フュージョンの代表作品として今もなお輝くジョージ・ベンソンの『ブリージン』

2018年3月30日 / 18:00

1976年はポピュラー音楽界にとって大きな転換点とも言える年である。ロック界ではイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』やピーター・フランプトンの『カムズ・アライブ』などのメガヒット作が現れ、ボズ・スキャッグスの『シルク・ディグリーズ』は、後に結成されるTOTOをバックにしたAORの先駆け的な作品をリリースしているし、最初期のパンクロッカー、ラモーンズのデビュー作も同じ年なのだ。ジャズ界でも同じような転換期を迎えており、この年、スタッフ、リー・リトナー、アール・クルーらがデビュー、それらはフュージョン(当時はクロスオーバー)と呼ばれ人気を博した。中でも、ジャズギタリストとして評価の高かったジョージ・ベンソンがリリースした本作『ブリージン』は大きな話題となり、フュージョンを代表する名作として今もなお愛され続ける傑作である。
ジャズロックとソウルジャズ

そもそもフュージョンが生まれる前にも各ジャンルを融合(フュージョン)させた音楽は、60年代から存在していた。ロック界でよく知られたものではジャズロックがある。ソフトマシーン、グレアム・ボンド、イフ、ブライアン・オーガーといったアーティストたちがやっていた音楽をジャズロックと呼んでいたのだが、それらはイギリスのグループが中心で、どちらかと言えばジャズ寄りのプログレッシブロックを指すことが多い。サウンドは難解な場合が多く、少数のマニアックなファンが熱狂するにとどまっていた。

アメリカでも60年代にジャズのアーティストたちがブルースやゴスペル、R&B等に影響された泥臭い音楽を演奏するようになり、その代表格がグラント・グリーン、ジミー・スミス、ヤング・ホルト・アンリミテッドらで、ソウルジャズと呼ばれた。ファンキージャズとソウルジャズが一緒だとする記述を時々見かけるが、実は微妙に違う。キャノンボール・アダレーやドナルド・バード、ラムゼイ・ルイスの音楽はファンキージャズで、シャーリー・スコット、ジャック・マクダフ、ビッグ・ジョン・パットンらはソウルジャズである。
イージーリスニング・ジャズ

70年代中頃に現れたフュージョンの元祖はと言うと、“歌のない歌謡曲”的な性質を持つソウルジャズがかなりの影響を与えているのは確かだが、実はジャズロックはあまり貢献してはいない。フュージョン音楽の大きな構成要素として、“親しみやすさ”は外せないので、マニアックで芸術性の高いジャズロックは不似合いなのである。60年代中期にイージーリスニングジャズというジャンルが登場するのだが、これはソウルジャズの亜流でもある。ソウルジャズは主に黒人音楽のカバーをインストで演奏していたわけだが、イージーリスニングジャズはポップスやロックのナンバーをインストで演奏しており、ソウルジャズと比べると洗練され、おしゃれな雰囲気が漂っていたのだ。

フュージョンの直系の先祖と言えば、ジャズギターの巨人として知られるウェス・モンゴメリーが66年にリリースした『カリフォルニア・ドリーミング』だろう。このアルバムでは白人ポップスグループのママス&パパスのヒット曲をジャズにアレンジしていて、このアルバム以降ウェスはビートルズナンバーやトラッドなどを手がけ商業的にも成功するのだが、1968年に45歳の若さで急死し、イージーリスニングジャズはこの時点ではまだムード音楽から脱することができずにいた。
ウェスの路線を踏襲した ジョージ・ベンソンの戦略

そんなウェスの後を継いだのが、ジョージ・ベンソンである。若い頃のベンソンのギターワークはウェスにそっくりで、デビュー時からジャズ界最高の技術を持っていた。ところが、ギターの腕前だけでなく、彼にはもうひとつの強力な武器があった。ヴォーカルである。他のジャズギタリストが誰も成し遂げられなかった二刀流で、彼は勝負することに決めたのだ。フュージョンが誕生する前の70年、彼がリリースしたビートルズの『アビー・ロード』のカバーアルバム『The Other Side of Abbey Road』では、ヴォーカルとギターの両方を大谷翔平のように器用に披露し、新しいジャズのかたちを見せた。

