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今年デビュー30周年を迎えたシンガーソングライター、山根康広。その30周年を記念し、かつての楽曲30曲を収めたベストアルバム『PIECE OF LIFE』と、実に10年振りとなる通算11枚目のオリジナルアルバム『I AM』が12月6日に同時発売となった。この機会に彼のアルバムをピックアップしようというのが今週の趣向だが、本文にも書いた通り、山根康広と言えば、やはりデビュー曲でもある「Get Along Together」の印象が強く残る。そんなわけで、同曲が収められた1stアルバム『BACK TO THE TIME』を引っ張ってきたが、優れたアーティストはひと筋縄ではいかないし、ひと口で語ることもできないことを思い知った今週である。
ウェディングソングの定番曲
山根康広と言えば「Get Along Together」である。ご本人ならびに関係者、山根康広のファンの皆様には失礼な話になるかもしれないけれど、筆者はここまで仕事でもプライベートでも彼とはまったく接点を持つことはなかった。よって、アルバム『BACK TO THE TIME』を聴いたのも今回が初めてだし、今もってキャラクターもその音楽性もよく分からないままである。だが、“山根康広と言えば「Get Along~」である”ということはよく分かっている。無論「Get Along~」は知る人ぞ知る楽曲ではなく、ヒット曲である。1990年代を代表する楽曲のひとつと言ってもよかろう。
リリースは1993年1月21日で、初回の出荷枚数はインディーズ並みだったそうだが、レンタルCDから火が付いてジワジワと人気を獲得。それを受けて同年9月6日には、デビューシングルでは弾き語りだったアレンジをバンドサウンド版にリメイクし、“愛を贈りたいから”とサブタイトルを付けて2ndシングルとして発売しされた。その2ndも[有線放送から火がつき、同年10月6日付の有線チャートでは1位を記録。第26回日本有線大賞最優秀新人賞、第35回日本レコード大賞最優秀新人賞受賞。本作で翌1994年の第45回NHK紅白歌合戦に出場。1994年夏までに150万枚を売上]した。週間チャート週間5位、1993年度の年間チャートで45位になっただけでなく、1994年度年間でも42位になったというから、まさにロングヒットであった。それだけのヒット曲であれば、まったく接点のなかった筆者にもその印象が強く残っていて当然という向きもあろう。
ただ、当時、「Get Along~」と同規模のセールスを記録した楽曲で、タイトルを聞いてもどんな楽曲だったかパッと思い出せないものもある(1993年の年間チャートを見てみたら実際そうだった…)。そんな中、“山根康広と言えば「Get Along~」である”と記憶に強く残っているというのは、やはり同曲がウェディングソングとして使われることが多かったというのが関係していると思う。
1990年代半ばには、「Get Along~」は結婚披露宴で新郎側友人が余興で歌う定番曲のひとつになっていたように思う。当時、筆者が出席させてもらった結婚披露宴、2次会、3次会で聴いた記憶はある。2010年にも某芸能人の結婚披露宴で山根本人が披露したというエピソードもあるようだし、直近でも──これは実体験ではないので、真偽のほどはよく分からないけれど──親世代へ受けがいい楽曲として使われることもあるという。フィジカルのセールス以上のロングヒットである。楽曲自体、[1991年冬、山根が結婚する友人のため、1週間で書き上げた。詞と曲が完成したのは結婚式の前夜であった]というから、結婚パーティーの余興で披露するには申し分ない内容。《深夜の君の電話/さみしい声を聞けば/二人遠く離れている/距離がやけに悔しかった》という歌詞は、遠距離恋愛の末に結ばれた…なんてエピソードがあるカップルにはぴったりと当てはまる。歌メロは親しみやすく、マイナーではないけれど、かと言って、馬鹿に明るいわけではない。抑揚も激しくないうえに、ミドルテンポで歌いやすい。しかも、弾き語りスタイルでもイケる。そりゃあ、重宝されただろうと今も思う。当時は新郎側で使われるポピュラーソングがそれほどなかったということもあるかもしれない。長渕剛「乾杯」とかもあるにはあったが、あれは門出を祝う内容であって、ラブソングではない。「Get Along~」はそんなところにも上手くハマったのだろう。ウェディングソングの定番として長く親しまれてきたということで記憶の傍らにあり続ける楽曲であるし、それを作り歌ったアーティストとして山根康広の名前の忘れ難いものとなっている。そういうことだと思う(ここまでの[]はWikipediaからの引用)。
