1冊の短編集を読んでいるようなハンバート・ハンバートの『むかしぼくはみじめだった』

2017年11月15日 / 18:00

『これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!』 (okmusic UP's)

60年代から70年代中頃までのフォークやロックに影響されてはいるのだろうが、90年代以降のオルタナティブ感覚をしっかり持ったトラッドデュオがハンバート・ハンバートだ。彼らを癒しのフォークグループだと考えている人がいれば、それは間違いだ。一見、ほっこりするやさしい音楽のベールに隠れて、狂気と毒を微量ずつ撒き散らすような感覚が彼らにはある。そういう意味では、ポストパンク的なグループだといえるかもしれない。今回紹介するのは彼らの8thアルバムとなる『むかしぼくはみじめだった』。ナッシュビル録音ではあるが、カントリーミュージックの要素はなく、日本のグループにしては珍しくアイリッシュトラッド、フォーク、ブルーグラスを背景に持つアメリカーナ的な作品に仕上がっているところが稀有な存在なのである。
ティム・オブライエンという才人

『むかしぼくはみじめだった』をプロデュースしたのは、アメリカ人アーティストのティム・オブライエン。日本でもアメリカでも一般のポピュラー音楽ファンに知られているわけではないが、ブルーグラスやアメリカーナ音楽が好きな人にとっては大いにリスペクトされる名アーティストだ。2006年には自身のアルバムでグラミー賞の一部門である「ベスト・トラディショナル・フォーク・アルバム」を受賞しているのだが、この賞は簡単に言うとベスト・アメリカーナ・アルバム賞とも言えるもの。
アメリカーナとは乱暴に言うと今風のルーツ音楽のことで、カントリー、ブルース、フォーク、ブルーグラス、トラッド、ロック、サザンソウルなど、アメリカ的な民俗音楽やポピュラー音楽の要素を持った土臭いサウンドのこと。ジャンル付けの難しいオルタナティブな性質を持った音楽の総称として、90年初め頃に使われ出した言葉である。
ティム・オブライエンは、そのアメリカーナ音楽に精通した第一人者でもある。コロラドのフォークシーンで、シンガーソングライターファンに人気のあるビスケットシティというレーベルから、レトロなジャズやスウィングチューンを演奏する「オフェリア・スウィング・バンド」のメンバーでデビュー、同レーベルでソロアルバムをリリース後、ブルーグラスグループのホットライズで日本でも名が知られるようになる(と言っても、僕らのようなブルーグラスファンだけだが…)。同時にホットライズの別名グループであるレッド・ナックルズ&ザ・トレイルブレーザーズではカントリーやウエスタン・スウィングもやっていた。これまた並行して実姉のモリー・オブライエン(素晴らしいヴォーカリスト。ソロアルバムも数枚出している)とティム&モリー・オブライエンを組み、ブルースとブルーグラスをベースにしたアメリカーナサウンドを展開、現在に至るまで常にハイレベルの音楽を創造し、アメリカではミュージシャンズミュージシャンとして、また日本のブルーグラスファンには一目も二目も置かれる天才的なアーティストのひとりである。
ハンバート・ハンバートの音楽

