小野リサライブレポート 誰か故郷を思わざる……遠い夏の夕べ

2013年7月25日 / 12:50

 《ジャポンツアー2013~日本の名曲とボサノヴァの夕べ~》とサブタイトルにもあるように、この夜のステージはとてもシンプルなものだった。日本の名曲。そしてボサノヴァ。–以上。しかし心に残る余韻はそれだけではなかった。

 「サウダーヂ」というポルトガル語がある。訳せば「郷愁」とか「憧憬」といった意味だが、ボサノヴァの真髄を表す単語でもある。単なるノスタルジーや憧れの範囲を越えて、「求めても届かない、叶えられない」といった複雑なニュアンスを伴う言葉。夏の日の夕暮れのライブにそれを感じた。

 2部に分かれたこの日のステージ。第1部は、一昨年にリリースした『Japão(ジャポン)』、そして今年の『Japão2(ジャポン ドイス)』からの曲を中心に組まれたセット。
 オープニングはその『Japão(ジャポン)』に収録されていた「黄昏のビギン」で始まった。永六輔・中村八大の《六・八コンビ》によるモダンなナンバーで、1959年の水原弘の歌がオリジナルだが、小野本人のライナーノーツによると、91年にちあきなおみが歌ったバージョンが念頭にあったという。

 本格的なボサノヴァにアレンジし、ポルトガル語に変えた2曲、安全地帯の「ワインレッドの心」と荒井由実の「何もきかないで」も秀逸だったが、そのあとに披露された「みんな夢の中」が、なんというか、独特の響き方をした。
 その前に小野が話したのは浜口庫之助についてのエピソード。1968年に発表された、和製ボサノヴァの先駆けのひとつ、「恋のカローラ」。浜口庫之助が詞曲を手がけたこの曲をレコーディングする際、マネージャーとして、歌い手のクラウディア・ラロをブラジルから連れてきたのが、小野リサの父親だったというのである。

 そんな縁もあり、ついこのあいだ、BSフジの『HIT SONG MAKERS』という番組での「浜口庫之助特集」(7/27・土放送)にゲスト出演する機会があったという。そこで、実子でラテンパーカッショニストの第一人者、浜口茂外也氏と共演して歌っているのが、この曲「みんな夢の中」なのだそうだ。
 このカバーが実に良かった。「喜びも悲しみもみんな夢の中/身も心もあげてしまったけれど なんで惜しかろ どうせ夢だもの」と歌うこの曲の、夢を歌いながらどこか醒めている感じが、小野リサの歌い過ぎないボーカルと絶妙にマッチしていて思わずハッとさせられた。そんなことを歌っていたんだな、ということに改めて気づかされたのである。

 1999年以来、世界各国のいろんな音楽をボサノヴァにアレンジして歌う《音楽の旅》を続けてきた彼女。ボサノヴァはもちろん、ラテンムード、シャンソン、カンツォーネ、ジャズ、カントリー、ブルーグラス、ハワイアン、アラブ、アフリカ、アジアと、各地のさまざまな音楽を取り上げてきたが、ここ数年は、ひとまず旅の終着点ということなのか、日本へのアプローチが目立っていた。2枚の『Japão』シリーズはその表れだろう。

 第1部を「異邦人」という、やや意味深な選曲で締めたあと、第2部は、世界の音楽の旅の実演版だった。

 後半の皮切りは、まず、アントニオ・カルロス・ジョビンの曲をふたつ、「カンタ・カンタ・マイス」と「コヘンテーザ」。小野のMCによると、「クラシックの素養をポピュラー音楽に取り入れたのがジョビンの功績。今回は素敵なチェリストがいるのでやってみました」とのこと。
 ここでバンド・パーソネルに触れておくと、その言葉どおり、素晴らしいチェロを聞かせてくれたのが、伊藤ハルトシ。フルート&サックスはヤマカミヒトミ。ドラムス、山口新語。ベース、杉本智和。そしてピアノはフェビアン・レザ・パネ。タッチが繊細でまったく大袈裟にはみえないが、凄いことをやってのける5人。
 この手練れたちの演奏をバックに、小野リサの音楽の旅は、「男と女」「ヴォラーレ」「ホワッツ・ゴーイン・オン」「サマータイム」「イパネマの娘」「三月の水」「ワン・ノート・サンバ」「オスカー・メドレー(マシュケナダ~オ・パ~ソ・ダンソ・サンバ)」と続いた。間口の広い、とてもポピュラーなセレクト。《音楽の旅》シリーズのアルバムはファンのあいだでも評価が分かれていて、一部には起伏に乏しいと感じるファンもいたようだが、これなら文句はないだろうという選曲だ。『Japão』シリーズを制作する過程で、「歌」への関心がふたたび高まっているのかもしれない。

 ブラジルと日本、あるいは世界。ボサノヴァとポップス全般、あるいはさまざまな音楽。異なる世界を繋ぐインタープリター(通訳者、媒介者)でもある小野リサ。彼女が開いてくれる回路を通じて、我々はどこにでも行くことができる。キーワードは「サウダーヂ」。
 だが、帰る場所が昔と変わらずいまもあるのか、それは分からない。帰るべき故郷は、もう手の届かない場所なのかもしれない。その寄る辺なさも含めての「サウダーヂ」。
 いつも駆け足で過ぎていくように感じる日本の夏。その初めにふさわしい、充足感と切なさの同居した夜を味わうことができた。

2013年7月15日(月・祝)
森ノ宮ピロティホール

Text:大内 幹男

◎今後のライブ情報
「小野リサ & レニー・アンドラーヂ」
10月12日(土)~13日(日)
ビルボードライブ大阪
Live Info:http://www.billboard-live.com/


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