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ロックサイドからフュージョンに歩み寄ったジェフ・ベックの『ブロウ・バイ・ブロウ』

ジェフ・ベックは類いまれなテクニックを持ったギタリストである。今から半世紀ほど前にはエリック・クラプトンやジミー・ペイジと並んでブリティッシュロック・ギタリストの御三家として当時のロック少年たちから崇拝されていた。しかしベックは、例えばクラプトンの「クロスロード」(クリーム)やペイジの「胸いっぱいの愛を(原題:Whole Lotta Love)」(レッド・ツェッペリン)といった鉄板となる曲に恵まれず、ギターのテクニックはピカイチであっただけに、それだけがファンにとっては悔やまれるところであった。

もちろんハードロックの原型ともなった第1期ジェフ・ベック・グループの『トゥルース』(‘68)や『ベック・オラ』(’69)でも秀逸なギタープレイは聴けるのだが、バンドアンサンブルを重視するあまり短くまとまったソロが多く、ベックファンはいつも欲求不満を感じていたのだ。その後の第2期ジェフ・ベック・グループではソウルやファンクも取り入れ、『ジェフ・ベック・グループ(通称オレンジアルバム)』(‘72)収録の「ゴーイング・ダウン」などでは溜飲が下がるプレイが聴けるが、もっと弾いてほしくなるのがファン心理というものである。“70年代のクリーム”と称されたベック・ボガート&アピス(以下、BB&A)の結成で、ようやく鉄板のプレイが生まれる下地が出来上がったが、個性の強いトリオという編成は人間関係がうまくいかない場合が多いらしく、結局アルバム2枚をリリースするのみで解散してしまった。

今回取り上げる『ブロウ・バイ・ブロウ(発表当時の邦題は“ギター殺人者の凱旋”)』は、次作の『ワイアード』と並んで彼の多彩なプレイを中心にしたソロ名義での必殺インストアルバムである。本作は、よくフュージョン寄りの作品だと言われるが、ギターに関して言えばロックのフレージングのみしか使っておらず、彼がロッカーとしての矜持をもってアルバム制作に臨んでいることが分かる。
予言的なベックのギタープレイ

ブルースが下地になっていた70年代初頭のブリティッシュロック界で、ロックのイディオムでフレーズを組み立てていたのはジミヘン(アメリカ人だがイギリスで活動していた)とジェフ・ベックのふたりだと思う。彼らももちろんブルースの影響は受けてはいるが、その才能と努力でロックギターを進化させたのである。特にベックは、ビブラート、トーンアームを使ったベンド、フィードバック、スライドなど、のちにハードロックやヘヴィメタルのプレーヤーが好んで使う技術を60年代には既に編み出しているのだから、まさにロックギターのイノベーターである。

当時、ジャズロックのグループ、マハビシュヌ・オーケストラを率いていたギタリストのジョン・マクラフリンもまた、驚くべきテクニックを持っており、彼はジャズサイドからブリティッシュロックのギタリストに大きな影響を与える存在であった。日本では、いまは何故かすっかり忘れられている感のあるマクラフリンであるが、マハビシュヌ・オーケストラのデビュー盤『内に秘めた炎(原題:The Inner Mounting Flame)』(‘71)の破壊力は今聴いても凄まじいものがある。昔(半世紀ほど前)は中学生でもプログレ感覚でマハビシュヌ・オーケストラを聴いていたものだが、実際にプログレ的な要素もあるので興味のある人はぜひ聴いてみてほしい。ベックはマハビシュヌ・オーケストラの音楽に影響を受けており、本作の次にリリースしたこれまた傑作の『ワイアード』(’76)ではマハビシュヌ・オーケストラからヤン・ハマー(Key)とナラダ・マイケル・ウォルデン(Dr)を起用している。
バンドアンサンブルからギターを主役に

冒頭にも述べたが、ベックはデビュー時からベック・ボガート&アピスに至るまでバンドアンサンブルを中心に音楽を組み立てており、そのせいでベックファンを欲求不満にさせていた。BB&A解散後、彼はスティービー・ワンダーやエディ・ハリスなど、いくつかのセッションにギタリストとして参加するのだが、その経験からギターを中心にした新たな方向性を見出したのであろう。
本作『ブロウ・バイ・ブロウ』について

そして74年8月、ベックはテレビ番組でギターのワークショップをやることになり、そこでバックを務めたフュージョングループ、アップと意気投合し、彼らのアルバムのプロデュースをしただけでなくギターも弾いている。本作のアイデアはこの時に具体化したものと思われる。

このあと、ジェフ・ベック・グループのキーボード奏者、マックス・ミドルトン、ベースのフィル・チェン(ジム・モリソン亡き後にドアーズの残党が結成したファンクグループ、バッツバンドのメンバー)、ドラムのリチャード・ベイリー(ファンクグループ、ゴンザレスのメンバー)を呼び寄せ、セッションを行ない、このメンバーでレコーディングに入る。プロデューサーにはビートルズやイーグルスを手がけた名プロデューサーのジョージ・マーティンが選ばれているが、彼はマハビシュヌ・オーケストラのプロデュースも手がけていて、それが彼を起用した一番大きな理由だと思われる。

アルバム収録曲は全部で9曲、全てインストで占められている。リズムはソウル/ファンクをベースに組み立てられ、ベックのプレイはこれまでの硬派のロックギタリストのイメージを脱ぎ捨て、多彩なテクニックを使いながらもキャッチーでメロディアスなプレイを華麗に披露している。ただ、ギターの奏法面では彼が編み出した様々なテクニックを駆使し、フュージョン的なプレイに流されることなく(というか、時代はまだフュージョン前夜である)、ロックフィールにあふれるプレイを聴かせている。次作の『ワイアード』では本作よりアグレッシブなプレイが多く、この2枚は対で考えるのが妥当だろう。

9曲のうち、スティービー・ワンダー作が2曲、マックス・ミドルトン1曲、バーニー・ホランド(ファンクバンド、ハミングバードのギタリスト)1曲、レノン=マッカートニー1曲で、それ以外はベック作かベックとメンバーとの共作である。スティービー作の「哀しみの恋人達(原題:Cause We’ve Ended As Lovers)」はロイ・ブキャナンに捧げられているが、この時点ではまだロイは存命(88年に逝去)で、ロイの得意とするスタイルでギターを弾いているからである。

ギターのインストアルバムは売れないというのがレコード業界では通説だが、本作は全米チャートで4位まで上昇している。それは、本作でようやく欲求不満を解消できたこれまでのベックの多くのファンが買ったからではないかと、僕は密かに思っている。
TEXT:河崎直人
アルバム『Blow by Blow』
1976年発表作品

<収録曲>

1. 分かってくれるかい/You Know What I Mean

2. シーズ・ア・ウーマン/She’s a Woman

3. コンスティペイテッド・ダック/Constipated Duck

4. エアー・ブロワー/Air Blower

5. スキャッターブレイン/Scatterbrain

6. 哀しみの恋人達/Cause We’ve Ended as Lovers

7. セロニアス/Thelonius

8. フリーウェイ・ジャム/Freeway Jam

9. ダイヤモンド・ダスト/Diamond Dust

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