そんなティム・オブライエンにプロデュース(演奏も!)してもらえるハンバート・ハンバートのふたりは幸せ者だが、彼らの音楽とティムの音楽がクロスオーバーするのがアイリッシュトラッドだ。80年代以降、ワールドミュージックのブームの一環としてU2、ヴァン・モリソン、エルヴィス・コステロらビッグネームがアイリッシュトラッドに影響されたアルバムを次々にリリースし、世界的に広まっていく。ロックの世界でもポーグスを皮切りにウォーターボーイズやホットハウス・フラワーズらの活躍で、若いリスナーにも徐々に浸透し、90年代に入るとチーフタンズとドーナル・ラニーの音楽が世界的に注目された。日本の作品で僕が特に印象に残っているのは、中川敬とドーナル・ラニーのセッションが収められたアルバム『ソウルシャリスト・エスケイプ』(‘97)である。同じく97年にリリースされたシオンの『フラ フラ フラ』もアイリッシュ風味の感じられる良い作品だった。
ハンバート・ハンバートのふたりがこれらのアルバムを聴いているかどうかはわからないが、彼らの音楽の中心にあるのはアイリッシュトラッド+60s&70s日本のフォークであり、だからこそティムも彼らに興味を持ったはずなのである。ティムのソロアルバムの中で傑作中の傑作と言えば『ザ・クロッシング』(‘99)が挙げられるが、このアルバムでティムはアイリッシュトラッド、ブルーグラス、フォークの大物アーティストを起用し、これらの音楽をミキサーにかけて21世紀に向けたオールドタイム音楽を提示して見せた。
ハンバート・ハンバートのふたりも、これまでに似たようなチャレンジをやってきている。アイリッシュトラッド、日本の60s&70sフォーク、ロックなどを混ぜこぜにして解体し、21世紀のスパイスをかけて再構築しているのだ。もちろん、この作業は簡単なものではないが、彼らはデビューから一貫してその道を進んできた。そのスタンスであり、音楽スタイルは違うけれども、ノラ・ジョーンズやギリアン・ウェルチの方法論と相通じるものがあると思うのだ。要するに、不易流行であり温故知新なのである。そして、その不易流行を検証して見せたのが2014年にリリースした『むかしぼくはみじめだった』というハンバート・ハンバートにとって8枚目のアルバムである。
本作『むかしぼくはみじめだった』 について

本作は全曲ナッシュビル録音で、彼らふたり以外はアメリカ人ミュージシャンがバックを務めているのだが、彼らの和のテイストはまったくぶれずに生かされている。収録曲は12曲で力まず素直に発せられるふたりの歌声は、時には温かく、時には毅然としている。曲ごとの表情は豊かで、まるで縁側でお喋りしているかのような錯覚に陥るぐらいの親しみやすさが絶品だ。もちろん歌伴のサポートが超絶に巧いティムらのバッキングの妙もあるが、佐野遊穂の歌声の朴訥な美しさは素晴らしい。その歌声を生かすための楽曲を提供しているのが、相棒の佐藤良成である。どの曲も聴き流すだけなら癒やしを感じるかもしれないが、冒頭でも述べたように実際には毒と狂気が入り混じったオルタナティブな音楽である。
冒頭の「ぼくのお日さま」から「くもの糸」までの8曲はどれも名曲で、歌詞は衝撃的だが、オールドタイムやアイリッシュトラッド風味の土臭い香りが実に心地良い。特にティム・ロウアーのオルガンとアコーディオンは絶品で、彼がレコーディングに参加していなければ、おそらくまったく違う作品になっていただろう。「何も考えない」「オーイ オイ」の2曲のみオリジナルではなく、あべのぼる(野外コンサート『春一番』の舞台監督でありミュージシャンでもあった。2010年逝去)の作詞作曲で、アルバム中で特に鬼気迫る仕上がりとなっている。オールドタイムをベースにした「ホンマツテントウ虫 [サビ入り]」とブルーグラスをベースにした「ポンヌフのたまご」はNHKのEテレで使われた曲だそうだが、確かにNHKが好きそうな曲だと思う。アルバム中、もっともキャッチーで親しみやすいメロディーを持つ「まぶしい人」も名曲だし、アルバムの最後を締め括るアイリッシュ風味の「移民の歌」は物悲しく、このアルバム全体を印象づけるような切ないメロディーを持つ…と説明しつつ、もう一度聴きたくなるのが「むかしぼくはみじめだった」というハンバート・ハンバートの一大傑作なのである。
TEXT:河崎直人
アルバム『むかしぼくはみじめだった』
2014年発表作品

DDCB-14023/¥2,700(税抜)

<収録曲>

1. ぼくのお日さま

2. ぶらんぶらん

3. 鬼が来た

4. 何も考えない

5. オーイ オイ

6. 潮どき

7. 小舟

8. くもの糸

9. ホンマツテントウ虫 [サビ入り]

10. まぶしい人

11. ポンヌフのたまご

12. 移民の歌


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