『インプローディング・ザ・ミラージュ』ザ・キラーズ(Album Review)

2020年8月25日 / 18:00

 前作『ワンダフル・ワンダフル』(2017年)で初の米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”での首位を獲得したザ・キラーズ。彼らは米ラスベガスを代表するロック・バンドだが、作風からも英国人気が強く、これまでリリースした5枚のスタジオ・アルバム全てがUKチャートで1位を記録するほど支持されている。イギリス出身のアーティストを除くと、5作連続は最多記録。

 その記念すべき全米1位を獲得した前作から約3年ぶりにリリースされた、通算6枚目のスタジオ・アルバム『インプローディング・ザ・ミラージュ』。UKアルバム・チャートでの記録更新はもちろん、アメリカでも2作連続のNo.1デビューに期待が寄せられている。本作からは、今年3月に発表したリード曲「コーション」が米ロック&オルタナティブ・ソング・チャートで2位、ロック・エアプレイ・チャートでは1位を獲得し、アルバムのプロモーションに繋げた。

 「コーション」は、突き抜けるサビの高音と疾走感あるサウンドが爽快なシンセ・ポップで、現状からの脱却が綴られた歌詞も、ある意味このカラっとした雰囲気にハマっている。歌詞の一部には、昨今全米を揺るがしている“白人主義”を批判するようなフレーズもあり、このあたりもまたキラーズらしい仕上がりに。

 一転、翌4月にリリースした2ndシングル「ファイアー・イン・ボーン」は、ミディアム・テンポのファンキーな意欲作。いい意味でこれまでっぽさがない、新しい試みが吉と出た。キャリアを重ねたからこその深み、渋みも感じられる。トーキング・ヘッズっぽい……という指摘がされていたが、確かにそういう感じがしなくもない。 

 3曲目のシングルとしてリリースした「マイ・オウン・ソウルズ・ワーニング」は、オープニングに相応しい「コーション」路線のアップ・チューン。同曲からは2つのミュージック・ビデオが公開されていて、第一弾はメンバー不在のストーリー仕立てのもの、第二弾はジャケットを再現した世界でメンバーがそれぞれパフォーマンスする内容になっている。

 参加ゲストはいずれも女性シンガー・ソングライターで、「ライトニング・フィールズ」には女優業もこなすカナダ出身のベテラン=k.d. ラングが、「マイ・ゴッド」には米カリフォルニア州サンタモニカ出身の個性派、ワイズ・ブラッドがフィーチャーされている。前者は、 k.d. ラングの滑らかなボーカルが溶け込んだ懐かしい雰囲気のソフト・ロックで、後者はワイズ・ブラッドの透明感あるファルセットが活きた、バロック・ポップ風味の快作。どちらもアーティストへの敬意が感じられる構成だ。

 アルバムの最終曲でも十分いけるスケールの、哀愁を帯びた旋律のミディアム「ブロウバック」、中盤からロック色を強める「ダイイング・ブリード」、昔ラジオで聴いたような錯覚に陥る80’s直結の「ランニング・トワーズ・ア・プレイス」、「コーション」と同等のパワーに満ちた高揚感ある「ホエン・ザ・ドリームス・ラン・ドライ」、初期の作品に回帰したポスト・パンク「インプローディング・ザ・ミラージュ」と、アルバム曲いずれもシングル曲に劣らないクオリティの高さ。

 煌びやかなサウンドと、いわゆるエモいとされるボーカルがキラーズの売りなんだろうけど、そういった感じを全面に出すわけでもなく、衝撃的なインパクトや攻撃性もさほどない。個人的見解だが、今の自分たちに見合ったスタイルで完成させた、そんな余裕が感じられた。振り返ると、米ビルボード・アルバム・チャート“Hot 100”で10位にランクインしたデビュー曲「ミスター・ブライトサイド」(2003年)のリリースから17年が経過したわけで、作風が変化するのは当然のこと。往年のファンの間では賛否が分かれるかもしれないが、今後のキャリアにおいては重要な作品になったのではないだろうか。

Text: 本家 一成


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