デヴィッド・ギルモア、英ロイヤル・アルバート・ホールでのライブレポート到着

2024年10月21日 / 15:35

 デヴィッド・ギルモアが10月15日に行ったニューアルバム『邂逅(Luck and Strange)』に伴うワールド・ツアーの英ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール最終公演のライブレポートが到着したので、下記にお届けする。

●街をあげてのギルモア・モード

世界各国でNo.1を獲得した最新作『邂逅』をたずさえてツアー中のデヴィッド・ギルモア。中からロンドン・ロイヤル・アルバート・ホール6公演の最終日を見た。この前にローマ公演、この後にロサンジェルスとニューヨークのアメリカ・ツアーという日程だ。

会場のあるサウス・ケンジントン駅を降り、道を歩いていると、どこかのビルの地下室から「Breathe」が大音響で鳴り響いてくるのが聞こえた。誰がこういう粋な計らいをするのだろう。街そのものがギルモア・ライヴを歓迎しているようで、うれしくなる。新作の中の「Black Cat」の話をしながら歩いていた「おっさん」軍団と一緒に思わず足を止め、聞き入る。いや、先を急ごう。今夜はこれをライヴで聞けるのだ。

ロイヤル・アルバート・ホールは、19世紀後半築の壮麗なコンサート・ホールである。ふだんはクラシックのコンサートが多いが、過去のギルモア含め、クリーム、ザ・フーなど多くの伝説的ロック・コンサートの会場となってきた。ロンドンでここほどギルモア・ライヴにふさわしい場所はない。

●第一部

開演前にギルモアの長年のベーシスト、ガイ・プラットがステージに現われ、スマホをしまうように促す。「俺たちは全力を尽くす。照明陣も最善を尽くす。電話を通してでなく本物を見よう。たまに撮影するのはいいが、つけっ放しになっているスマホはステージから目障りなんだ。よろしく」そんな感じで訴えると、若者もいるが中高年も多いオーディエンスは、大半が素直に従う(といっても撮っている人は撮っていて、後から動画がバンバンアップされるが)。

いつの間にかバンドがステージに揃っていて、「5 A.M.」と「Black Cat」の2曲でライヴ開始。さりげない始まりだったが、最初の一音が鳴っただけで空気がピンと張り詰め、会場がみずみずしさで満たされる。なんという喚起力だろう。それぞれ『飛翔』と『邂逅』の冒頭を飾るインスト曲で、連作といえるほど雰囲気が似ている。力強く、抒情的なオープニングだ。

3曲目は新作のタイトル曲「Luck and Strange」。生い立ち、バンド活動、そして得た家族愛の「幸運な偶然」が歌われる。バンドは新旧人員の入り混じった布陣だが、すでに演奏が完璧に決まっている。公式ビデオには在りし日のリック・ライトとのセッションの模様が差し挟まれていただけに、彼ならこの場でどんな別次元の色彩を加えるだろうと、ちょっと想像してしまう。

ハートビートが聞こえ、早くもピンク・フロイドの名作中の名作『狂気』から「Breathe」と「Time」。全体の演奏がフロイドのオリジナルに実に忠実な中、ギルモアだけがギターとヴォーカルに自由なアレンジを加える。新作『邂逅』は、本人が語るように、人間のモータリティ、すなわち「終わりある人生」が通底する主題となっているが、実はこれはピンク・フロイドが大昔から断続的に扱ってきた題材でもある。それゆえ、新曲の間に1973年の「Time」が入っていても、一続きのテーマとして聞けてしまう。「若いうちは人生は長いと思っているが」「ある日10年が過ぎてしまっているのに気づく」「年々1年が短くなり、何をするにも時間がない」そして、最後のフレーズはこうだ。「時は去り、音楽は終わり、自分には何かもっと言うことがあったような気がする」。こう歌われる間にも、円形スクリーンの上でたくさんの時計が飛びすさっていくのが見える。何か、とても身につまされるものがないだろうか?

やがて映像は真っ赤な太陽に変わり、牧歌的な「Fat Old Sun」。太陽が銀河を思わせる映像に変わって「Marooned」。流麗なギターに導かれて、心は宇宙へと運ばれていく。「銀河」が少しずつ色と形を変化させる中、夢心地は続く。夢から覚めると、新作からの「A Single Spark」。これは前日にライヴ初披露されたばかりの曲。ここでも、人生は「二つの永遠にはさまれた一瞬の輝き」と、人生の短さ、儚さが流れるギターに乗せて歌われる。

唐突な感じでフロイドの代表曲「Wish You Were Here」が始まる。シド、リック、ストーム・・・ピンク・フロイドにまつわる「あなたがここにいてほしい」人たちが年々少しずついなくなってしまうのはさびしいことだ。もちろん場内大合唱。拍手もひときわ大きい。

