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Cymbalsの傑作『Mr.Noone Special』から考えた、ポスト渋谷系とは(あるいはロックとは)何か?

2月17日、土岐麻子のアルバム『HOME TOWN ~Cover Songs~』がリリースされた。すでに配信されている秦 基博「アイ」、くるり「Jubilee」、スピッツ「楓」などをはじめ数々の名曲をカバーしている他、お笑いタレント、バカリズムを迎えたセルフカバー曲「Rendez-vous in ‘58 (sings with バカリズム)」も話題を集めそうだ。今週の当コラムではそんな彼女が在籍していたバンド、Cymbalsの作品を取り上げる。そう言えば、Cymbals もThe Rolling Stones、Elvis Costello、The Kinksのカバーをしていたなぁ…とか思いつつも、バンド史上チャート最高位を記録した『Mr.Noone Special』をチョイスした。
“Mr.Noone”とは一体誰だ?

この度、調べてみて分かったことだが、Cymbalsにはどうやら“渋谷系”なる言葉が付いて回っているようだ。個人のブログやamazonのレビューでも“渋谷系好きにおすすめ”といったコメントが散見された。Wikipediaにも[ポスト渋谷系といったジャンルで括られることがある]とある([]はWikipediaから引用)。バンドの中心人物であった沖井礼二(Ba)も当時からその影響を公言していたようなので、それはそれで大きく間違いではないようでもある。ただ、“渋谷系”なるカテゴライズそのものが曖昧で、音楽ジャンルというよりも字義通りの“ムーブメント=世の中の動き”であった感じだし、個人的に言わせてもらうと、後世においてはどこか思想に近い捉え方もされていた感じもあるので、“渋谷系”なる言葉だけでCymbalsの音楽性を語るのは難しいと思う。まぁ、そうは言ったものの、今回『Mr.Noone Special』を聴いてみたら、いわゆる“渋谷系”で括られたアーティストの作品を熱心に聴いてきたわけではない自分でも、やはり何となく“渋谷系”らしき印象を感じるし、そうであれば、これが“ポスト渋谷系”と呼ばれるのも分からなくもない気がする。…と、そんなところから、以下、半可通なりに『Mr.Noone Special』を分析していこうかと思う。

オープニングM1は「Mr.Noone Special」。タイトルチューンである。事前にその“渋谷系”なるイメージがあることを耳にしていたからか、想像以上にR&Rな気がする。土岐麻子(Vo)の歌声がシルキーで雑味のない印象がある一方で、ギターサウンドが爆裂しているし、リズム隊もキレッキレだ。とりわけベースラインがギターリフに取って代わったように激しく動いているのが耳に響く。ギターはTHE COLLECTORSの古市コータロー氏だそうで、特にアウトロでのノイズがかなり生々しく、これはおそらく一発録りだろう(違うにしても、それほどテイクは重ねてないだろう)。

《You’re me and everybody/And they’re me/So I am you》《I’m Mr. Noone, Noone Special/I’m Mr. Noone, Noone Special》(M 1「Mr.Noone Special」)。

歌詞は一瞬“ラグビー?”とか、“『未知との遭遇』のオマージュ?”とか思ったりもしたが、もちろんそれらとは全然違っていて、なかなか不思議な文章が並んでいる。《あなたは私で皆/そして、彼らは私/だから、私はあなた》。ちょっと考えると哲学的でもあるようにも思われるが、ここから察するにタイトルにある《Noone》とは、“No one”=“誰でもない”ということであることは明白であろう。つまり、『Mr.Noone Special』とは、“Mr.Noone特集”とか“ミスター・ヌーンの特番”と訳すことができる一方で、“誰も特別ではない”という捉え方もできるかと思う。皮肉なのか何なのか。結構、意味深だ。

M2「Low cost,Low price&High return」は、跳ねたピアノと走るベースラインに土岐のスキャットが乗ったジャジーな一曲だ。ジャズ風味がありつつも、疾走感は損なわれていない。ドラムがハイハットを多用して雰囲気を出しつつ、それでいてしっかりとシャープなナンバーに仕上げている。この辺りのサウンドは、その界隈に明るくない自分でもこれが“ポスト渋谷系”と言わるのも何となく理解できる。鍵盤は東京スカパラダイスオーケストラの沖 祐市。アウトロではトランペットが聴こえてくる。こちらもスカパラのNARGOによるものである。M1に引き続き、豪華なセッションではある。

