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NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。2月16日に放送された第七回「好機到来『籬(まがき)の花』」では、主人公の”蔦重“こと蔦屋重三郎(横浜流星)が、地本問屋の仲間入りを目指し、新しい“吉原細見”(ガイドブック)の出版に挑む姿が描かれた。
(C)NHK
着実に蔦重の歩みを描いてきた本作だが、この回ではさまざまな経験を積むことで人間的な成長を遂げた蔦重が、吉原の忘八親父たちの心を動かす様子に、思わず目頭が熱くなった。
前回、“偽版(海賊版)”の出版で捕まった鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)の代わりに、“吉原細見”出版の権利を西村屋と競うことになった蔦重は、板元として認めてもらう条件として、「今までの倍売れる細見を作ってみせます」と鶴屋喜右衛門(風間俊介)ら地本問屋の前で宣言。義兄・次郎兵衛(中村蒼)や浪人・小田新之助(井之脇海)らと共に、倍売れる細見を作ろうと知恵を絞る。
一方、その競合相手となった西村屋与八(西村まさ彦)は、蔦重同様に細見の改めを行っていた小泉忠五郎(芹澤興人)を抱き込み、吉原の親父連中には「蔦重の細見を買った女郎は、『雛形若菜』(人気の錦絵)に載せない」と脅しをかける。
西村屋を迎えた親父たちの集まりに呼ばれた蔦重は、「お前もこっちに来て、共に改めやらねえか」という忠五郎の誘いを「倍売って、地本問屋の仲間入りをします」ときっぱり断る。その上で、西村屋の脅しに屈しかけている親父連中に向かって「あいつは吉原のこと、なんも考えてねえんですよ!」と啖呵(たんか)を切り、熱を込めて語り掛ける。
「やつらに流れる金は、女郎が体を痛めて稼ぎ出した金じゃねえですか。それをなんで、追いはぎみたいなやからにやんなきゃなんねえんです。女郎の血と涙がにじんだ金を預かんなら、その金で作る絵なら、本なら、細見なら、女郎に客が群がるようにしてやりてえじゃねえすか」
これまでも何度か、女郎たちのつらい境遇を案じた蔦重が、親父連中を説得しようとする場面はあったものの、そのたびに「うるせえ!」と一喝されて終わっていた。だが今回は、これまでと異なり、親父連中は蔦重の言葉に耳を傾ける。それは、蔦重が“吉原細見”の改めや“雛形若菜”の出版で積んだ実績と、それに基づく信頼があるからだろう。さらに、『雛形若菜』の出版で西村屋に騙された経験から、その裏にある狙いを読む力を身に付けた蔦重の語る言葉もより巧みになってきた。前述の言葉に続いて、「それが、女の股で飯食ってる腐れ外道の忘八の、たった一つの心意気なんじゃねえすか」という痛烈な一言を浴びせた後、「皆さま、つまんねえ脅しに負けねえで、共に戦ってくだせえ」と頭を下げる緩急織り交ぜた話術には、親父たちだけでなく、見ているこちらも心動かされた。(さらに言えば、蔦重の言葉がわれわれの心に響くのは、それが今の時代にも通じるからだろう。)
(C)NHK
そして、蔦重の心意気に応えようと松葉屋半左衛門(正名僕蔵)とその妻・いね(水野美紀)も新しい細見を売るために知恵を絞り、名跡襲名の際は細見が売れると知った花の井(小芝風花)が、「縁起が悪い」と避けられてきた名跡“瀬川”を継ぐことに。この展開に胸打たれた視聴者も多いに違いないが、それも、過去六回の積み重ねがあればこそ。この回はまさに、時間をかけて人物の厚みを増していく大河ドラマの魅力が凝縮されたエピソードだった。
こうして、吉原のすべての女郎屋を載せ、コンパクトで持ち歩きしやすい蔦重が作った画期的な細見には、次々と地本問屋が群がる結果に。だが、次回予告を見ると、蔦重の前にはまだまだ困難が待ち受けていそうだ。経験を積み、一歩ずつ成長していく蔦重がそれをいかに乗り越えていくのか。これからも期待を込めて、その行く末を見守っていきたい。
(井上健一)
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