下地にはブルース、ソウル、ファンク
そんなわけで、山根康広と言えば「Get Along~」であり、引いては、誰もが共感し得るラブソングを歌うシンガーソングライターという印象すらあった。しかし、代表曲のひとつで、そのアーティストの全てが分かるわけではない。当たり前のことだが、『BACK TO THE TIME』を聴いて、そこを改めて思い知ったところだ。「Get Along~」は秀作であることは言うまでもない。しかし、当然それは彼の一面である。それを踏まえて、やや乱暴に言えば、山根康広はロックな人である。『BACK TO THE TIME』はそれがよく分かるアルバムと言える。誤解を恐れずに具体名を挙げるならば、矢沢永吉、浜田省吾、尾崎豊といったソロのロックシンガーの系譜にその名を連ねるアーティストである。個人的にはそんなふうにも思ったほどだ。
M1「BACK TO THE TIME」からして、それを感じる。ロッカバラードである。ブラスがあしらわれているものの、派手さはなく、いい感じに抑制が効いている。エレキギターがブルージーに鳴り、そこに渋めのピアノが重なる。ソウルフルなコーラスも歌を邪魔しない。スネアが若干硬い気がしないでもないけれど、1990年代のサウンドメイクにしてはドンシャリ感が薄いところは好感が持てる。オープニングナンバーにしては、いい意味で落ち着いており、大人がロックを奏でている印象である。
M2「Good-bye Love Road」もまた渋い。ざらついた音のアコギのアンサンブルから始まり、バンドサウンドが展開していく。そのアコギが全編にフィーチャーされているのが何ともいいし、オルガンもいい味を出している。過度にゴリゴリではないけれど、間違いなく質感はロックである。いずれも、M3「Get Along~」を待つまでもなく、やわらかいけれど、確かなメロディーを持っていることも付け加えておく。
そのM3を挟んで披露されるM4「お元気ですか?」はアップチューン。ブラス入りのファンクナンバーだ。ブルース、ソウルのフィーリングがしっかりと感じられ、明らかに米国の音楽、とりわけブラックミュージックがベースにあることが分かる。“こういうこともやっていたのか!?”と驚くやら、それを今頃、知ったことを恥じるやら…だが、この辺りから“山根康広=ロック”を確信する。
続くM5「おちこぼれのMerry X’mas」は出だしこそ、ドラムレスで、「Get Along~」からイメージするバラードシンガーの側面を感じるところではある。しかしながら、その浅はかな考えもBメロで一転。重いビートとエレキギターが鳴り、ロックなサウンドが登場。切ないメロディーからすると、しっとりと聴かせることも充分に可能だったと想像できるけれど、そうしなかったところに、彼の本質が垣間見えるようでもある。
M6「聞かないで」もまたファンクナンバー。カッティングのギターが冴えわたり、女性コーラスもブラックミュージックへのオマージュを如何なく感じさせる。ラテンっぽく入るパーカッションも面白く、サウンドメイキングに対する意欲もうかがわせる。
M7「夏の日の中」はストリングスが全体的にフィーチャーされたミッドチューンで、これは紛うことなき、バラードではあるものの、聴き逃せないのはアコギだろう。明らかにブルージーなフレーズが歌に絡んでくいる。パーカッションが配された2番ではそれをより強く感じさせるところだし、間奏のブルースハープというのも、彼の資質を感じさせるものではなかろうか。
そして、M8「君がいるから」以降は、はっきりとロック色が強まる。M8は、シンセにやや時代がかったところを感じるものの、エレキギターは明らかにハードロック調である。M9「抱きしめて」は再びロッカバラード。間奏がピアノというのも渋いし、サックスはアルトだろうか(バリトンか)、低めの音がしっかりとした存在感を示している。M10「時の河を越えて」は、どっしりとしたドラミングが根底を支え、ツインギターで迫るバンドサウンドで、アルバムのフィナーレを飾っている。突飛な派手さはないものの、間奏のツインギターのユニゾンはハードロック由来だろう。『BACK TO THE TIME』を聴き終わるまで、山根康広についての詳細は調べなかったのだが、本作はどこからどう聴いてロックでしかない。のちに山根康広の公式サイトを訪れると、プロフィールに“中学生の頃、70年代のアメリカ・イギリスの 『洋楽ロック』に強い影響を受ける”とあった。納得しかない。
結婚披露宴に向かない歌詞が多い!?
