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世界中を魅了した人気歌手の生涯とは『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』 ショーン・ペン版『男はつらいよ』『フラッグ・デイ 父を想う日』【映画コラム】

『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』(12月23日公開)

『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』

 美しく力強い歌声で世界中を魅了したアメリカの人気歌手ホイットニー・ヒューストンの半生を、ヒットソングとともに描いた伝記映画。

 脚本は、クイーンを描いた『ボヘミアン・ラプソディ』(18)のアンソニー・マッカーテン、監督はケイシー・レモンズ。ナオミ・アッキーがホイットニーを演じ、彼女を見いだした音楽プロデューサーのクライブ・デイビスをスタンリー・トゥッチが演じている。

 アッキーは熱演しているが、さすがに歌はほとんどホイットニー本人のものを使用している。悪く言えば口パクだが、誰にもまねができない、ホイットニーの唯一無二の歌声を、中途半端にアッキーが再現するよりも、こちらの方がいい。むしろ潔さを感じる。

 その代わり、アッキーによる、ホイットニーのボディーアクションの再現はお見事。『ボヘミアン・ラプソディ』でラミ・マレックを指導したムーブメントコーチが、今回のアッキーも指導したのだという。

 ただ、デビューアルバム『ホイットニー・ヒューストン=そよ風の贈りもの』(85)の衝撃、その後の栄光と没落のほか、これまでタブーとされてきたホイットニーの性癖や両親との確執、薬物への依存、ボビー・ブラウンとの結婚生活などが赤裸々に語られるが、これは『ボヘミアン・ラプソディ』のフレディ・マーキュリーと同じようなパターンなので、“二匹目のどじょう”を狙ったような感じがするのは否めない。

 興味深かったのは、デイビスの曲選びのセンスとアレンジの良さだ。例えば、「セイヴィング・オール・マイ・ラヴ・フォー・ユー=すべてをあなたに」はマリリン・マックー、「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」はジョージ・ベンソン、「オールウェイズ・ラヴ・ユー」はドリー・パートンのカバーになる。

 オリジナルは、それぞれ名曲だがいささか地味。それらを発掘し、ホイットニー用に派手にアレンジして大ヒット曲としたのだ。この映画では、デイビスとホイットニーが相談しながら、曲を見つけていく場面が、見どころの一つになっている。

 それにしても、マイケル・ジャクソンといい、プリンスといい、このホイットニーといい、天性の才能に恵まれた黒人歌手たちの人生が、なぜこうも悲劇的になるのかと思わずにはいられない。

『フラッグ・デイ 父を想う日』(12月23日公開)

(C)2021 VOCO Products, LLC

 1992年、アメリカ最大級の偽札事件の犯人であるジョン・ボーゲルが、裁判を前にして逃亡した。ジョンは巨額の偽札を高度な技術で製造したが、それを知った娘のジェニファーは、父に対して複雑な思いを抱く。

 ジャーナリストのジェニファー・ボーゲル(訳ありの彼女を受け入れ、ジャーナリストへの道を開いた大学が素晴らしい)が、2005年に発表した回顧録を原作に、愛する父が実は犯罪者だったと知った娘の葛藤と、切るに切れない家族の絆を、実話を基に描く。

 描かれる時代は、1975、81、85、92年だが、ジェニファーの回想ということで、あえて時系列を崩し、過去と現在を交錯させながら描いている。

 ショーン・ペンが初めて自身の監督作に出演し、女優のロビン・ライトとの間に産まれた娘のディランと息子のホッパーと親子役を演じた。そういう意味では、究極の家族映画ともいえる。

 父の正体を知り、苦悩しながらも、弱さや矛盾に満ちた父に愛情を抱く娘をディランが熱演している。こういう家族共演の映画を見るたびに、一体どんな気持ちで演じているのだろうという興味が湧く。

 タイトルは、アメリカ国旗制定記念日のことで、この日はジョンの誕生日でもあるのだが、劇中で「フラッグ・デイに生まれた男はどうしょうもない駄目男」というせりふもあった。

 というわけで、この映画は、いわゆる毒親、駄目おやじの話なのだが、このジョンという男、調子がよくてうそつきなのにどこか憎めない。変な話、『男はつらいよ』の寅さんを思わせるところがある。

 たとえ、困りごとがあっても、何か問題を抱えても、切るに切れない家族という存在は、年を取るほど重くなる。

 「家族とはやっかいだけどいとおしい」、そして、悲劇と喜劇は常に紙一重だということ。これは山田洋次監督が、『男はつらいよ』シリーズをはじめとする、自作の中で一貫して語ってきたことだ。それがこの映画にも当てはまるところがあって、少々驚いた。

(田中雄二)