続くM3「Intermission 1」は、“休憩”と呼ぶにはその位置が早すぎる気はするが、タイトルが示す通り、40秒くらいで終わる短いナンバー。M2にスカパラメンバーが参加していたことが関係していたのかどうか分からないが、ジャンル的に言えばスカではある。M4「All You Need Is WORD」は軽快なテンポで、アコースティックギターも印象的なポップチューン。ネオアコに分類してもいいだろうか。M1辺りはサウンドとヴォーカルのアンバランスな感じがまた面白いところではあったが、M4は土岐の歌声が柔らかなメロディーにマッチしているとは思うし、ストレートに親しみやすい楽曲ではあろう。
かわいくっていじわる、ただしパンク

M5「Do You Believe In Magic?」はイントロが柔らかな感じのコーラスワークから始まるので、M4に続いてほんわかとした感じが続くのかと思うのも束の間、一転、荒々しいビートが楽曲全体をグイグイと引っ張っていく。R&Rと言えばそうだが、ポップスをパンクアレンジしたような雰囲気ではある。サビがドンタコ=頭打ちで、さらに疾走感を増す辺りは、まさにパンクテイストがある気がする。サビメロはキャッチーで分かりやすいが、歌とサウンドとのバランスがいいのか、歌の浮遊感がそう感じさせないのか、妙な下世話さがない。そこも面白いとは思う

《夜を追い越せ 震えてやしない/(good-bye to the days)/探しあてた答え/(good-bye to the days)/届け、届くはず》《Do you believe in Magic?/It’s not a dream, It’s here to be/今見せよう僕の魔法/これで終わりさ》(M5「Do You Believe In Magic?」)。

歌詞は日本語も多く、ワードのチョイスにシャレオツさを感じるものの、わりとストレートにCymbalsの心境ーーリスナーへの思いや音楽シーンへの立ち向かい方を示したものと見ることもできるようにも感じる。実際のところはどうだったのだろう。

M6「LIAR・SADIST・COWARD」は、これもまた疾走感のあるナンバーで、今度は打ち込みのリズムが引っ張っていく。そう聞くと無機質な感じに思うかもしれないが、やはりウォーキングベースが独特の躍動感を生んでいる。シンセの音色が若干不協気味であったり、男女ユニゾンのヴォーカルがさほど抑揚なく淡々と進んでいったりと、不思議な感覚のナンバーである。ニューウェイブと呼んでいいかもしれない。そのあとのM7「Hey,Leader!」ではさらにテンポアップ。最初のBメロとそれに続くギターリフが象徴していると思うが、これもベーシックはパンクだろう。土岐の浮遊感あるヴォーカルでそれをやっているのがこれもまた面白い。面白いと言えば、土岐、矢野共作の歌詞だ。 “Leader”=沖井礼二に向けて歌った内容で、Cymbalsの結成秘話が綴られている(別に隠していたわけでもないだろうから“秘話”ということもなかろうが…)。途中に出てくる《Make a band, it’s naughty and cute/With spirit of punk》は、Cymbalsのコンセプトである“かわいくっていじわるな感じのバンド。ただしパンク”そのままだ。このM7は作曲編曲を矢野が手掛けており、本作中、唯一、沖井が関わっていない楽曲である。

サウンドもそうだが、そもそも制作スタイル自体に彼らならではのユーモアを感じることができる。次のM8「Intermission 2」でアルバムは再び“休憩”を迎えるけれども、このM8にもユーモアがあると見るのは穿った見方だろうか。主旋律がYMOの「MULTIPLIES」のようでもあり、ということは「The Magnificent Seven」のようでもある。矢野の音楽ルーツのひとつにYMOがあったと聞いたし、沖井もYMOに触れていないこともないだろうから、CymbalsとしてM8のようなことをやるのは自然なことだったのかもしれないとは思うが、もし意図的にやっていたとするとそれはどんなものだったのだろうか。
さまざまな音楽へのオマージュ