そのサウンド以上に驚いた…というわけでないけれど、歌詞の内容も、こちらが想像するものとは少し違っていた。少なくとも『BACK TO THE TIME』でウェディング向けと思われるのはM3「Get Along~」だけだ。それ以外は、真逆とは言わないまでも…以下のような内容である。
《彼女の優しさに耐え切れずに街を出てから5年が過ぎて/僕はあの頃の夢へのTicket手に入れた》《彼女も大人になり幸せな家庭をつくっていると/風の便りに聞いた熱い夏 1979》(M2「Good-bye Love Road」)。
《あれほど胸に刺さる/恋は今もない/どうして別れたのだろう/想い出だけ残して》《Ah So hold on me/もう一度/Get back in love/もう言えない/ちょっとさみしい後ろ姿/Ah 冬も近い》(M4「お元気ですか?)。
《君と見たいくつもの夢は僕の胸の中に/焼き付いたまま離れはしない/ねえ君何処にいる? 誰かのそばにいるだろうね/それとも今でもひとりこの空を見上げているの?》《君をあの時守れる強さがあれば/この手の中君の心受け止められた》(M5「おちこぼれのMerry X’mas」)。
《僕の胸で泣いた/あの瞳を忘れない/強く抱きしめた君は遠い夏の日の中》《あの夏の日を僕は忘れない/きっと何処かで君も/今もこうして夏に誘われて/見ているはずだろう》(M7「夏の日の中」)。
《降り出した雨に打たれ/肩寄せあったあの日から/この道をひとり歩く/こんな日が来るなんて》《君のことはいつまでも忘れない/たとえ二度とは会えないとしても/それが僕の青春の全てだから/いつまでもこの胸に》(M10「時の河を越えて」)。
かつての恋愛に思いを馳せるものばかりで、あまり上手くいかなかったことを彷彿させるものもある。女性が主人公と思しきものもあるが、それもまたハッピーエンドではない。以下のような調子である。
《今まで考えた事もない/あなたに好きな人が/いたなんて私の気持ちもこの海に捨てるわ》《それ以上は今の私に聞かないでお願い/「きっと想いはかなうよ」とこう言ってしまうから》(M6「聞かないで」)。
《こんな私の気持ちなんて/あなたには届かないわ》《涙がこぼれるこんな夜は/私は空に向かって/一人でこの歌を歌い続ける》《誰にも聞こえない歌を歌うのよ/夜空に吹かれながら》(M9「抱きしめて」)。
こちらのほうは絶望に近い。暗いと言っていい内容ではあろう。ここから察するに、ライターとしての彼は、こうしたバッドなシチュエーションを含めて、包み隠さず描いてしまうことのほうが(少なくともこの時期は)得意技だったようだ。こういうところは、サウンド以上にロックを感じさせるところである。漫画『ドラゴンボール』の台詞を借りるなら、“が…外見だけで実力を判断するなといういい見本だ”という山根康広であった。
TEXT:帆苅智之
アルバム『BACK TO THE TIME』
1993年発表作品
<収録曲>
1.BACK TO THE TIME
2.Good-bye Love Road
3.Get Along Together-愛を贈りたいから-
4.お元気ですか?
5.おちこぼれのMerry X’mas
6.聞かないで
7.夏の日の中
8.君がいるから
9.抱きしめて
10.時の河を越えて
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