニーズ・サムバディ」は最後の隠しトラックとして収録)。70s前後のストーンズや、デビッド・フッドとロジャー・ホーキンスをメンバーに迎えた後期トラフィックがブリティッシュ・ミーツ・スワンプというサウンドであったのに比べて、本作はより本物志向の強い音作りとなっており、数曲以外はもろにアメリカン・ルーツロックである。その数曲というのがドラクリアスとクリントンにリミックスを任せたナンバーで、「ジェイルバード」「ロックス」(映画『宇宙兄弟』でも使われた)「ファンキー・ジャム」とタイトルトラックの「ギブ・アウト・バット・ドント・ギブ・アップ」である。これらの曲をオリジナル版のトム・ダウドのミックスと比べてみると、泥臭い音をカットしてビートを強調しているのが分かる。年代によって受け取り方は変わるだろうが、実は曲の本質的なアレンジはそんなに変わっていないところにドラクリアスのルーツロック(もしくはトム・ダウド)に対する愛着が見え隠れする。
そして、何より特筆すべきは、本作が普遍的な名曲揃いであることだ。70sのクラプトンやストーンズと同じように、彼らもスワンプロックやサザンロックをリスペクトしながら優れたオリジナル曲を生み出しているのだが、本作でのギレスピー/イネス/ヤングのソングライティングは冴え渡っている。「クライ・マイセルフ・ブラインド」「ビッグ・ジェット・プレーン」「サッド・アンド・ブルー」「アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー」などは甲乙付け難い名曲である。
ギレスピーが影響を受けたアーティストの曲を彼自身がコンパイルした2015年の『ボビー・ギレスピーが好きな曲を選んだら、うつろな日曜の朝みたいになっちまった…(原題:Bobby Gillespie Presents Sunday Mornin’ Comin’ Down)』には、ジーン・クラーク、グラム・パーソンズ、ウィリー・ネルソン、クリス・クリストファーソンといったオルタナ世代とは思えないマニアックなセレクトをしていて、アメリカン・ルーツが大好きであることがよく分かった。
おそらく彼はデラニー&ボニーのスタックスからのデビューアルバム『ホーム』あたりをイメージして本作を作ったのだと思う。デラボニにしても、スタックスで録音する初の白人グループであり、スタックス側からすると当時は彼らがオルタナティヴな存在(今でこそクラシックロックの大御所)であったことを考えると、本作と『ホーム』には似た部分が少なくない。
『スクリーマデリカ』的なサウンドを求めている若いリスナーにとって、本作は物足りないかもしれない。しかし、サザンロックやスワンプロックが好きな中年以上のリスナーにとっては、本作は長い間付き合っていけるルーツロックの名盤だと思う。
TEXT:河崎直人
アルバム『Give Out But Don’t Give Up』
1994年発表作品
<収録曲>
1. ジェイルバード/Jailbird
2. ロックス/Rocks
3. クライ・マイセルフ・ブラインド/Cry Myself Blind
4. ファンキー・ジャム/Funky Jam
5. ビッグ・ジェット・プレーン/Big Jet Plane
6. フリー/Free
7. コール・オン・ミー/Call on me
8. ストラッティン/Struttin’
9. サッド・アンド・ブルー/Sad and Blue
10. ギヴ・アウト・バット・ドント・ギヴ・アップ/Give Out but Don’t Give Up
11. アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー/I’ll Be There for You
〜隠しトラック〜
エヴリバディ・ニーズ・サムバデ/Everybody Needs Somebody
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