M9「Highway Star,Speed Star」はアルバムの先行シングルとして発表された楽曲。“Highway Star”はDeep Purpleのあまりにも有名なナンバーからインスパイアされたものだという(ちなみに“Speed Star”は彼らが所属していたビクターエンタテインメントのレーベル名を拝借したものかと思ったら、Cymbalsはそのレーベルではなかったので、そこはあんまり関係ないかもしれない)。間奏の鍵盤にそのオマージュを感じるところではある。全体にリズムが食い気味なのは、まさにタイトル通り。ベースラインは本作中では最凶と思うほどにブイブイと鳴っているし、バンドサウンドも最凶の部類ではなかろうか。ただ、サビメロのキャッチーさはフリッパーズ・ギターやピチカート・ファイヴを彷彿させるところはあるし、《ダッシュボードの奥 投げこんだモーゼル》とか《目と目で笑い合う 鳴り出す非常ベル》とか、映画を思わせるワードセンスもそれらのアーティストの匂いを感じさせるところではあって、ここを指して“渋谷系”と言われるのも分からなくもない感じではある。また、[CDの帯には「誰一人として車の免許をもっていないシンバルズが放つ至高のドライヴ・ミュージック!(一般道を走る際には使用を控えてください)」]とあったとあり([]はWikipediaからの引用)、そのユーモアセンスも含めると、このバリバリにロックだけど文系臭が強い感じを説明するのには“渋谷系”という言葉な便利だったとは思う。

お次はシャッフルのポップチューン、M10「River Deep,Mountain High」。M9もそうだったし、言い忘れていたけれどM5もそうだったのだが、これもそうで、洋楽の名曲、名盤からのタイトルの拝借だ。13曲中3曲(M3「Intermission 1」、M8「Intermission 2」、そしてこの次のM12「(inside of me)」を除いても10曲中3曲)と決して多くはないので、意図的にタイトルを持って来たわけでもないだろう。意図的なら全曲でそれをやっていたような気もするし、もっと整合性があったようにも思う(M5がThe Lovin’ Spoonful、M9がDeep Purple、M9がIke & Tina Turnerと、ジャンルがバラバラだ)。意識することなくこれらのタイトルが出てきたということで、それだけ彼らの周りには洋楽の名曲、名盤が普通にあったということなのだろう。そこは当時どこかのインタビューで沖井も認めていた。

で、さわやかさすら漂うM10のあと、スペイシーなシンセの音が鳴る短いインストM12「(inside of me)」を挟み、M13「Mr.Noone Special(リプライズ)」を迎える。M12「(inside of me)」はどうして「Intermission 3」とならなかったのだろうか…いうのも気になるところだが、やはり注目はM1の“リプライズ”で締め括られるという、アルバムの構成だろう。“リプライズ”そのものはポピュラーミュージックにおいては珍しいものではなく、そこだけを指して『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』を引き合いに出すこともない事例であるかもしれないが、初回限定盤ではこれに続いて「Good-night」が始まるとなると、やはりThe Beatlesを意識したのでは、と思わざると得ない。『Sgt. Pepper’s~』では「(Reprise)」の前が「Good Morning Good Morning」である。“考えすぎでしょ?”と笑われるかもしれないけれど、ここまで説明してきた、本作に散りばめられたオマージュからすると、あながち的外れでもないかも…という思いが拭えない。

さて、落ちや結論めいたものを見据えずに書き連ねてきたため、後半はサウンドや歌詞のことよりも、その容姿、スタイルにフォーカスが寄った感は否めないものの、強引に結び付けるならば、『Mr.Noone Special』はそうした“これはこうではないか?”や“これにはどういう意味があるのだろう?”といったことを考えさせるアルバムであるような気がする。本作収録曲は総じて歌メロがキャッチーであるし、土岐のヴォーカルには変な癖がないため、あまり聴き手を選ばない印象もあり、ポップで親しみやすいアルバムとは言える。決して特定の層にしか届かないような代物などではない。リズム隊が発散するグルーブ感は尋常ではなく、バンドサウンドが醸し出すものは十二分にロックだ。それも間違いない。ただ、だからと言って、ポップなロックなのかと言ったら、そこだけに留まらない奥行きが本作には備わっている。“Mr.Noone”なるコンセプトがそうであろう。親しみやすくポップだが、単純なそれではないと言ったらいいだろうか。 “ロックミュージックとは本来そういうものだろう?”と問われているような気もする。
TEXT:帆苅智之
アルバム『Mr.Noone Special』
2000年発表作品

<収録曲>

1.Mr.Noone Special

2.Low cost,Low price&High return

3.Intermission 1

4.All You Need Is WORD

5.Do You Believe In Magic?

6.LIAR・SADIST・COWARD

7.Hey,Leader!

8.Intermission 2

9.Highway Star,Speed Star

10.River Deep,Mountain High

12.(inside of me)

13.Mr.Noone Special(リプライズ)

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