これが終わると、メンバー紹介。長年の盟友ガイ・プラット(b)を筆頭にグレッグ・フィリンゲインズ(key)、ルイーズ・マーシャル(cho, etc)、チャーリーとハティのウェブ・シスターズ(cho, etc)、今回から新しく入ったアダム・ベッツ(ds)、ベン・ウォーズリー(g)、ロブ・ジェントリー(key)の8人が紹介され、9番目にロマニー・ギルモアの名前が呼ばれた。22歳、はつらつとして若き日のギルモアにそっくりな娘の登場に、場内が沸く。彼女のハープをフィーチャーした「Vita Brevis」から同じくハープの音が冴えるデヴィッド/ロマニーのデュエット曲「Between Two Points」へ流れ込む。ギルモア自身が「家族の声っていいよね。自然と溶け合って」と言うように、声質の近い2人のデュエットは特別に美しい調和をなしている(他人であっても、デヴィッドとリックは声質が似ていて、2人のダブル・ヴェルベット・ヴォイスのデュエットは素晴らしかったが←「Echoes」を聴け!)。「Between~」はカヴァー曲ではあるが、新作の中の新機軸、新しい血が注がれてギルモアの世界が次世代へ引きつがれていくことを予感させるマイルストーン的ナンバーだ。

ロマニーはここからずっとコーラス隊に加わり、曲は第一部のラスト「High Hopes」へ。ギルモアが率いた時代のフロイド・ナンバーの最高傑作の一つ。鐘の音、ギター、ヴォーカルが荘厳に、もの哀しく響く。背景に流れるのは、ヒプノシスの故ストーム・トーガソンが監督した英国的シュルレアリスム極まれり、といった映像。ピンク・フロイドのヴィジュアル的絶頂期が思い出されて、懐かしい。途中、映像に出てくるのと同じ白い風船が、まるで画面から飛び出したかのように場内をふわふわ舞い始め、2D世界が立体化。たくさんの風船を皆でポンポンと突き合って、「シュール楽しい」締めくくりとなった。

●第二部

第二部は、重々しくしめやかな雰囲気で幕を開ける。1曲目、ギターの轟音とどろく「Sorrow」。オーロラのような光に包まれ、ドラマチックに変幻するレーザーライトの前でシルエットになって演奏するギルモアの姿はまさにギター・ゴッドそのもの。次に再びロマニーとのデュエットが入った「The Piper’s Call」。

ベルリンの壁の崩壊を歌った『対(TSUI)』からの「A Great Day for Freedom」、反戦を訴える『飛翔』からの「In Any Tongue」と、社会的テーマを持つ2曲が続く。「In Any~」はロマニーの口笛で始まり、スクリーンには人間どうしが殺し合うアニメーションが映し出される。この曲が出た2015年当時よりも現在さらに戦争が増えている事実に愕然とする。

この後雰囲気は一変して、ステージにキャンドルが灯され、ピアノの周りにミュージシャンたちが集まってきて、ギルモア家の居間が移動してきたような、一足早くクリスマスの聖歌隊が到着したような親密な空間が創出される。ギルモアのスティール・ギターと、ルイーズ・マーシャルのピアノと歌を中心に始まったのは「The Great Gig in the Sky」。クレア・トリーの虚空に広がるダイナミックなヴォイスとはまた違う、洗練された繊細で静謐でどこまでも美しいコーラス・ヴァージョン。ルイーズの驚くべき才能には目を見張るものがあった。

「The Great Gig~」に関しては、ギルモアのかつてのバンドメイト、ロジャー・ウォーターズも数年前のツアーで、アメリカのバンドLuciusの2人のシンガーを起用して摩訶不思議なヴァージョンを聞かせていた。半世紀以上前のこの曲の進化形を2人してまだ摸索しているというのは、ある意味すごいことだ。ギルモアのアルバムやライヴがファミリーとの共作色を強めているのに対し、一方のロジャーのライヴは怒りを前面に出した非常にトガッたものになってきている。両人のキャラクターの違いが方向性の違いにも表われていておもしろい。犬猿の仲の2人、実は2005年の一夜限りのピンク・フロイド再結成以降もこっそり何度か共演しているが、昨今は旧バンド・メンバーとしてのもめ事だけでなく、政治的に真っ向から対立してSNS上でケンカをくり広げ、もはや再結成どころかちょっとした再会もありえなさそうな残念な状況だ。

話がそれたので、ギルモア・ライヴに戻ろう。ステージ上の演出は「The Great Gig~」と同じまま、曲は亡きリック・ライトを追悼するさらに静かな「A Boat Lies Waiting」へ。「海が好き、船に乗るのが好きだったリックを思って書いた曲なんだ」(ギルモアの公式インタビュー・サイトより)。そういう曲であることをよく知るオーディエンスの思いが一つになるのを感じた。

キャンドルは片づけられ、ミュージシャンたちは再び元の位置へ。『対』からの「Coming Back to Life」。ギルモアは妻であり、芸術上のパートナーであるポリー・サムソン(ジャーナリスト、小説家)に感謝を捧げ、「これは彼女のために書いた曲」と紹介する。歌詞はかなりダークだが、暗くつらい時期を抜けて生き返る、実は希望のある曲だ。

