<ライブレポート>【LFJ2018】“ドナウから黒海へ”…極東でバルカン半島のオーケストラを聴くという驚き

2018年5月7日 / 19:00

 さまざまな国の才人が集まるフランス発のクラシック音楽フェス【ラ・フォル・ジュルネTOKYO】。2018年はルーマニアのクルージュ・トランシルヴァニア・フィルハーモニー管弦楽団も登場、祖国にちなんだ楽曲を披露した。

 このフェスでは出演奏者・団体が全て、何種かの公演をこなすのが常。フルオーケストラも例外ではなく、彼らもリムスキー=コルサコフ「シェエラザード」やラフマニノフ「交響的舞曲集」、ドヴォルザーク「新世界より」やメンデルスゾーンの協奏曲などクラシック・ファンおなじみの大作を演奏した(欧州でも東寄り諸国の作曲家がめだつのは特徴的)。

 とはいえバルカン半島あたりの国々は、日本では20世紀以来のEU加盟国ほど親しまれているとはいいがたい“旧・東側”でもとりわけ縁遠いのではないか……クラシック音楽シーンでは特にそう。大所帯のオーケストラがバルカン半島から遠路はるばる極東まで来てくれるなど、実はそうめったにあることではない。できれば国際的な有名曲より“東”の匂いのする、贅沢を言わせてもらえれば彼らの祖国ルーマニアにかかわる音楽を聴きたい。

 嬉しいことに、そんな夢のような要望を叶えてくれる公演もひとつ用意されていた。それが筆者の聴いてきた最終日朝の公演、“ドナウから黒海へ”と題されたプログラムだ。指揮はフルート奏者としても知られるカスパル・ゼンダー(カスパー・ツェンダー)。スイス人だが中東欧の近代作品には造詣が深い。

 ウィンナワルツの傑作「美しく青きドナウ」で有名なように、ドナウ川といえばウィーンを流れる大河……そしてその流れはかつてウィーンを帝都としたオーストリア=ハンガリー二重帝国の領土を通り、セルビアやルーマニアをへて黒海にまで至る。今回のプログラムはまさにその流域をめぐるがごとく、ウィーンで活躍したブラームスの「ハンガリー舞曲」3曲で始まり、ハンガリー出身のバルトーク(1881~1945)による「ルーマニア民俗舞曲集」、そしてウィーンに留学経験もあるルーマニアの国民的作曲家エネスク(1881~1955)の代表作「ルーマニア狂詩曲」2曲という、誰もが知る名曲からライブではめったに聴けない傑作までを巡る選曲からして絶妙だ。“新しい世界へ”というフェス全体の趣旨に合わせ、生まれた国を離れた作曲家たちがどんな曲を書いたか、あるいは異国からみた別の国の伝統とはどのようなものか……?に焦点をあてたプログラムが多かった2018年の【ラ・フォル・ジュルネTOKYO】にあって、諸民族入り乱れるバルカン半島から来た彼らがこのような選曲で臨んだ公演の存在意義は大きい。

 そもそも、彼らの本拠クルージュという都市からして歴史が複雑だ。この古都の名は中世スラヴ語に由来し(当時はチェコやロシアの人々にも通じるスラヴ系の人々がこの地に暮らした)、ドイツ人たちによるトランシルヴァニア地方の植民活性化をへて近世はずっとハンガリー領だった。ルーマニアに帰属したのは20世紀以降。演目にハンガリーがらみの音楽が多いのはある意味必然だったというわけだ。

 冒頭にはブラームス「ハンガリー舞曲」から、クラシック未体験でもどこかで聴いているであろう第1・4・5番を。地の利を感じさせる、東欧的ともいえるドライブ感で突き進むオーケストラを統率しながら、随所で楽員の自発性にまかせて奔放なサウンドも引き出してみせる指揮者の匙加減に唸る(弦楽セクションの統率が取れていて、肝心のリズムが決して乱れないのが頼もしい)。クレッシェンドの迫力、テンポの躍動感! つづくバルトーク作品も比較的おなじみの名品で、民俗楽器の笛を思わせるピッコロのソロがとりわけ印象的だった(あの音色、いま思い出しても首をかしげる不思議な魅力があった)。ぶわぶわと音程に厚みをつくるヴィブラートをここぞというタイミングで繰り出し、エッジの効いたリズムで突き進んでゆく弦楽合奏も頼もしい(コントラバス奏者は3人しかいないのに、なんて迫力だ!)。

 そして、やはり圧巻は最後のエネスク「ルーマニア狂詩曲」2作。コーラングレ(低い音域まで出せるオーボエの亜種楽器)がいかにも牧歌的、ヴィオラの渋い中音域が映えるソロも艶やかに異国感を盛り上げる。フルオーケストラ然とした迫力と“東”の気配、そしてエネスクのセンス抜群な楽音さばきを完璧に掌握しているオーケストラ、さすがの“お国もの”と唸ってしまう。

 バルカン半島のサラエヴォで起こった事件とともに第一次大戦が起こり、ジャズが世界を騒然とさせながら欧州を征服してゆく時代は、もう目の前……1910年代までの“昔日のヨーロッパ”の豪奢な魅力は、かくもバルカン半島の異国感と隣り合わせだったのだ。気づきの多いオーケストラ演奏会だった。Text:白沢達生


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