プロデューサーは、この後フュージョンの代表的レーベルとなる CTIを創ったクリード・テイラー。テイラーは前述したウェスの『カリフォルニア・ドリーミング』のプロデューサーでもあり、ウェスが録音する予定だったアルバムを、急死したウェスの代役としてベンソンを起用するなど、ベンソンを認めていたのだ。ただ、『The Other Side of Abbey Road』は大袈裟なストリングスアレンジや軽過ぎるサウンドプロデュースが目立ち、イージーリスニング以上でも以下でもないロックスピリットの感じられない作品であることも確かであった。

そんなベンソンに転機が訪れたのは75年のこと。当時ブルーサムレコードのオーナーであり、ベン・シドラン、クルセイダーズ、ポインター・シスターズ、ニック・デカロなど、洗練されたAOR作品をいくつも手がけてきた優れたプロデューサーのトミー・リプーマとの出会いである。リプーマはワーナーブラザーズにプロデューサーとして呼ばれ、同じくワーナーに移籍したばかりのベンソンと運命的な出会いを果たす。そして、ベンソンの新作を手がけることになるのである。
本作『ブリージン』について

トミー・リプーマはベンソンのニューアルバムを制作する際、ストリングスアレンジにクラウス・オーガーマンを、ミキシングのエンジニアにはアル・シュミットを起用するなど、当時の最高の布陣でレコーディングに臨んでいる。そして出来上がったのが本作『ブリージン』で、このアルバムはジャズでもなくロックでもなくソウルでもなくファンクでもない、それらの音楽がまさに融合したようなまったく新しい音楽となった。当時はどのジャンルにも当てはまらず、“クロスオーバー”と呼ばれていたのだが、まさにジャンルをクロスオーバー(交差)したサウンドであった。ベンソンのギターはテクニック面ではすでに完成していただけに、これまでとそう変わることはないが、ハーヴィー・メイソン(ドラム)とフィル・アップチャーチとスタンリー・バンクス(ベース)によるグルーブ感にあふれるタイトなリズムセクションをバックにしているだけに、ギターが気持ち良く歌っている。

1曲目の「ブリージン」はソウルシンガーでギタリストのボビー・ウーマックが書いたインスト曲。アルバムを印象付けるような決定的なナンバーで、ベースとドラムのキレの良さはすごいのひと言。ゆったりとしたテンポとゴージャスなストリングスが都会的だ。当時、この曲のライヴ演奏をテレビで観た(昔はインターネットがないので…)のだが、ベースのスタンリー・バンクスがベースを弾きながら足でタンバリンを軽々と演奏していたのには驚いた。

2曲目のレオン・ラッセル作「マスカレード」は、ベンソンの二刀流が世界中に知れ渡ったナンバー。途中のスキャットに合わせたギターソロは真似をするミュージシャンが激増し、その多くが平均点以下で失笑を買っていたが、本家はさすがに文句なしの職人技を聴かせてくれる。

上記2曲以外(収録曲は6曲)も秀作揃いで、個人的には後半の3曲が大好きである。バックミュージシャン、プロデューサー、エンジニア、アレンジ等、本作に関わった面子が才能豊かなアーティストたちだけに、本作が後世に残る名作となったことは間違いないが、やはり主役はジョージ・ベンソンなわけで、彼の職人技は今後何年経とうが色褪せることはないだろう。エイトビートのリズムにジャズギターを乗せるという難しいことをサラッとやってのけた彼の功績は計り知れない。

もし、ジョージ・ベンソンを聴いたことがないなら、入門としては本作『ブリージン』が最適だと思う。この機会にぜひ聴いてみてください。
TEXT:河崎直人
アルバム『Breezin’』
1976年発表作品

<収録曲>

1. ブリージン/Breezin’

2. マスカレード/This Masquerade

3. シックス・トゥ・フォー/Six to Four

4. 私の主張/Affirmation

5. これが愛なの?/So This is Love?

6. 愛するレディ/Lady


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