第二部ラストは「Dark and Velvet Nights」「Sings」「Scattered」と新作からの3曲が並んだ。いずれも来し方をふり返る曲。ロマニーのコーラスのほか、「Sings」にはギルモアの息子ゲイブリエルの幼少時の声がフィーチャーされ、「Scattered」の歌詞はもう一人の息子チャーリーが担当、といずれの曲にも家族がさまざまな形で関わっている。「Dark and~」の背景映像は、Levan KvanchakhadzeとJulia Sobolevaによるアニメーションで、画家シャガールのブキミ版?といった作風が印象に残る。「Scattered」は「Breathe」と呼応するハートビートで始まり、途中、まさにスキャッタードな(とっちらかった)キーボードの斬新な即興演奏が入り、その後はミラーボールが会場中に星の輝きをまき散らす中、ギルモアの美麗ギター・ソロを存分に堪能した。

アンコールはお約束の(というかこれをやらなかったら暴動が起こるであろう)「Comfortably Numb」。大人な観客たちも席を立って前へ押し寄せ、大合唱。再び会場を包むオーロラのような光とレーザーライトによるスペクタキュラーなライトショー。「子供は大人になり、夢は失われた」のフレーズのあと、長いギター・ソロ。ブラック・キャット・ストラトを抱えたギタリストの姿を目に焼きつける。この永遠のメロディーを耳に記憶する。美しい瞬間をしっかり心に刻む。音楽は終わり、ライヴ閉幕。全員が肩を組んで挨拶。ロマニーがいとおしそうに父親をいたわる姿が見られた。拍手がいつまでも続く。最後、アルバム・ジャケットに描かれた「川の流れに逆らう男」の像がスクリーンに映し出された。

デヴィッド・ギルモアのライヴは、単なる音鑑賞ではない、こちらも来し方をふり返り、内省してしまう「ディープな体験」だった。最新作『邂逅』からの曲を中心に、オリジナル・ピンク・フロイド、ロジャー脱退後のフロイド、ギルモアのソロ曲をバランスよく配分した全24曲の王道のセットリスト。彼の偉業の重みがひしひしと感じられる内容だった。これほどの大がかりなショーを実現できるミュージシャンは、地上にそう多くは残っていないだろう。一方で、若手プロデューサー、チャーリー・アンドリューが投入した新しいミュージシャンたちの貢献度の高さも目立った。ギルモアのどこまでも広がりゆくギターをアダム・ベッツのドラムスがタイトに、ロブ・ジェントリーのキーボードがクールに引き締める。元々あった微妙なジャズ、ファンクの要素に、かすかなアヴァンギャルド色も加わってジャンルが広がり、バンドの世代の幅も広がり、ギルモアの作品とライヴに新しい息吹きが吹き込まれたのを感じた。

アルバムとツアーに共通するテーマは「終わりある生命」「光陰矢のごとし」であったが、現実のギルモアは、ロック・レジェンドの貫禄を放ち、強靭なパワーでギターを奏し、ステージで圧倒的な存在感を誇る実にエネルギッシュな人だった。78歳でこれほど「明日」に期待を抱かせる人も少ないだろう。最近、ラッパー、アイス-Tのバンド、ボディ・カウントと思いがけないコラボを実現したばかり。また、今回のロマニーとの共演や、ロックダウン中に発信していた「家族の合奏」的「フォン・トラップト」シリーズを見れば、今後ロマニーとのデュエット・アルバムが出ても不思議はないと思えるし、第一ご本人がインタビューで「すでに次の計画がある」と語っている。ギルモアさん、テーマが「死」であってもいいから、元気で攻めて! そう思わずにいられない。

レポート:清水晶子(Akiko Shimizu)ロンドン在住ジャーナリスト

<David Gilmour Royal Albert Hall setlist (2024.10.15)>
第一部
1. 5 A.M.(2015『飛翔』)
2. Black Cat (2024『邂逅』)
3. Luck and Strange(2024『邂逅』)
4. Breathe (In the Air) (1973『狂気』)*
5. Time (Reprise) (1973『狂気』)*
6. Breathe (Reprise) (1973『狂気』)*
7. Fat Old Sun(1970『原子心母』)*
8. Marooned(1994『対(TSUI)』)*
9. A Single Spark(2024『邂逅』)(live debut)
10. Wish You Were Here(1975『炎~あなたがここにいてほしい』)*
11. Vita Brevis(2024『邂逅』)
12. Between Two Points(2024『邂逅』)
13. High Hopes(1994『対(TSUI)』)*

第二部
14. Sorrow(1987『鬱』)*
15. The Piper’s Call(2024『邂逅』)
16. A Great Day for Freedom(1994『対(TSUI)』)*
17. In Any Tongue(2015『飛翔』)
18. The Great Gig in the Sky(1973『狂気』)*
19. A Boat Lies Waiting(2015『飛翔』)
20. Coming Back to Life(1994『対(TSUI)』)*
21. Dark and Velvet Nights(2024『邂逅』)
22. Sings(2024『邂逅』)
23. Scattered(2024『邂逅』)

Encore:
24. Comfortably Numb(1979『ザ・ウォール』)*
*=ピンク・フロイド楽曲

(Live Photo credit: Shu Tomioka)


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